旅行・地域

湯岐温泉・山形屋旅館 料理と温泉と人間は最高!

190814_01  化石館から約1時間くらい山に入ったところに,宿泊場所がある。湯岐(ゆぢまた)温泉「山形屋旅館」という湯宿である。もう20分くらいで宿につくというところで,ゲリラ豪雨に遭い,ほとんど前が見えない。それでも車1台しか通れないような山道をゆっくり上がっていくと…あったあった,駐車場だ。宿までは少し歩かないと行けないのだが,ものすごい雨なのでしばらく待つことに。すると,宿のおじいちゃんが車で迎えに来てくれた。ありがたいことだ(なぜか電話はつながらなかった。でもなぜか来て下さった)。

190814_02  お宿は旅館というよりも民宿っぽいところで,なんとも家庭的な雰囲気。ま,ネットで「家庭的な奥様と旦那様です」みたいなのを見てここを選んだので,「そのとおりだな」と確認したのだった。
 なんとここの温泉は,直接湯船に湧き出しているのだ。出てきたお湯は冷やしても温めてもいない。泉温はちょうど40度くらいで,じっくり入っていられる。古くから“中風の湯”として知られているらしい。わたしはそんなことは全く知らなかった。温泉の写真は,朝,誰もいない間に撮影させてもらった。

190814_03  さて,夕飯は,期待通りの量と質。写真のものに,さらに刺身と天ぷらと茶碗蒸しも付いてくる。生ビールから始まって地元の酒も冷酒で頂き,とってもおいしかった。朝食ももちろんおいしかった。女将さんも,旦那さんも,おじいちゃんもおばあちゃんも,そして孫たちも楽しい家庭。玄関には孫たちが獲ってきたイモリなどもいたりするんだよ。

190814_04  実は,案内された部屋へ行くときに,ゲリラ豪雨で少し雨漏りがしていた。でも,そんなことなんて全く気にならないくらい,やさしい雰囲気で旅の最後を締めくくることができた。それにしても,あれだけ山奥とは思わなかった。もっと調べてから行こっと。結果的には,よかったけどね。
 わたしは,ここが湯治場だということもしらずに宿を決めたんだけど,それもまた旅の想い出だな。とにかく,料理と温泉と人間はサイコーです。

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フクシマの現状の一端

190811_01   7月31日は,福島県いわき市の旅館で宿泊予定。
 仙台から常磐自動車道を通り,福島へと入ります。
 途中の南相馬鹿島SAで休憩。すると,放射線モニターの電光掲示板がありました。福島の復興なんて,実はまだまだだということが分かります。

190811  常磐自動車道を南に向けて走っていると,途中で汚染土を運搬するトラックとひっきりなしにすれ違います。これもまた,福島の現状なのでしょう。

190811_02  国道6号線は二輪車通行止めの場所もあるようです。わたしは,なんとも言えない気持ちになりながら,海岸線の道路を走りました。

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宮澤賢治めぐり2 宮澤賢治記念館 山猫軒 羅須地人協会(宮澤賢治先生の家)

190808_01  次に向かったのは,宮澤賢治記念館と山猫軒という喫茶店。賢治記念館には3度目。以前と変わっていたのかどうかは,よく分かんないけど,ここから見える北上川の景色はよく覚えている。ここで,なんと,知り合いの先生にお会いした。この辺りまで来ると,全国大会に参加する途中で寄る人にあうことがあるんだよなあ。記念館の売店では何も買わなかった。というのも,前回来たときに,手帳や原稿のコピーなどは手に入れていたから。

190808_02  つづいて,向かいにある「山猫軒」でおやつ休憩。土産物も売っていたので,ここで少し購入。今回まとめてきた大会の発表レポートで,突然の要望にも関わらず快く感想を書いてくれた元教え子にも買った。

190808_03  さらに,岩手県立花巻農業高等学校の敷地内にある羅須地人協会(賢治の家)にも足を伸ばしてみた。ここは二度目。神さんは初めてなので,喜んでいた。「下ノ畑ニ居リマス 賢治」という文字が,なんとも言えないね。ここに置かれていたリーフレットには,『農民芸術概論』の一節が引用されていた。
「近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於いて論じたい 世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

 そして,やっとのこと,全国大会のあるつなぎ温泉へと向かったのであった。

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宮澤賢治めぐり1 イギリス海岸・宮澤賢治童話村

190806_01  今日は,半日,宮澤寛治に関する場所・記念館を回る予定。
 まずは,賢治が「イギリス海岸」と名づけた川岸へと向かう。はじめて行く場所。ナビは便利だ。新しい家の前をとおっていくとちゃんと駐車場も完備された場所に出た。

190806_02_20190815123401  残念ながら上流にダムができて川の水が調節できるようになってからは,賢治が見たような石畳が表れることはあまりないようだ。でも,幼い頃,こうして自分だけの名前をつけて暮らしていたんだと思うと,感慨深い。
 この河原には,わたしたちを迎えるように,蝶々が乱舞していた。

190806_03_20190815123201  次に向かったのは,童話村。ここには来たことがない。園の中そのものは無料で,とてもかわいい飾り付けがいっぱいある。単に散歩しているような親子連れもいた。近所の人なのかな。光のモニュメントがあったり,賢治の童話に出てくる植物が植えられていたりする。あの有名な「やまなし」もちゃんと見つけることができた。


190806_04_20190815123201  童話村にある「賢治の学校」という施設は有料。「ここはまさにイーハトーブの第4次幻想空間。宇宙から水中へ,部屋のドアを開くたび,賢治童話のめくるめく不思議世界が空間いっぱいに広がります」と童話村のリーフレットで紹介されている。

190806_05_20190815123201  また,「賢治の教室」と呼ばれている7棟のログハウスには,賢治童話に登場する「植物」「動物」「星」「鳥」「石」について学ぶことができる。最後の2棟はお土産屋さん。
 

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花巻温泉 佳松園

190805_01 2日目のお宿は,花巻温泉・佳松園というとても高級感のあるお宿。花巻温泉にしたのは,明日の午前中に「宮澤賢治関連」をまわることにしてあるから。お部屋も廊下も料理も申し分なし。ありがとう子どもたち。毎年,こうして1回は子どもがお金を出してくれて高級宿に泊まっている。
 冷酒を頼んだら,きれい花と一緒にやってきた。あらま上品。
 そうそう,すべての料理は男性が最初に運ばれてきたので,「西洋の人がきたら女性が最初なの?」と聞いてみたら,「そうです」との答えだった。

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平泉・世界遺産 毛越寺

190803_01 ついにやってきました,世界遺産に認定されている毛越寺。中尊寺まではこれまでにも2度行ったことがあるのだが,この毛越寺には足を伸ばしたことがなかった(というか,あまり知らなかった)。ほとんどの堂宇はないし,だだっ広い庭園だけが残っているなんて,若い頃の私には関係ないもんね。歳をとったってことだよ。ここに来てみたいと思ったってことは。

190803_03 さて,やはり,庭園である。きれいだ。とってもきれいだ。堂宇がない分,見晴らしよすぎ。さすが平泉の浄土庭園だなあ。看板を見て当時の様子を想像するしかない。池の近くには芭蕉の句碑がある「夏草や 兵どもが夢の跡」と書かれているらしい。直方体でもないこの句碑はなかなかカッコイイ。

190803_04  本堂には,本尊薬師如来さんがいらっしゃる。当然,日光・月光両菩薩も従えて。
 だが見どころは,やはり古いお堂だろう。常行堂は1731年に再建された建物で,本尊は宝冠阿弥陀如来さん。脇士にはなんと4菩薩が揃っていて見応え抜群。本尊を拝むと,その裏にいる摩多羅神を拝むことにもなってしまうという。この摩多羅神にちなんだ祭礼があるそうだ。

190803_05  「出島と池中立石」は,なかなかの風情だ。荒波の様子をあわらしているらしい。聞かないと分かんないけど,そういえば,能登の外浦の景色にも似てなくもない。毛越寺庭園を象徴する景観地らしいので,しっかりチェックしよう(わたしは知らなかったけど,ちゃんと気になった)。

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平泉 達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門堂

190802_01  延暦20年(801年),蝦夷征伐に来た坂上田村麻呂創建と伝えられる毘沙門堂。天台宗別當達谷西光寺である。
 ここは,岸壁をくりぬいてお堂が建てられている。毘沙門堂の中に入って本殿の上を見ると,天井は岩石のママだった。幾多の災難にあっており,現在の毘沙門堂は昭和36年に再建されたお堂で,創建以来五代目となるそうだ。

190802_02  また,毘沙門堂向かって左の岩肌には,大きな大仏の顔が刻まれている。決して上手とは言えない出来映えだが,どのようにしてこれを掘ったのかと考えると,興味深い。言い伝えとしては,「前九年後三年の役でなくなった敵味方の諸霊を供養するために源義家が馬上より弓張を以って彫った」というが,そんなこと無理なのだから,何も解決しない。どっかの物好きが,上から命綱でも縛ってぶら下がって彫ったのかなあ。もともと大仏には体もあったそうだが,明治29年の地震で崩落したらしい。この顔もいったいいつまで持つことやら。

190802_03  で,気になるのが,ここの地質である。先の厳美渓からは車で5分も離れていないところにあるところを見ると,この地層も軽石溶結凝灰岩じゃないだろうか。アップで見たり,触ったりしてみたが,凝灰岩っぽい。毘沙門堂で説明してくれたおっちゃんにこの岩石の名前を聞いてみたが,「知りません」とのことだった。う~ん,気になる。

190802_04  ところで,この毘沙門堂。鳥居をくぐって入っていく。まさに神仏一体と言ったところだ。そういうわけで,毘沙門堂では,柏手を打とうが,合掌して「ヲンベイシラマナヤソワカ」と御真言を唱えようが,お任せだ。
 この窟の初出は『吾妻鏡』(1189年)だという。由緒ある場所ですな。

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平泉 厳美渓(げんびけい)と郭公だんご

190801_01  東北の旅二日目は,平泉で遊ぶことに。回る場所は,厳美渓・達谷窟毘沙門堂・毛越寺・中尊寺である。
 まずは,厳美渓。この場所があることは,五木寛之のDVD『百寺巡礼』を見ていて知った。景色もきれいだし,ロープでダンゴも運ばれてくるという場所があるらしい。まずは,ここだ。
 栗駒山から流れる磐井川が岩を浸食してできた約2キロにわたる渓谷。ただ,昨日行った清津峡とは違いあまり山の中へ入っていかないので車でのアクセスは楽。この場所は,デイサイト質の軽石質凝灰岩からできている。方丈節理(箱形のひび割れ)が見られるなかなかの景観だ。

190801_02 「一関の厳美渓」というサイトから転載。
 厳美渓をつくる軽石凝灰岩は,今から800~600万年前頃,中新世後期に陸地に噴出ました。この岩石は,噴出して積み重なった後に自らの重さと熱によって再溶融し,ふたたび固まった
溶結凝灰岩と考えられています。東北日本では,1600~1500万年前の中新世前期から中期にかけて,今よりはるかに暖かい海が広がっていたのですが,それが次第に浅くなり,今の脊梁山地を中心に,やがて活発な火山活動が起こると,火山岩や火砕岩によって埋め立てられ陸地になって行きました。厳美層はこの時代のものです。
 厳美渓は昭和2年(1927)に国の天然記念物に指定されました。

190801_03  また,ここには,甌穴といって,岩の小さな窪みに石が入り込み,その穴の中で水の流れに合わせて回転しながら,穴そのものを大きくしていってできた穴をたくさん見ることができます。これもまた,面白いです。

190801_04  さらには,「郭公だんご」ですね。空飛ぶダンゴ。かごにお金を入れて,ひもをひいて合図を送ると,するするとかごが登って行きます。そして,三種類のだんごとお茶が運ばれてくると言う算段です。もちろん,わたしたちもやってみました。後ろに並んでいた人が,「わたしも一緒にいいですか」といったので喜んでごいっしょに。
 

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会津番外編

190731_02  飯盛山を降りてきて閉まる寸前のお店で買ったコーラ。会津には赤がよく似合う。

190731_01  続いては,白虎隊が描かれた自動販売機。最近はいろんな場所で,こういう自動販売機が見られますな。だれが書いているんだろう。簡単にプリントできるんかな。

190731_03  最後は,泊まったホテルのエレベーターに書いてあった文字。この言葉通り,露天風呂には蓋がしてあって,すぐちかくに昆虫がいました。苦手な人は,入れないかも。

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飯盛山その2 白虎隊自刃の地

190730_01   ナビに案内してもらいながら,さざえ堂という建物をめざして車で走ったのだが,実は,到着するまで,その建物が飯盛山にあるとは知らなかった。なんだ,一度行ってみたいと思っていた白虎隊自刃の地でもあるじゃないか。こりゃ,一石二鳥だ…ということで,じっくりと見学。
 まずは,飯盛山の階段を登った先にある白虎隊士の墓だ。あまり詳しくないので,どんな人が眠っているのか知らないが,一応,手を合わす。時代の流れに逆らったといえば逆らったわけだが,その流れは,まさに「勝てば官軍」というものだし…。お国の為に尽くすということはどんなことなのか。この時代のお国といえば「藩」だったわけで,それがこうして記念碑的に扱われているところに,歴史の無情を感じる。
190730_03   右に折れると「白虎隊士自刃の地」という矢印の看板が見えてくる。それにそっていくと,会津の町を一望できる場所に出る。ここで,燃えさかる鶴ヶ城を見ながら,白虎隊たちは自刃したと伝わっている(のじゃなかったかな,おれ詳しくない)。ここにある白虎隊の像が見ている方向にはその鶴ヶ城があるはずだ。肉眼で探すのだがよく分からない。お城はもっと近くかと思っていたが割と遠いようだ。どこだどこだと探していると,そこにいた見知らぬおじさんが,方角を教えてくれた。ちょうどズームも持っていたので,それでのぞくと,あったあった…間違いなく鶴ヶ城だ。

190730_04  飯盛山には,白虎隊の資料館もあるが,残念ながら見学時刻は過ぎていて今回は見れなかった。ま,はじめから,計画に入っていなかったのだからしかたないな。お店も見る時間がなかったし,もう一度,ゆっくり来てみてもいいかも知れないと思いながら,宿に向かったのであった。今晩の宿は磐越自動車道の磐梯熱海ICを降りてしばらく走った場所にある万葉の宿八景園という宿。

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