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鶴彬を学ぶ・生家跡

180624_01 鶴彬こと喜多一二(きたかつじ)は,高松町のこの家(写真)の向かいの家に生まれました。写真の家の場所は,一二が養子に行った伯父さんの家の場所だそうです。一二の生家は,道路を挟んだ向かいにあったそうですが,今じゃ,跡形もありません。
 鶴彬は,8歳の時に実父と死に別れ,母も再婚して妹だけ連れて東京へ行き,自分は,おじの家の養子となったのでした。
180624_02 この庭には,まだ,鶴彬とは名乗っていなかったころの初期の作品の句碑があります。
「可憐なる母は私を生みました」
 母への思いが表れた川柳です。
 喜多一二は,師範学校に進学したがっていたようですが,それは,叶いませんでした。
 わたしは,個人で回ったときに,ここへもちゃんと来ています。てっきり生家だと思っていましたけどね。

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