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夏休み最後の日・回す素麺

190830  夏休み最終日。今日のお昼は「流し素麺にしよう」と職員で話し合っていたのだが,外は生憎の雨。仕方がないので,流さない素麺というか,自分で流れを作って回し素麺をすることにした。大きなたらいに入れて回すのだが,だんだん水がにごってくるのが流し素麺とは違うところ。しかも,なぜか早く満腹感が…。そのうち,子どものように遊ぶ職員も出てくる…ミニトマトを並べるとアンパンマンに見える…いや,まだ目がない…それでは,一足お先にデザートのスイカから種だけ取ってこよう…というわけでできたのが,右のアンパンマン素麺。ちょっと目が小さいけどお許しを。

190830_02  そして,最後のデザートは,みんなで持ち寄ったいろんな果物を,炭酸ソーダで割ったモノ。しかし,ただ炭酸を入れるのではなくて,炭酸のペットボトルをまん中に立てて,そこに刺激となるおかしを投入。すると,ペットボトルから炭酸水がジュワジュワとあふれ出てくるようにするのが,ちょっとだけイベントっぽくていい。

 また,2学期がんばろうねって気になれたのでOKの昼食会だったようだ。

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麒麟がくる

 来年の新しいNHK大河ドラマは「麒麟がくる」というタイトルらしい。主人公は明智光秀。これまでなんとなく裏切り者,卑怯者…のレッテルを貼られているような人物を,どのように描くのか,とても興味がある。
 そんで,ことしの地元祭礼の山車の人形のテーマは,この「明智光秀」にしようかと話がでているのだが,どのようにつくればいいのか,まだ思案中。で,この「麒麟がくる」の原作を読もうと思ったのだが,今回のドラマは書き下ろしらしくて,まだ,発行されていない。
 ま,一応,なんで麒麟なのか…ということだけでも,調べてみた。「仁政」を行った指導者の下には,この麒麟が降りてくるらしい。光秀は,仁のある支配者だったのだろうか。う~ん。
 ま,キリンビールの麒麟のマークでも上げとくか。

http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/tag/index.html?i=14252

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油の分子模型をつくりました

190826_01  割と新しい仮説実験授業の授業書《あかりと文明》に出てくる分子模型を作ってみた。これから,この授業をする予定があるわけではないが,無性に作りなくなったのだ。数年に一度,こんな時がある。今年は,その年だったってわけ。新しいペンキも買ってきて,久しぶりに理科室にこもって作った。右の写真のうち,もともと一つだけ(リノレン酸)作ったのはあったのだが,あとは,すべて新作だ。下の写真は,魚に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸 )。格好いいなあ。
190826  これらの油の分子模型を見ていると,黒(炭素)と白(水素)が多くて,分子の端っこにはカルボキシ基(ーCOOH)がちゃんと付いていることが分かる。カルボン酸の仲間ってことだ。こんな風に分子模型を使って教えてくれれば,高校の有機化学ももっと分かったかもしれないな。

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山車づくりはじまる

190825  今日から山車を作り始めた。祭礼まではまだ半月以上もあるのだが,土日しか作業しなくなったので,こんなに早くからやっているわけだ。生憎の天候で,スマホアプリでクモの様子を見ながらの作業。なのでなかなか進まない。それでも,今日のめあて(骨組みを作る)までは,なんとか仕上げることができたよかった。
 この先,この祭りがいつまで続けることができるのか…すでに,うちの部落には,高校生さえいない。踊り子は,嫁に行った先の子どもにお願いしているのだが,それも今年までだろう。私自身も,ヒザが痛かったり,指が動きにくかったりして,十分な仕事はできない。毎年,今年が最後かも…と思ってやっている。だから,今年が最後かも…。

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卒寿のお祝い,ありがとう

190824  姉一家が,遅ればせながらも帰省してくれたのは,おかんの卒寿のお祝いのためでもある。ついこの間,米寿のお祝いをしたというのに,またまたプレゼントをいただいた。うちのオヤジも,卒寿を迎えてから,数年して亡くなった。うちの両親は長生きだなあ。おばあちゃんは,もっともっと若くして亡くなったから,長生きの家系だというわけではないのか。おやじは酒もタバコもやらなかったけど,おれはずっと酒もタバコ(これは今はやめているが)もやっきたから,両親のような長生きはできないかなあ。
 とにかく卒寿というめでたいお祝いをしてくれて,孫,曾孫たち,ありがとうね。

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星稜,いい試合だったよ

190823  今朝の朝刊に「号外」が入っていた。もちろん,石川県の星稜高校準優勝の記事だ。
 今回の星稜のバッテーリーが地元石川の子どもたちだということもあって,これまで以上に地元の応援も盛り上がっていたような気がする。
 で,昨日は,午後から学校に行ってみんなで応援しようかなと思ったら,この鶴の一声。
「テレビをつけてはいけません。見たいのなら,年休とって家で見て下さい。」
とのこと。
 あらま,そうなんですね。地元石川の,しかも決勝戦で,そして地元珠洲からもスコアラーとしてベンチに入っている教え子だっている…そういう試合も,職員室のテレビで見てはいけないのね。授業日であって,教室に子どもが待っているわけではないのに,なんで…。「職務専念義務違反」というやつかな。おそらく,この鶴は「職務=パソコンに向かっている時間」という判断なのかな。今の星稜の試合をしっかり見ることは,おそらく,これからの子どもたちとの会話にたくさん役に立つはず。うちの学校には,ちゃんと少年野球クラブもあるのだから。
 でも,鶴の言うことは間違いではないので,有給休暇を取って,別の場所で応援することにしたのだった。以前の学校なら,普通につけていたのにな。

 それにしても,楽しい試合だった。ドキドキする試合だった。決勝に来るまでの試合も楽しかったけどね。選手の皆さん,暑い夏をありがとうね。うちの職場の若者も,少年野球メンバーの家族も,急遽,甲子園に行って応援していたそうだ。行動力あるなあ。

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魚をみせる九十九湾観光船

190822_01  のと海洋ふれあいセンターの近くに,観光船の乗り場がある。以前も,観光船に乗った気がするが,それはこの場所ではない気もする(この記憶のあやふやさが情けない(^^;;)。
 天気があやしいけど,なんとなく,まだ持ちそうなので,お昼を食べてからこの観光船に乗ることにした。
 観光船に乗る前は「船底には,ガラス張りのところがあり,魚を見ることができるよ」なんて言っていたんだけど,乗って見るとまったくそうじゃなかった。ということは,わたしが以前乗ったことのある観光船は,別のモノだということになる。ありゃま。
190822_02  でも,この観光船もなかなかよかった。「魚をみせる」と銘打っているだけあって,本当に間近に魚を見ることができるのだ。
 20分ほど九十九湾の中を散策したあと,生け簀に船を着岸。しかも,その生け簀のまわりには屋根付きの通路が作られていて,船から下りて見学することもできる。さらにさらに,わたしたちも,無料でエサとなるキュウリ・トマト・カボチャなどを魚達にあげることができるのだ。体長30㎝以上もある真鯛たちが,キュウリやトマトに群がる風景はなかなか迫力がある。それにしても,野菜を食べるように餌付けしたなんて,すごいなあ。ブリなどのいけすもあった。(さすがに,ブリたちには小魚をあげていたけどね)。

190822_03  また,狭いスペースだが,下に降りて,海中で泳いでいるアジたちの様子をガラス越しに見る場所もあった。なかなかいい感じ。こういう経験は,地元に住んでいる私でもない。

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のと海洋ふれあいセンターで

190821_01  さてさて,今年の姉家族の帰省は,めずらしくお盆を過ぎてからとなった。当然,天気はあまりよくないし,海にも入れそうにない。丸1日,何をして過ごそうか…となったとき,のと海洋センターまで足を伸ばすことにした。
 そういえば,姪たちは珠洲めぐりも能登町の施設も知っているけど,その子どもたちはまだ連れていったことがなかったなあ。毎年,鉢ヶ崎の海に泳ぐのが中日1日の過ごし方だったから。今年は不幸中の幸いで,別のコースを案内しよう…そんなわけで,小木へ行って来たのである。
190821_02  今にも雨が振ってきそうな曇空だったので,まずは外に出て石渡をしてみた。いつもよりも潮が引いていて,とても渡りやすい。海の中のいきものもよく見えた。施設の中では,ちょうど人がいなくて貸切状態だったので,たのしく3Dの映画も見ることができた(施設に誰も来ていなかったわけではなく,工作室の方にいたんです。念のため)。姪の子どもたちもとても喜んでいたのでよかったよかった。

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最後の教育研究集会

190820  8月21日,わたしにとって最後の支部教育研究集会がある。
 そこで,これまでの自分と教研活動との関連などをふり返る文章を2部,書いてみようと思っている。
 わたしが関わってきた環境問題の原典(原点)は何かなと思って本棚を見ると,おそらく,武谷三男を始めとする,右のような岩波新書にたどり着きそうだ。原水爆禁止運動には,原発も入っている。大学で科学を選択した者として,その科学がもたらした悲惨な結果について考えざるを得なかった。
 それが,ゆくゆくは,珠洲原発計画白紙撤回運動へとわたしを導いてくれた。そして,その白紙撤回が実現したあと,数年後に,あの3.11が起きた。日本中の原発を止めない限りは,第4,第5のヒロシマ・ナガサキ・フクシマが,起きる。

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チームラボ(金沢21世紀美術館にて) 

190819  金沢21世紀美術館で開催されている「チームラボ」に行ってきた。わたしは,よく知らなかった。娘と神さんが,「行ってみたい」というので,急遽決定。入場料2200円は,高いか安いかは,ま,それぞれかな。娘は,ネットで当日券を予約し,セブンイレブンで受け取ってくれたので,チケット売り場に並ぶことなく,駐車場から直接,会場入りができた。さすが若者だ。
 ま,動く映像やボールなど,なんとなく神秘的な雰囲気の空間が作られていた。これも芸術なんだろう。娘の書いた花が,壁に映し出されて,どんどん広がっていく様子は,確かに面白い。
 

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DAIsuke Katsumata さんのライブ公演

Daisuke  能登珠洲支部の「第66回保護者と教職員の会」で,DAIさんに来ていただこうと計画して3ヶ月。今日,漸く実現しました。
 珠洲市・能登町の40軒ちかくのお店などにチラシを置いてもらったり,HPやFBで呼びかけたりして,教職員60名。保護者・一般・子どもたち約120名が集まってくれました。
190818  ラポルトすずのステージは,熱くて熱くて…「人として」をコラボで演奏した吹奏楽部のメンバーは,演奏しながらも頬には涙が伝わっていました。それほとに,感動的で,心に響く歌声でした。
 今回の出会いを機会に,これからも,能登に来てほしいなと思っています(写真はコピーしないでね)。

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DAIsukeさんとお食事,主催者の特権!!(^^;;

190817  明日,ラポルトすずで公演して下さるDaisuke katsumataさんが,今日の午後の羽田便で能登に入りました。わたしと書記長と書記次長で空港に迎えに行きました。車中で,いろんな話をしながら珠洲に向かいました。
 宿に入る前に「ラポルトすず」に入って,少しホールの様子を見てもらいました。

190817_02  DAIさんは,ステージバックに飾られていた絵を見るなり,「偶然だ!」という話をしきりにしていました。
 絵に描かれていた2匹の蝶は,お子さんが生まれるときに夢に出てきたものと同じで,その夢を見たDAIさんは,娘さんに「一対の蝶」という意味で「いつい」という名前をつけたそうです。
 また,丸い虹は,「一昨日の夢で見た!」と言っていました。普通,虹は丸くなくて半円しかないけど,丸い虹だったから覚えている…とも。
 また大きなトンボについても,DAIさんと奥様は,トンボが大好きだそうで,その理由は,水の中,陸,そして空と成長するにつれて3つの世界で生きていくからだそうです。それが描かれていたことにまたまたビックリ。
 わたしは,ヒマワリの絵がいっぱい描かれていることにもビックリしたんです。だって,DAIさんの所属していた「おかん」のコンサートには,みなさん,ヒマワリを手に持って応援していましたからね。「おかん」には「向日葵」というDAIさんのおじいさんを唄った歌もあります(だから,このヒマワリについてもDAIさんもビックリされていましたよ)。

190817_03  この絵を描かれた成之坊先生は,おかんの「人として」という歌詞を見ただけで,その歌詞からイメージするものを描いたそうです。このいくつもの偶然に,DAIさんは「絵を描いた人は超能力者だ」と興奮しておられました。そして,明日,会えないことを残念がっておられました。
 夜は,DAIさんと,主催者数名で夕食会。地元の「幸ずし」のお刺身もお寿司も茶碗蒸しも,おいしいおいしいと言って食べておられました。お酒は控えてらっしゃったのですが,わたしたちは飲みました(これで接待ができるんかい!)。おかんのCDと,DAIさんの著書にサインをしてもらった。ありがたいありがたい。
 明日は,たくさんの人に,愛と生きる勇気を与えてくれると思います。

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日光山輪王寺

190816_01  ここもまた,今までに訪れたことのないお寺さんだ。日光に来ても東照宮を見て中禅寺湖を見て華厳の滝を見るというパターンを2度くり返していただけだったことを思い出す。個人的に回ると,時間に自由があるのでうれしい。でも,そろそろお腹も減っているんだけどね。
 さて,日光山輪王寺。大きな大きな本堂(金堂と書かれている)がそびえ立っている。ここは別名「三仏堂」と呼ばれているように,千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音の3体の仏像が座っていらっしゃる。けっこう大きな仏像だ。中でも馬頭観音はなかなか珍しい仏さまだ。
 いわゆる十二支で言うと,わたしが阿弥陀如来,神さんが千手観音ということで,二人が横に座っていることを素直に喜んでいる神さんには笑ってしまう。

190816_02  実は,先に紹介した家光の「大猷院」も,一応この日光山輪王寺の一部らしい。また,宝物館もあった(し見たかった)のだが,さすがにここを見る時間はなかった。でもこれでまた,ここに来る目的を作ることができた。

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平成の大修理を終えた日光東照宮

190815_02  さて,あとは娘のところによって帰るだけ。せっかく福島まで来ているので,栃木県の日光東照宮あたりを散策することにした。
 東照宮にも,これまで2度ほど来ているが,若い頃だったので,ささっと見ただけ。今回も,よく似た行動パターンだけどね。それでも,ちょっとは彫り物などを真剣に見たりした。
 東照宮陽明門は,ちょうど平成の大修理が終わりとてもきれいになっていた。50年に一度は修理しているらしい。東照宮の本殿そのものはまだ塗っている途中のところもあって,それもまた違いが分かっておもしろい。帰り際,小雨が降ってきたので陽明門で雨宿り。なかなかできることではない(^^;;

190815_01_20190816214401  今回は,家康が眠っている所まで行ってきた。これも,集団行動ではなかなか行けない場所。大抵,眠猫を見てさっさと帰ったりする。

190815_05  また五重塔(重要文化財)も特別公開していたので見てきた。外から見るだけだけど,こういう機会は大切。この五重塔の心柱は,なんと空中に浮いている(懸垂式)。これが地震にも強い構造らしい。その仕組みがそのまま東京スカイツリーの制振システムにも用いられている技術らしくて,五重塔参観記念に頂いたファイル(右の写真)には,そんなことが書かれていた。

190815_04  今回,はじめて,家光の公廟「大猷院」にも行ってきた。といっても,奥まで行ってみる時間はなかったので,夜叉門の手前で引き返した。夜叉門は,陽明門よりも質素だが,それは陽明門が派手すぎるからだな。もっと奥にも本殿や面白い門があるようなので,次に機会があったら,こっちの方をメインにいってみたいものだ。それにしても,国宝の本殿を拝まないで帰るなんて。

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湯岐温泉・山形屋旅館 料理と温泉と人間は最高!

190814_01  化石館から約1時間くらい山に入ったところに,宿泊場所がある。湯岐(ゆぢまた)温泉「山形屋旅館」という湯宿である。もう20分くらいで宿につくというところで,ゲリラ豪雨に遭い,ほとんど前が見えない。それでも車1台しか通れないような山道をゆっくり上がっていくと…あったあった,駐車場だ。宿までは少し歩かないと行けないのだが,ものすごい雨なのでしばらく待つことに。すると,宿のおじいちゃんが車で迎えに来てくれた。ありがたいことだ(なぜか電話はつながらなかった。でもなぜか来て下さった)。

190814_02  お宿は旅館というよりも民宿っぽいところで,なんとも家庭的な雰囲気。ま,ネットで「家庭的な奥様と旦那様です」みたいなのを見てここを選んだので,「そのとおりだな」と確認したのだった。
 なんとここの温泉は,直接湯船に湧き出しているのだ。出てきたお湯は冷やしても温めてもいない。泉温はちょうど40度くらいで,じっくり入っていられる。古くから“中風の湯”として知られているらしい。わたしはそんなことは全く知らなかった。温泉の写真は,朝,誰もいない間に撮影させてもらった。

190814_03  さて,夕飯は,期待通りの量と質。写真のものに,さらに刺身と天ぷらと茶碗蒸しも付いてくる。生ビールから始まって地元の酒も冷酒で頂き,とってもおいしかった。朝食ももちろんおいしかった。女将さんも,旦那さんも,おじいちゃんもおばあちゃんも,そして孫たちも楽しい家庭。玄関には孫たちが獲ってきたイモリなどもいたりするんだよ。

190814_04  実は,案内された部屋へ行くときに,ゲリラ豪雨で少し雨漏りがしていた。でも,そんなことなんて全く気にならないくらい,やさしい雰囲気で旅の最後を締めくくることができた。それにしても,あれだけ山奥とは思わなかった。もっと調べてから行こっと。結果的には,よかったけどね。
 わたしは,ここが湯治場だということもしらずに宿を決めたんだけど,それもまた旅の想い出だな。とにかく,料理と温泉と人間はサイコーです。

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見応え十分 いわき市石炭・化石館

190813_01  いわき市で泊まることを決めていたので,この辺りに何かないかと探してみたら見つけたのが,いわき市石炭・化石館「ほるる」という施設。そういえば,同僚の先生がいわき市から能登に嫁いでいて,その方が自分の父親からもらったという貝の化石を,その先生が定年になるときに譲り受けたのを思い出した。その貝の化石は,石炭を掘っているときに見つかったとも言っていた。これは,なかなか面白い訪問になるかもしれない…と期待がふくらむ。フタバスズキリュウにも興味があるし。

190813_02  さすが,この施設のメインは,フタバスズキリュウ。正確にはフタバサウルス・スズキイと呼ばれることを初めて知った。1968年に当時高校生だった鈴木直さんによって発見された首長竜だ。骨格標本もあって,それだけで興奮してしまう。フタバサウルスよりも首の長いイワキリュウや,海トカゲのモササウスルの化石も発見されているらしい。ありゃま~,これりゃすごい地層があるんだろうな。アンモナイトの仲間の化石もたくさん発掘されたようだ。

190813_03  展示場はどこも撮影OK。しかも直接触れる化石コーナーも何カ所もあって,恐竜老年は触れているだけで幸せ。2Fには,いわき市で発見された化石や岩石の標本がたくさんあって,見応えばっちし。

190813_05  また,石炭館とも銘打っているだけあり,エントランスには常磐炭田から採掘された約1tの石炭の塊があった。常磐炭田は,約3500万年前のメタセコイヤの化石らしい。
 奥に行くと「模擬坑道」行きのエレベーターがあった。地下600mにあるって書いてあるからそんなに潜るのかと思ったけど,それは違っていて,降りたつもりで坑道へ進めるようになっている。ここでは,ちょうど学生みたいな人たちに説明しているこの施設の方がいて,わたしたちは,図々しくもその方の説明を一緒に聞きながら回ったので,とても勉強になった。

190813_06  見学が終わった後,わたしは,最初に述べた貝の化石のことを聞いてみた。
「こんな化石を頂いたのですが,こういうのは,掘っている人が持って帰っていいんですか?」
「2階にも展示してありますが,そういう化石などは石炭を掘っている途中でたくさん出てきます。でも,石炭を掘っている人にとっては不純物でじゃまなものでしかないので,大抵は捨てられます。持ち帰るなんて,よほど好きな人だったのでしょうね。」
「この方が書かれたこの住所が消えてよく分からないのですが,これって坑道の名前ですか?」
「あ,そうですね。泉田第2立坑ですね。このあたりですわ。」
と言って,近くにあった地図を指してくれた。おお~,やっぱりあったんだ。ありがたいことだ。

 これらのことを,夏休み中に元同僚にお話ししたところ,もっと興味深いことも教えてくれました。が,それはまた後ほど。

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国宝・白水阿弥陀堂

190812_01  さて,お目当ての白水阿弥陀堂は国宝です。とてもきれいな庭園とこじんまりした阿弥陀堂がお似合いの願成寺というお寺のお堂でした。ご本尊の阿弥陀如来さんは黒くて時代を感じて,なかなか渋いです。脇士の勢至菩薩,観世音菩薩もきれい。藤原清衡の娘徳姫が建立したと言われているそうです。「白水」という地名も,徳姫の故郷である奥州平泉の「泉」を「白」と「水」に分けたという話があるくらいです。

190812_02  ここには「浄土庭園」があります。「浄土庭園」というのは,平安時代中期から阿弥陀堂などの仏堂の前に造園されたお庭のことです。先に紹介した毛越寺の庭園も「浄土庭園」です。これまたゆったりとしてとてもきれいでした。

190812_03  ハスの花がとってもきれいで,まさに極楽浄土の世界。中央の橋の横には,中尊寺から持ってきたというハス(中尊寺蓮)が元気に育っていました。本家本元の中尊寺よりも,その姿が立派に見えます。

190812_04  池にはカワウやサギ,カメ,大きな鯉などがいて,近くの子どもたちがかっぱえびせんを投げていました。こんな場所を遊び場にしているんですね。

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フクシマの現状の一端

190811_01   7月31日は,福島県いわき市の旅館で宿泊予定。
 仙台から常磐自動車道を通り,福島へと入ります。
 途中の南相馬鹿島SAで休憩。すると,放射線モニターの電光掲示板がありました。福島の復興なんて,実はまだまだだということが分かります。

190811  常磐自動車道を南に向けて走っていると,途中で汚染土を運搬するトラックとひっきりなしにすれ違います。これもまた,福島の現状なのでしょう。

190811_02  国道6号線は二輪車通行止めの場所もあるようです。わたしは,なんとも言えない気持ちになりながら,海岸線の道路を走りました。

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大会2日目 「ものづくり」「総会(次期開催地決定)」「生物」

  大会2日目。早くから目が覚めて朝風呂へ。このお風呂ってのも楽しみの一つ。研究会のメンバーが集まると,お風呂分科会が始まったりする。今回も,昨日の物性分科会の裏話を聞いたりした。ほんと,どんな時間も「研究の時間として楽しんでしまう」という研究会は大好き。

190810_01  さて,午前中は,久しぶりに「ものづくり分科会」に参加した。というのも,持っていったレポートが「卒業記念にフォトモザイクはいかが~《もしも原子が見えたなら》を学んだ子どもたちへ」という内容のものだったからです。子どもと一緒にするものづくりではなく,担任が卒業プレゼントとして,あるいは卒業記念掲示として作ってはどうですか?という紹介です。分科会での反応はなかなかよかったと思います。
190810_02  ほかのものづくりも,いろいろと楽しそうです。久しぶりのブーメランは,やっぱり簡単そう。退職しても科学教室などでできそうです。ほかにも,たくさん学んできました。どうやって広めようかな。

190810_03  午後からは総会。来年度の開催地を決めるというのが一番目玉。今回は2地区から立候補があり,来年度は兵庫県になりました。ここなら,退職しても行けそうです。近くには娘がいたり姉がいたりするしね。

190810_04  午後の分科会は,「生物分科会」へ。あらいぐまさんのお話をじっくり聞きたかったし,平林さんのお話の興味があったから。思った通り,目的意識的な自然観察やレーウェンフックの顕微鏡づくりなど,楽しい時間を過ごしました。で,最後に,あらいぐまさんとお話ができて,音楽の映像も譲ってもらったので,2学期から使えます!! ありがとう,あらいぐまさん。

190810_05  夜は,科学映画のナイターに参加。旧知の長谷川さんとお久しぶりに会話。ちょうど私が興味を持っていた『はたらく細胞』のアニメの話もあって,「うちらのアンテナって,よく似ているのが引っかかってくるなあ」と嬉しくなりました。『はたらく細胞』の赤血球の仕事の内容にはちょっと違和感があるので子どもたちには訂正が必要だね。ということでも一致しました。その後,ロビーで,同級生と少し話をして,お別れ。明日は,午前中の分科会には参加せず,フクシマを回って帰途につきます。

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大会1日目 「個人主義」「物性」

190809_01 さて,大会1日目がはじまりました。
 まずは,全体会に参加。会代表の板倉先生も,事務局の犬塚先生も鬼籍に入ってしまった大会でしたが,いつもどおりの笑いありの全体会でした。
 全体講演は,二階堂泰全さんの「個人主義と儒教的社会主義」「the right of nature」という話でした。目からうろこ,個人主義や法を考えるときの基礎基本を学ばせてもらいました。哲学的に考えることって,なかなか日常ではできにくいですからね。よかったです。

190809_02  分科会は,まず,設定から意見を出し合います。「○○分科会を作ってくれ!」「これとこれは一緒にしてもいいか」など,いろんな意見が出て分科会が決められていきます。まさに「やりたい人がやれる」というこの研究会独自の雰囲気です。
 決まった分科会が設定されていて,そのために,選ばれた(強制された)だれかがレポートを持って参加する…などという,官制や組合の主催の分科会とは全く違います。

190809_03  わたしは,1コマ目は,物性分科会に参加しました(持っていったレポートもここで発表するつもりだった)。ここでは,研究会でも実験家として一目置かれている栃木の湯沢さんの発表がありました。とても豊富な内容だったので,湯沢さんの発表でほとんどが終わりました。湯沢さんが紹介したのは「〈浮力と密度〉第2部実験覚え書き」「超簡単,連続ガウス加速器」「うかせてあそぼう」「ミニステラコイル」などです。
 また,柳沢さんの「素焼きの筒で気体の分子運動が見える」というのもとても面白い実験で,その気体の違いによる反応があまりにも速いので,気体の分子の大きさが見えるようでした。柳沢さんが実験方法を紹介するのですが,それが参加者の意見でどんどん変更され,簡略化されスリムな実験方法(だれでもマネできそうな実験方法)になっていくのも,楽しかったです。これもまた,大会のよさですね。

 夜は,1年ぶりに会う大学時代の同級生と飲んで話していました。彼もわたしももうすぐ定年。「来年は来れるかな」

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宮澤賢治めぐり2 宮澤賢治記念館 山猫軒 羅須地人協会(宮澤賢治先生の家)

190808_01  次に向かったのは,宮澤賢治記念館と山猫軒という喫茶店。賢治記念館には3度目。以前と変わっていたのかどうかは,よく分かんないけど,ここから見える北上川の景色はよく覚えている。ここで,なんと,知り合いの先生にお会いした。この辺りまで来ると,全国大会に参加する途中で寄る人にあうことがあるんだよなあ。記念館の売店では何も買わなかった。というのも,前回来たときに,手帳や原稿のコピーなどは手に入れていたから。

190808_02  つづいて,向かいにある「山猫軒」でおやつ休憩。土産物も売っていたので,ここで少し購入。今回まとめてきた大会の発表レポートで,突然の要望にも関わらず快く感想を書いてくれた元教え子にも買った。

190808_03  さらに,岩手県立花巻農業高等学校の敷地内にある羅須地人協会(賢治の家)にも足を伸ばしてみた。ここは二度目。神さんは初めてなので,喜んでいた。「下ノ畑ニ居リマス 賢治」という文字が,なんとも言えないね。ここに置かれていたリーフレットには,『農民芸術概論』の一節が引用されていた。
「近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於いて論じたい 世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

 そして,やっとのこと,全国大会のあるつなぎ温泉へと向かったのであった。

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『奈良少年刑務所詩集』

 奈良少年刑務所の受刑者たちが書いた詩を集めたものである。所々に,編者(であり授業者である)寮さんの解説がある。この解説のお陰で,子どもたちが作った詩のチカラを改めて感じることができる。
 たとえば…

すきな色

ぼくのすきな色は
青色です
つぎにすきな色は
赤色です


というこどもの詩がある。こんな詩を学校の子どもたちが書いたとすると,おそらくほとんどの担任・指導者は,「もう少し工夫してごらん」などと言うのではないか。
 寮さんの解説にはつぎのような文章がある。

あまりにも直球。/いったい,どんな言葉をかけたらいいのか,ととまどっていると,受講生が二人,ハイッと手を挙げました。/「ぼくは,Bくんの好きな色を,一つだけじゃなく二つ聞けたよかったです」/「ぼくも同じです。Bくんの好きな色を,二つも教えてもらってうれしかったです」/それを聞いて,思わず熱いものがこみあげてきました。/世間のどんな大人が,どんな先生が,こんなやさしい言葉をBくんにかけてあげることができるでしょうか。(以下略)

 これが受刑者同士の授業風景である。寮さんは,あとがきの「詩の力 場の力」というところでも,つぎのように述べている。

 わたしは,彼らと合評をしていて,驚くことがあった。誰ひとりとして,否定的なことを言わないのだ。なんとかして,相手のいいところを見つけよう,自分が共感できるところを見つけようとして発言する。(p152)

 そして,そんな子どもたちの姿がどこから来るのか観察して,刑務所の先生方の姿勢に気づくのだった。

 先生方は,普段から,彼らのありのままの姿を認め,それを受けいれているというメッセージを発信し続けていらっしゃる。(中略)ともかく,いい機会さえ与えられれば,こんなにも伸びるのだ。それがなぜ,教室に来た当初は,土の塊のように見えたのか?(p152)

 「社会性涵養プログラム」の一環として授業を引き受けた寮さん。彼自身も,次のように受講者から学んでいる。

 わたし自身,詩を書く者であるのに,詩の言葉をどこかで信用していなかった。詩人という人々のもてあそぶ高級な玩具ではないか,と思っている節さえあった。/けれど,この教室をやってみて,わたしは「詩の力」を思い知らされた。(p.154)

 特にわたしの心に残った詩の一端を少し(ネタバレ)。

    ※

誕生日…産んでくれなんて 頼まなかった わたしが自分で あなたを親に選んで 生まれてきたんだよね

いつも いつでも やさしくて…くり返しがいいよ

クリスマス・プレゼント…ぼくのほんとうのママも きっと どこかで さびしがっているんだろうな 「しゃかい」ってやつに いじめられて たいへんで 

二倍のありがとう…ありがとう お父さん役までしてくれた ありがとう ぼくのお母さん

    ※

 ところどこにはさまれている,刑務所の建物や内部の写真。建物自体が詩的な雰囲気に見えてくる。

 本書には,本当はここに来るはずじゃなかった子どもたちの心の叫びと,そんな子どもたちがもともと持っている人間性を引き出す大人たちの世界が繰り広げられている。
 年に一度ある,刑務所の見学会に行ってみたいなと思ったが,今じゃ,この建物はホテルになっている?らしい。

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宮澤賢治めぐり1 イギリス海岸・宮澤賢治童話村

190806_01  今日は,半日,宮澤寛治に関する場所・記念館を回る予定。
 まずは,賢治が「イギリス海岸」と名づけた川岸へと向かう。はじめて行く場所。ナビは便利だ。新しい家の前をとおっていくとちゃんと駐車場も完備された場所に出た。

190806_02_20190815123401  残念ながら上流にダムができて川の水が調節できるようになってからは,賢治が見たような石畳が表れることはあまりないようだ。でも,幼い頃,こうして自分だけの名前をつけて暮らしていたんだと思うと,感慨深い。
 この河原には,わたしたちを迎えるように,蝶々が乱舞していた。

190806_03_20190815123201  次に向かったのは,童話村。ここには来たことがない。園の中そのものは無料で,とてもかわいい飾り付けがいっぱいある。単に散歩しているような親子連れもいた。近所の人なのかな。光のモニュメントがあったり,賢治の童話に出てくる植物が植えられていたりする。あの有名な「やまなし」もちゃんと見つけることができた。


190806_04_20190815123201  童話村にある「賢治の学校」という施設は有料。「ここはまさにイーハトーブの第4次幻想空間。宇宙から水中へ,部屋のドアを開くたび,賢治童話のめくるめく不思議世界が空間いっぱいに広がります」と童話村のリーフレットで紹介されている。

190806_05_20190815123201  また,「賢治の教室」と呼ばれている7棟のログハウスには,賢治童話に登場する「植物」「動物」「星」「鳥」「石」について学ぶことができる。最後の2棟はお土産屋さん。
 

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花巻温泉 佳松園

190805_01 2日目のお宿は,花巻温泉・佳松園というとても高級感のあるお宿。花巻温泉にしたのは,明日の午前中に「宮澤賢治関連」をまわることにしてあるから。お部屋も廊下も料理も申し分なし。ありがとう子どもたち。毎年,こうして1回は子どもがお金を出してくれて高級宿に泊まっている。
 冷酒を頼んだら,きれい花と一緒にやってきた。あらま上品。
 そうそう,すべての料理は男性が最初に運ばれてきたので,「西洋の人がきたら女性が最初なの?」と聞いてみたら,「そうです」との答えだった。

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平泉・世界遺産 中尊寺

190804_01  記録に残っているだけでも三度目となる中尊寺金色堂。金色堂とわざわざ断ったのは,前2回は,ほかの場所などほとんど回らなかったから(記憶にもない)。今回は,ちゃんと本堂も見てくるよ~。前回も,仮説実験授業の全国大会の前日に来たのである。今回も同様となった。神さんが行きたいと言ったのである。
190804_02  月見坂をへーこら登り,まずは,これまでスルーしてきた本堂へ向かった。ご本尊は,丈六の釈迦如来さん。ちっちゃいのも大きいのも好きだけど,丈六大好き。お近づきになれる気がして,しかも圧倒されないし。守ってくれそう。ここにも不滅の法灯があることを初めて知った。比叡山から持ってきたのだろうか。1200年間灯っているらしい。
 本堂に限らず,中尊寺のお堂内には「撮影禁止」と書かれていない。なんでかな~と思っていたが,おそらく讃衡蔵(さんこうぞう)という宝物館に仏像のホンモノが全て収められているからなのだろう。讃衡蔵には,丈六の3体の仏像がいた。薬師如来座像(2体)・阿弥陀如来座像だ。いずれも,元は中尊寺の堂宇にいらっしゃったものらしいです。

190804_03  そしてやっぱり金色堂。何度見てもため息が出るだけ。そして何度見ても,ちっちゃなお堂によくもまあこれだけの細工や仏像を並べたことか。ほんとすごいです。藤原清衡・基衡・秀衡すごいね。

190804_04  そうそう,今回は,中尊寺蓮も見たかったのです。これは五木寛之の『百寺巡礼』に出てきたので知ったのでした。4代泰衡の首級が入った箱から蓮の種が出てきたらしい。それを植えたら芽が出てきたとか…その蓮が,白水阿弥陀堂(福島県)にもあるらしい。ま,ぞれはさておき,一所懸命探すのだが,どこを見てもお池らしきものがなく…。受付で頂いた地図を見ると…あ,あった。左下のところ参道から大きく離れた場所に「中禅寺ハス」の文字とイラストがある。人々の流れから大きくそれて行ってみると,見つけた!! なんか,人知れずの場所にある。ここには大池が会ったらしいので,ま,本来の場所と言えば場所なのかもしれないが。

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平泉・世界遺産 毛越寺

190803_01 ついにやってきました,世界遺産に認定されている毛越寺。中尊寺まではこれまでにも2度行ったことがあるのだが,この毛越寺には足を伸ばしたことがなかった(というか,あまり知らなかった)。ほとんどの堂宇はないし,だだっ広い庭園だけが残っているなんて,若い頃の私には関係ないもんね。歳をとったってことだよ。ここに来てみたいと思ったってことは。

190803_03 さて,やはり,庭園である。きれいだ。とってもきれいだ。堂宇がない分,見晴らしよすぎ。さすが平泉の浄土庭園だなあ。看板を見て当時の様子を想像するしかない。池の近くには芭蕉の句碑がある「夏草や 兵どもが夢の跡」と書かれているらしい。直方体でもないこの句碑はなかなかカッコイイ。

190803_04  本堂には,本尊薬師如来さんがいらっしゃる。当然,日光・月光両菩薩も従えて。
 だが見どころは,やはり古いお堂だろう。常行堂は1731年に再建された建物で,本尊は宝冠阿弥陀如来さん。脇士にはなんと4菩薩が揃っていて見応え抜群。本尊を拝むと,その裏にいる摩多羅神を拝むことにもなってしまうという。この摩多羅神にちなんだ祭礼があるそうだ。

190803_05  「出島と池中立石」は,なかなかの風情だ。荒波の様子をあわらしているらしい。聞かないと分かんないけど,そういえば,能登の外浦の景色にも似てなくもない。毛越寺庭園を象徴する景観地らしいので,しっかりチェックしよう(わたしは知らなかったけど,ちゃんと気になった)。

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平泉 達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門堂

190802_01  延暦20年(801年),蝦夷征伐に来た坂上田村麻呂創建と伝えられる毘沙門堂。天台宗別當達谷西光寺である。
 ここは,岸壁をくりぬいてお堂が建てられている。毘沙門堂の中に入って本殿の上を見ると,天井は岩石のママだった。幾多の災難にあっており,現在の毘沙門堂は昭和36年に再建されたお堂で,創建以来五代目となるそうだ。

190802_02  また,毘沙門堂向かって左の岩肌には,大きな大仏の顔が刻まれている。決して上手とは言えない出来映えだが,どのようにしてこれを掘ったのかと考えると,興味深い。言い伝えとしては,「前九年後三年の役でなくなった敵味方の諸霊を供養するために源義家が馬上より弓張を以って彫った」というが,そんなこと無理なのだから,何も解決しない。どっかの物好きが,上から命綱でも縛ってぶら下がって彫ったのかなあ。もともと大仏には体もあったそうだが,明治29年の地震で崩落したらしい。この顔もいったいいつまで持つことやら。

190802_03  で,気になるのが,ここの地質である。先の厳美渓からは車で5分も離れていないところにあるところを見ると,この地層も軽石溶結凝灰岩じゃないだろうか。アップで見たり,触ったりしてみたが,凝灰岩っぽい。毘沙門堂で説明してくれたおっちゃんにこの岩石の名前を聞いてみたが,「知りません」とのことだった。う~ん,気になる。

190802_04  ところで,この毘沙門堂。鳥居をくぐって入っていく。まさに神仏一体と言ったところだ。そういうわけで,毘沙門堂では,柏手を打とうが,合掌して「ヲンベイシラマナヤソワカ」と御真言を唱えようが,お任せだ。
 この窟の初出は『吾妻鏡』(1189年)だという。由緒ある場所ですな。

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平泉 厳美渓(げんびけい)と郭公だんご

190801_01  東北の旅二日目は,平泉で遊ぶことに。回る場所は,厳美渓・達谷窟毘沙門堂・毛越寺・中尊寺である。
 まずは,厳美渓。この場所があることは,五木寛之のDVD『百寺巡礼』を見ていて知った。景色もきれいだし,ロープでダンゴも運ばれてくるという場所があるらしい。まずは,ここだ。
 栗駒山から流れる磐井川が岩を浸食してできた約2キロにわたる渓谷。ただ,昨日行った清津峡とは違いあまり山の中へ入っていかないので車でのアクセスは楽。この場所は,デイサイト質の軽石質凝灰岩からできている。方丈節理(箱形のひび割れ)が見られるなかなかの景観だ。

190801_02 「一関の厳美渓」というサイトから転載。
 厳美渓をつくる軽石凝灰岩は,今から800~600万年前頃,中新世後期に陸地に噴出ました。この岩石は,噴出して積み重なった後に自らの重さと熱によって再溶融し,ふたたび固まった
溶結凝灰岩と考えられています。東北日本では,1600~1500万年前の中新世前期から中期にかけて,今よりはるかに暖かい海が広がっていたのですが,それが次第に浅くなり,今の脊梁山地を中心に,やがて活発な火山活動が起こると,火山岩や火砕岩によって埋め立てられ陸地になって行きました。厳美層はこの時代のものです。
 厳美渓は昭和2年(1927)に国の天然記念物に指定されました。

190801_03  また,ここには,甌穴といって,岩の小さな窪みに石が入り込み,その穴の中で水の流れに合わせて回転しながら,穴そのものを大きくしていってできた穴をたくさん見ることができます。これもまた,面白いです。

190801_04  さらには,「郭公だんご」ですね。空飛ぶダンゴ。かごにお金を入れて,ひもをひいて合図を送ると,するするとかごが登って行きます。そして,三種類のだんごとお茶が運ばれてくると言う算段です。もちろん,わたしたちもやってみました。後ろに並んでいた人が,「わたしも一緒にいいですか」といったので喜んでごいっしょに。
 

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