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黒田杏子編著『存在者 金子兜太』

 こんな本を手に取るようになるとは,1年前までは思ってもみませんでした。が,今,金子兜太にハマってしまっています。
 付録のCDをかけながら,夕方,家の裏の墓場近くの道を犬と散歩していたら,なんか,背筋が寒くなってきた。

著者 : 黒田杏子
藤原書店
発売日 : 2017-03-25
 先日(2018年2月)亡くなった兜太について書かれた,一番新しい本です。2017年4月発行です。
 編集者の黒田杏子は,ずっと兜太と付き合いのある俳人です。兜太は,この杏子について,あとがきで次のように述べています。

編集者である黒田杏子さんとは長い間のつきあいです。私は通常クロモモさんと呼んでおりますが,不思議なことに,この人と一緒に居りますと,落ち着きます。-中略-彼女は単なる聞き手ではない。私の内に眠っているさまざまな記憶や体験,主張といったものを,ごく自然に引き出してくれる魔法使いです。十九歳私より年下だということですが,ときどき私には姉のようにも感じられます。 (298p)

 そのクロモモさんが聞き取った兜太のインタビューは,第3章にまとめられています。インタビューの質問の部分(クロモモさんの言葉)は省略されて,一人語りのように編集されています。兜太自らが語る俳句伝記のようで,興味深く読みました。中村草田男や加藤楸邨らに影響を受けながら,独自の俳句世界を作っていく様子がよく分かります。

 内容は前後しますが,第2章には,あの東京新聞紙上で連載されていた「平和の俳句」について,同じ選者のいとうせいこう氏と(司会者の加古陽治)の鼎談が紹介されています。これも,面白いです。今,なぜ,平和の俳句なのかが,とてもするどく語られています。もしかしたら,最短詩の俳句だからこそ,わりと簡単に世界に呼びかける力を持っているのではないかとも思えてきます。『平和の俳句』の単行本と合わせて読むと,より,鼎談の内容が理解できると思います。

私は平和な世の中ということは草の根を大事にすることだと考えています。上っ面の人だけの平和なんてのはだめだ。その草の根を大事にするということは俳句をやることと密接にかかわっているわけです。これは私が俳句専念を決めたときにも考えていたことでもあります。(126p)

一茶は芸術的におもしろいものを作ると同時に,おのずから一般的になっているでしょう。一般性と芸術性の兼ね合いを一茶がおのずからやっている,あの「おのずからやっている」という世界がオレの中に出来なきゃいかん。(128p)

 第4章と第5章は,それぞれの俳人たちがそれぞれの兜太を語ります。とくに第5章の坂本宮尾氏の「青春の兜太」は,兜太の俳句の歩みがじっくり取り上げられていて,なかなかおもしろかったです。

戦後の金子兜太の作品は,社会性俳句,前衛俳句と称され,自身は造型俳句を唱えた。人間と社会を力強く詠んだ彼の句は,キュビズム時代のピカソを思わせる。兜太は,見た目の自然さ,本物らしさを捨て,デフォルメによってものの本質に迫り,個性的な構図の作品に仕上げた。(250p)

 ここに来て,私が兜太の作品に引きつけられる理由が分かってきた。私は,二十歳の頃から,超現実主義(シュールレアリスム)の詩や絵画に興味を持ってきた。この兜太の俳句にはそのシュールレアリスムの世界に極めて近いもの持っているのだろう。

・梅咲いて庭中に青鮫が来ている
・主知的に透明に石鯛の肉め

 これが俳句なら,私も俳句に付き合ってみたくなる。

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