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中村高康著『暴走する能力主義-教育と現代社会の病理』

 いやー,読んでいてスカッとする本でした「これからの能力」「21世紀型能力」「ホンモノの力」「新しい学力」などといって,現場に次々と襲いかかる「能力開発」の圧力…それを冷静に読み解くと,あら不思議,何にも新しいことはないし,これからも人間は生きていくし,子どもたちはちゃんと育っていくし,学校も今までどおりでいいじゃない。少なくとも,これまでやってきたことをじっくりとふり返りながら,子どもに寄り添っていこうじゃないか…と,そんなことを考えてしまう本でした。
 いつの時代も「新しい能力をつけよう」とあたふたしてきた教育界。なにか「新しそうなことを打ち出すと,本当に新しいことが始まるのではないか」と思っているだけの教育界。この本で指摘されているような「能力主義」の原理を知らない人たちは,右往左往するばかり。めいわくを蒙るのは,当事者である子どもたち。
 反知性主義がはびこる日本社会の典型が,昨今の「能力主義」をめぐる議論の世界にあると思いました。
 今までどおりで大丈夫です。地に足をつけて進みましょう。

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コメント

日本ではとかく議論不足なのに進めることが多いですね。また、民主主義なのに合意を形成するということがとかく苦手です。

民主主義は決まったことを善として、かつ気になることや意見を尊重する制度です。

これは原発などにも通じますが、とにかく反対を論ずる人は反対としか言わず、推進する人は推進だけとしか言わず…… そして、まとまらず違う意見を否定するというよくわからないことがしばし見受けられますね。
さらには互いに協力しあって進めてゆくべき話が、逆に足の引っ張り合いになって、いったいそれで何の前進になるの? ということもあります。


教育はかつての寺子屋の考え方が、逆に海外で受け入れられ、逆に日本ではかつてのヨーロッパの教育を勧めるといった逆転現象が起きていますね。

外部から見ている私は、学校の先生は先生という専門家集団で監視し合う制度(現在の公務員型ではなく)にするべきだと思いますが。

投稿: 通りすがり | 2019年1月 3日 (木) 16:48

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