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杉原里美著『掃除で心は磨けるのか』

 自問清掃をしている学校に勤務していたことがある。初年度は「自問清掃を自問する」などという資料を職場に配付して,疑問を呈していたが,なにしろ町を挙げて行っているので,学校独自でなかなかやめられない。静かに清掃をしていることで心が磨けるのかといえば,NOである。その学校の子どもたちは,他の学校の子よりも素晴らしいというよりも,その逆だったから。

 本書は,そんな枝葉末節なことについて書かれているわけではない。
 静かに掃除をすることも,朝ごはんを食べることも,ちゃんと宿題をすることも,親を大切にすることも,郷土愛を持つことも,全部,大切なことなのだ。だれも反対できない。が,しかし,そういうことを「国がシモジモに指示するように言ってきたらどうなるのか」…それを問題視する。
 最近,学校で起きている〈ちょっと違和感のあること〉の根底を見ると,見事につながってくる。根底にある,戦前回帰の流れ=日本会議の存在。
 〈子どもたちの自己実現を目指す〉という視点よりも,〈これからの社会を維持していくための人材〉としてしか見ていない国家の教育観。新自由主義史観の行く末が垣間見えるようで恐ろしい。
 今,現場は大変疲れている。物が言えない教師が増えている。主体性のない教師に垂れ流しのように指導される子どもたち。どんな大人になっていくのだろう。
 著者は「あとがき」で次のようにいう。

「国家」「公共」「社会」ありきで,その枠に適応する人材育成のための教育が支配的になっていくと,こうした枠組みそのものの問題点を指摘できる「人材」は育ってこない。/自分の頭で考えて,ものを言う人たちがいなくなれば,戦前の日本のように,いつの間にか国民全体が同じ方向に流されてしまうかもしれない。/本書が,立ち止まって考えるきっかけになればと願う。

 ぜひ,読んで見て下さい。いろんなものがつながっていることが分かります。そして,こちらは,バラバラにされていることも…。

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