旅行・地域

上田城址公園

180110_01 お目当ての上田城址公園へ。
 お天気もよくて,青空と城とのコラボレーションがなかなかいいです。
 今回も,一眼レフも持ってきたのですが,ビデオ撮影をしたかったので,車に置いてきたまま。しかたなく,スマホでしか撮影しました。

180110_02 城址内には,真田神社があって,どうも,このあたりにはピカチューが出るという噂らしいです(娘談)。

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日本中央・生島足島神社

180108_03 「生島足島(いくしまたるしま)神社」という,一風変わった名前の神社に行って来ました。たまたま上田城へ行く途中に見つけたので,寄ってみたのでした。まだ,初詣もしていなかったし…。
 公式HPによると,この神社は
生きとし生けるもの万物に生命力を与える「生島大神」と、生きとし生けるもの万物に満足を与える「足島大神」の二神が祀られ、摂社(下社・下宮)には諏訪大神が祀られる信濃屈指の古社
らしいです。二つの神さまが祀られているので,その名前を平等に使ったんですね。また,諏訪大神もいらっしゃるとのことで,小さな御柱も建っていました。
180108_02 朝,10時頃を過ぎているというのに,池の水面は凍っていて,さすが長野県上田市だなと感心しました。
 この神社,標柱には「日本中央」という文字もあり,「この地が日本の中心だ!(どんな中心なのか知りませんが…)」と主張しているようです。

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六文銭かき揚げ天ざる

180107 上田城址公園前にある「千本桜」というお店。手打ちそばのお店だ。
 腹を空かせて店内に入ると,座席に着くまでに,お客さんが食べていたかき揚げそばに目が行く。大皿を覆うように乗っているかき揚げだ。しかも,六文銭入り。
 かき揚げそばは私の大好物。
 インスタ映えしそうなこの料理は,だんだんと飽きが来る。さすがに,この量のかき揚げは一人じゃ無理だなあ。家族にも分け与えて,なんとか完食。
 でも,おいしかったので,紹介しておく。上田城にお寄りの際には,是非,ご賞味下さい。値段は1570円。ちょっと高め。

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おちょぼさん

171025_01  岐阜ネタを続けます。
 養老から少し南に行ったところに「千代保(ちよほ)稲成」というお稲荷さんがあります。ガイドブックでも確認していたのですが,宿の仲居さんが,「地元の方はよく行かれますよ」とのことだったので,行ってみることにしました。地元では「おちょぼさん」の名前で親しまれているそうです。
 参道の両側には,お店が並んでいて,なかなか活気があります。が,しかし,神社そのものはこぢんまりしていて,なんで,こんなに人気があるのかなあという感じです。
171025_02  境内に入ると,薄揚げを切ったものが売っていました。ここでは,お賽銭代わりに,この薄揚げを購入して,神殿の前では,この薄揚げを置いてくるようです。これまでに体験したことのないしきたりではあります。「重軽石」も置いてあって,私が説明して上げると,先の夫婦が,それに合わせてやってみていました。

171025_03  神社の近くに「大学いも」を売っていたので,買ってみました。「芋にいちゃんの店」と書かれていましたが,店内にいたのは,可愛い女の子ばかりでした。おいしかったです。神さんは,「ネチョネチョが手に付かない」と驚いていました。

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関ヶ原古戦場

171022_01 今秋の旅の目的地・関ヶ原古戦場の話。
 まずは,石田三成が陣を置いたという笹尾山に登ってみました(左の写真)。
 ここから見ると,下の戦場が一望できます。笹尾山にいた係のお兄さんに,
「家康が陣を置いた桃配山ってどのあたりですか?」
と聞いたところ,お兄さんは,
「左奥の鉄塔の下あたりで,高さ10mくらいの小さな山で,今じゃ,道路ができて,その山は2つに分かれている」
と教えてくれました。「それじゃあ」ということで,家康が最初に陣を置いた場所・桃配山へも行ってみました。
171022_02 確かにど真ん中に道路が通っています。少しだけ坂を登って,そこから先ほど通ってきた古戦場の方を見ると,木が茂っていることもあり,大変見えにくいことが分かります。だから,家康は,闘いの途中で,陣を別の場所に移動させたそうです。その跡地へも行ってみました。桃配山よりも戦場に近く,ここなら,闘いの様子がよく見えたことでしょう。
 これまで戦場なんて行ったことはありませんでしたが,こうして回ってみると,結構面白かったです。行ってみて初めて分かることもありました。
 西軍を裏切った小早川の陣があった松尾山にも登ってみたかったのですが,時間がなくて断念しました。

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旧陸軍の火薬庫跡

171021_01 関ヶ原鍾乳洞の少し手前に,旧陸軍の火薬庫跡の洞窟がありました。
 洞窟の中にあった資料によると,正式名称は「名古屋陸軍兵器補給廠関ヶ原分廠」というそうです。ここは洞窟式火薬庫で,他にも半洞窟式火薬庫や地上清涼火薬庫などもあったそうです(面積…約270㏊,火薬量…約320t)。1914年~1945年まで使用されていました。
171021_02 ずっと中まで入れるわけではありませんが,こういうのがちゃんと残されているんだと感心した次第です。
 近くには「立哨台」も残されていました。
 ここも,もともとあった鍾乳洞を利用して作ったのかなあと,勝手に想像していました。

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関ヶ原鍾乳洞

171020_01 岐阜県の話題を少し。
 これまた石灰岩つながりです。
 宿で岐阜県のパンフレットを見ていると,「関ヶ原鍾乳洞」という場所を発見。翌日は,戦場跡を見る前に,そちらの方に行ってみることにしました。

171020_03 この鍾乳洞は,これまで見てきた秋芳洞や飛騨鍾乳洞とは違い,とても小さな規模の鍾乳洞でした。場所によっては,すこし体を曲げないと通れないほど天井の低いところもありました。
 しかし,その分,今育ちつつある鍾乳石を眼の前で見ることができるので,なかなか貴重な体験でもあります。実際,鍾乳石ができる様子を観察している機器も置かれていました。
171020_02 ただ,鍾乳石や石筍があまりにも近くにあるので,触れられないように金網が張られているのが残念でした。金網がじゃまで,肝心の鍾乳石が見えにくいんですよね。

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大型恐竜出現!

171016_02_2 大垣から養老へと向かう道路を走っていると,大きな恐竜のオブジェが眼に入った。
 中古車販売店らしき駐車場の真ん中にその恐竜は立っていた。これって,一体,だれが,どういうわけで立てたんだろう。

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十万石まつり

171015_02171015_01 大垣城の前の広場には,なにやらお祭りの用意が…。幟を見ると,「常葉神社」という名前と共に「十万石まつり」という文字もあります。
 近くの神社(常葉神社)の境内には,たくさんの提灯が飾られていて,神社の中には御神輿も鎮座していました。
 どうも,明日(8日)に「十万石まつり」という行事があるようです。
171015_00 常葉神社には,大垣城の城主を祀っているらしく,このお祭りも元はと言えば,常葉神社の例祭だったようです。神社の境内にある提灯には大垣城主だった戸田氏の家紋(九曜)が付いていましたからね。
 石川県にも,大聖寺だったかに「十万石まつり」というのがあります。皆さん,よく似たことをするんですね。

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なんでこんな形に?

171014 金生山の石灰岩の採掘。山体が大きく削りつくされて,なんとも無残な格好になっています。が,山の一部に,削られずになぜか高くそびえて木まで生えている場所があります。これって,ちょっと不思議な格好だとは思いませんか?
 金生山が高速道路から見えた時から,一部が残った形を不思議に思っていたので,「こくぞうさん」の和尚さん(たぶん)に尋ねてみました。
171014_02 すると,「あそこの地面だけ,地主が土地を売らないから」なんだそうです。だから,削らないで残っているとか…。しかし今となっては,自分の土地の地面の上に登るのも不可能なくらいの場所になってしまっています。
 「こくぞうさん」の境内であるこの金生山がどんどん削られていることについて,どう思っているのかも尋ねてみました。なかなかおもしろいお話が聞けました。

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