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寺脇研著『危ない「道徳教科書」』

 「特別な教科」として出発した「道徳」。本書は,2018年度から小学校で行われている「特別な教科=道徳」に関して,何が危惧されるのか,そして,現実に何が起きているのか…について,具体例も挙げながら示してくれています。
 例えば,ある会社の小学生むけの道徳教科書に「星野君の二塁打」という教材がありますが,これの取り上げ方には,大変問題があるといいます。内容は,監督のバンド指示を守らなかった星野君(結果的にはヒットを打ってチームが勝つ)が,監督から強く反省を迫られる…という話ですが,授業展開例を読むと「監督の指示は必ず守るべきである」「自分のことよりも集団の規律(この場合は,監督の指示=集団の規律)を優先すべきである」ということを決まり切ったこととして押しつけているだけだ―といいます。
 しかし,2018年,問題になった大学のアメフト試合のことを考えるとき,この結論がいかに馬鹿げているのかが分かります。
 文科省自らが言っている「討論する道徳」「主体的に考える道徳」という目標からも大きく離れつつある学校の道徳教育ですが,なぜ,こうなったのかというと,教科化を急いだからです。なぜ急いだのかというと,政治的な圧力があったからなのは間違いありません。
 かといって,今すぐに「やっぱり教科化はやめよう」とはなりません(たとえ安倍政権が終わっても…です)。ましてや「道徳教科化反対!」と旗を揚げても,現場の改革にはつながりません。今の現状を受け入れながら,「子どもが主体的に考える道徳の授業」に改善していくための方法を私たち現場の教師は考えていく必要があるようです。
 元文科相に勤めていた寺脇さんの文章は,説得力もあります。

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