旅行・地域

花火と同級生

170807_01 全国大会の会場のホテルは,長崎の稲佐山の中腹にあるので,長崎港が一望できます。しかも私の割り当てられた部屋は10階だったので,とても見晴らしがいいのです(上の写真)。こんなに見晴らしのいい場所で宿泊するのは,おそらく初めてです。こりゃ,夜景もキレイに違いありません。しかも,今晩は,長崎港の花火大会です。
 対岸には,大浦天主堂やグラバー園も見えます。
170807_02 窓のすぐ右下には,軍艦島や旧グラバー住宅と同様に「明治日本の産業革命遺産」にもなっている三菱長崎造船所の「ジャイアント・カンチレバークレーン」が見えます。このジャイアント・カンチレバークレーンは,日本に初めて設置された電動のクレーンで,1909年に竣工しました。未だに現役だそうです。このクレーンは,軍艦島クルーズ船の上からも見ることができます。
170807_03 夜は,1年ぶりに会う大学時代の同級生に,私の部屋に来てもらって花火観戦をしながら,ビールで乾杯です。
 この1年間の近況からはじまって,ま,退職後の話まで,いろいろと語り合いました。これもまた,最近の全国大会の一夜の過ごし方でもあります。また,真横に見る花火は,味わい部会ものでした。長崎の急な坂道ならではの景色だと思います。

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大浦天主堂とグラバー・ガーデン

170804_01 長崎めぐりの最後は,グラバー邸方面に行くことにしました。
 ホテルをチェックアウトし,荷物はホテルに預けたまま,身軽な姿勢で路面電車に乗って出かけました。私の泊まったワシントンホテルは,長崎駅とグラバー住宅の間にあるので,帰りに寄って荷物を貰うのに便利なのです。
 まずは,大浦天主堂へ。創建150年以上だそうです。
170804_02 なかに入ると,鮮やかなステンドグラスが眼に入りました。まだ,太陽の高度が低いので,ステンドグラスの窓から差し込んだ太陽光がキレイに色づいて,天主堂内部の床や机に映っています。いやー,厳粛な雰囲気になります。堂内では,解説が流れていて,一通り聞きながら,見学をしました。ここでは,「日本二十六聖人」や「信徒発見」の話など,昼からの全国大会の二階堂さんの講演につながることを勉強していたのですが,まだ,私は,知るよしもないのでした。
170804_03 そのままグラバー・ガーデンの入り口を通って,グラバー邸へ向かいました。動く歩道があって,さすが坂の町長崎の世界遺産だなあという感じです。ここでは,いくつかの住宅をまわりながら,懐かしいグラバー邸へ。ここへ来るたびに,キレイな建物とお庭だなあって思います。しかも見晴らしもいいし。
170804_04 グラバーさんは,日本人と結婚したのですが,その子どもの名前が「倉場富三郎」というそうです。高校生の時にもここに入ったはずですが,説明板なんて読むはずもなく騒いでいたんでしょうな。全く覚えていません。
 ALTが,学校の出勤簿にハンコを押していますが,そのハンコが,自分の名前をもじって漢字で書いたものが多いのを思い出しました。
 以上で,今回の長崎の旅の話題を終わります。
 午後からは,研究会の全国大会が始まります。
 

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夕食と山車と花火

170803_01 今日の夕食は,宿泊したワシントンホテルの近くにある「長崎新地中華街」で…。どこに行こうかと迷いながら,結局,観光パンフに載っていたらしい「蘇州林」というお店に行ってみた。
 2階へ案内されていくと,なんと知った顔が3名いるではないか。明日からの研究会の全国大会に参加する福井県のメンバーである。同じ研究会のメンバーを見ると「お~,全国大会もいよいよはじまるなあ」という思いも強くなってくる。
 7時過ぎに店に入ったのに,ラストオーダーを7時40分頃に言われて,慌てて食べて出てきた。
170803_02 会計の時にレジの女の子に聞いてみたら,この中華街のお店は,大概午後8時30分~9時には閉まるそうである。儲ける気はないのかなあ。
 29日,30日と,長崎港では花火大会が開かれると聞いた。今日,港に行ったときにも,そういう看板があったし,ビヤガーデンの準備もしていたのを思い出した。
170803_03 お店を出ると,花火の音が聞こえてきた。花火を見ようと,湊の方に向かうと,「湊公園」という公園で,太鼓の音に合わせてなにやら山車を前後させたり回転させたりしているのに出会った。なんで,これ一基だけが,ここにいるのかよく分からなかった。が,あとで,この山車は「長崎くんち」のお祭りで使うらしいことが分かった。今日は,観光用だったのだろうか?
 この湊公園からは,高く揚がった花火なら見えた。ま,明日は,もっと見晴らしのいいホテルで宿泊することになっているので,その時にじっくりみることにしよう。

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眼鏡橋

170802_02_2 ここに来るのも3回目。
 「あ~,今日は,川に映ってなくて,メガネに見えないなあ」と写真も撮らずに,眼鏡橋の上で,コイと遊ぶ子どもたちを見ていたら,老夫婦がやってきて「あ,コイ放してある」とうれしそうなご夫人。この季節になると,市かどこかがコイを放すのだそうです。確かに立派なコイが泳いでいます。
170802_01 そんな話を聞きながら,橋の反対側へ歩いていくと,ちゃんとメガネに見えるではありませんか。要するに,光線の関係なんでしょうね。下に降りて撮ると,もっとメガネっぽく見えるのでしょうが,疲れているのでやめました。

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龍馬めぐり

170731_01_2 出島のあとは,路面電車に乗って龍馬めぐりに出かけました。
 まずは,タクシーで風頭公園まで登り,大きな龍馬像にごあいさつ。ここからは,長崎が見渡せます。そうそう,タクシーに乗ったときに,「井の頭公園まで」と言ったら「え,あ~,風頭ですね」と教えてくれました。あははは…。
 あとは,看板にそって,下りながら歩いていきます。これ,逆に登りながら来ると結構大変です。長崎の坂は,大変急なのです。

170731_02 案内してくれる看板は,手作りが多くて,とても分かりやい。龍馬好きの人の作品のようです。というのも,このあたりには,亀山社中記念館という公式の記念館以外にも,亀山社中資料展示場という建物もあって,こっちの方は,まさに,龍馬好きの物好きたちが運営しているそうです。

170731_03 ここへも寄ってみました。大変気さくな大人が3人,いろいろと話にも乗ってくれるし,写真も自由だし,短い時間でしたが,楽しく過ごしました。記念館よりもおもしろかったというのが神さんの感想。
 

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復元される出島

170730_01 長崎に来たのは,今回でたぶん3度目。1度目は高校の修学旅行で。2度目は,原水禁世界大会の長崎大会に参加するために。そして,今回。そのたびに「出島」という路面電車の駅名を見たことはあるのだが,当の「出島」がどこにあるのか,ほとんど分からないまま近くを歩いていた気がする。
 出島が,出島らしく復元されている途中であることは,風の便りに聞いていた。どれくらいの復元率なのか知らなかったのだが,結構復元されていた。
170730_02 上の写真は,東側から復元された出島を見た風景。当時唯一の橋だった「表門橋」と呼ばれる橋は,まだ工事中だった。パンフによると今年の末に完成らしい。
 この雰囲気は,まさに陸地から出島を見た感じになっている。もっとも,出島の向こうにもたくさんの建物が建っているので,そこらあたりは,VRなどで,当時の風景を映し出せるようにして欲しいなあ。
170730_03 東側や西側に料金所があって,1時間もあれば,ゆっくり復元された出島の建物を見ることができる。各建物は,けっこう展示場だったりしているので,それなりの問題意識を持っていくといろいろな発見が出来るだろう。ただ,なんとなく見ていると,飽きてきそう。
 エレキテルや顕微鏡なども体験できる形で置いてある部屋もある(拝礼筆者蘭人部屋)。

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軍艦島(端島)へ

 長崎二日目の午前中は,念願の軍艦島へ。前もって予約をしておかないといけないのですが,なにせ,船が出るかどうか,島に上陸できるかどうかは,当日になってみないと分かりません。この日は,天気が良すぎる晴天で,船のデッキの椅子に座っているだけで,汗ばんできます。出航は9時。帰港は11時30分。いよいよ出発です。
170729_00_2 軍艦島をはじめとする「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産として登録されたのが,2015年。軍艦島については,その前から知っていましたが,陸からもっと離れているのかなと思っていました。一度行ってみたいとは思っていたのですが,思ったよりも早く実現できました。
170729_01_2 軍艦島へ行くまでにも,船の上からは,いろいろ見どころがあって,飽きません。これについては,また,項を改めて書きます。
 軍艦島の本当の名前は「端島(はしま)」といいます。おそらく,長崎港から見たら,いくつか並んだ島の端っこにある島だからそんな名前で呼ばれていたのでしょう(これは説明がなかったので私の想像です)。170729_02_2長崎港を出ると,仁王島や高島などという,有人島があり,そこもまた,炭鉱で栄えたこともあるようです。
 私が,まずさいしょに「おお~」と思ったのは,それらの島の間から,軍艦島の島影が見えてきたときです。他の緑の島とは明らかに違う,異様な姿が見えてきます。170729_03_2それが1枚目の写真です。左から2つ目の薄く見えるのが,軍艦島です。望遠でアップしたのが2枚目の写真です。この横の島は,軍艦島よりも,ずっと近くにあります。
 軍艦島の一番の高台に立つコンクリートの建物は,炭鉱の会社のお偉いさんたちが済んでいたアパートだそうです。一番見晴らしのいい場所に建っていたんですね。しかし,ボロボロになったまた放置されている姿を見ると,なにか悲しくなります。
170709_04 地下にある炭鉱を掘りすすめるために,住民を住まわそうとコンクリートの建物をどんどん建てていく日本資本主義の全盛期を彷彿とさせる島の姿でした。しかし,それはまた,金にならなければ,そこからは人っ子1人いなくなる…という姿でもあります。まさに「遺産」にふさわしい姿でした。

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夜のハウステンボス

170728_03 今年の仮説実験授業研究会の全国大会は,長崎で開催されました。
 そこで,一足先に,長崎観光をすることに…。
 と言っても,能登から長崎に行くまでに,相当時間がとられます。今回は,能登→羽田→長崎と乗り継ぎで長崎に向かうことにしました。
170728_02 家を9時30分頃出て,長崎空港についたのが午後3時。待ち時間等も含めて,約5時間30分かかったことになります。さらに,空港から長崎の町まではバスで1時間ほどかかります。結局,このまま長崎に行っても,ホテルに入るだけで,他に何も観光は出来ません。
 じゃあ,というわけで,空港から一気にハウステンボスまで行ってみることにしました。
170728_01 ハウステンボスには,4時すぎに到着。午後9時頃まで,これまた5時間もあそんじゃいました。
 お目当ては,夜のイルミネーション。きれいだったのは確かです。そうそう,帰宅後見たテレビで「ハウステンボスのバンジージャンプのワイヤーが切れた」と行っていました。私は高所恐怖症なので,体験しませんでしたが,やはり,切れるときは切れるんですね。

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村西正良編『サモス島から旅ははじまった』

Samosu 研究会仲間のメンバーたちが,知りたいことを追い求めて(我が好奇心を抑えきれずに),ギリシャまで行って来たという旅の報告記です。いやー,面白かったです。
 京都の吉田さんを中心として,13名での旅行。リアルタイムの情報は,FBも流れていたのですが,こうしてまとまったのを読むと,よく頭に入ってきます。13名が,それぞれの眼で見ているのが,おもしろいです。気候,地質,歴史,習慣など,多岐にわたるレポートは,読んでいてドキドキしました。
 本書は,自家製版なので,本屋さんでは手に入りません。こういうのを作って交流するのも,うちの研究会の楽しさの一つです。今年の夏は,ホンモノのレポを聞いてこようかなあ。

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世界農業遺産だったんだね

170512_01 能登半島の一部が世界農業遺産に指定されたのは,いつだったか忘れたけど,これを機会に,何かできないかと行政も民間も教育も,何かと工夫をしています。
 今回,訪れた美濃の宿にも,こういうポスターが貼られていました。へ~,ここも世界農業遺産なんですね。なんか,連帯感が出てきました。そう思って食べるアユは,一段とおいしかったりして…。

170512_02

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