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大鹿卓著『渡良瀬川―足尾鉱毒事件の記録・田中正造伝』

 よくもまあ、こんなに臨場感あふれる物語が書けたものだ。作者が、まるでその場に居合わせたのではないかと思えてくる。
 勿論田中正造の残した書簡はそのまま使えるし、国会での議事録もあるだろうが、住民との話し合いのことや講演会などの言葉がそのまま残っているとは思えない。正造などの日記で判断したのであろう。
 作者の大鹿卓氏が、それらの資料を丹念に読むとともに、時代背景となる日本政府のゴタゴタなどもしっかり取り入れることで、時代を経て深まっていく正造の怒りと落胆などが、しっかり読者に伝わってくるのだろう。
 1941年発行の本書は、この新版で、手に取りやすくなった。
 巻末には、宇井純氏の解題「時間の深淵を越えて」が掲載されている。1972年の文章である。

「足尾鉱毒事件の我々に与える教訓はそれに止まらない。鉱毒事件は圧殺されたが、鉱毒はなくならなかった。今日では鉱毒は渡良瀬川下流の農民にとって自然の一部となってしまう、それを堪え忍ぶほかには道はなくなった。いかに技術的な対策を積み重ねても、もはや鉱毒の根本的解決は不可能なのである。今日の公害を我々が放任するならば、百年の未来にわたってもなおその影響は子孫に及び、我々は無数の谷中村と足尾にはさまれて、その生きる場所を失うだろう。」本書p339

 フクシマのことを思うと、この宇井氏の予言がそのまま現代に再現してしまったことに対して、忸怩たる思いになる。エントロピーの法則は、常に存在することを思い知るのだ。ばらまくのは簡単だが、集めることは莫大なエネルギーが必要…こんな当たり前の事は、幼児の積み木遊びからも気づくことなのに…。

 この足尾鉱毒事件に対する運動が結果的に敗北したことに対して、後年の左翼の正造に対する歴史的評価がよくないらしい(正造の天皇中心主義の限界、農民と労働者との連帯のなさ)が、それについて、宇井氏は、次のような効果もあったと述べている。

「一方では足尾鉱毒事件は近代の社会運動の源流として、河上肇や石川啄木をはじめとする多くの個性を社会運動に目ざめさせるきっかけとなり、他方では勝海舟、谷干城、榎本武揚、頭山満から幸徳秋水、片山潜、荒畑寒村にいたる幅広い立場の人々を巻きこんでゆく巨大な潮流となったのである。」p338

 足尾鉱毒事件に関しては、農商務大臣になった榎本武揚が、自分の職を賭して対応にあたってくれていた。一方、陸奥宗光や原敬は、ま、とんでもない悪として浮かびあがってきてしまう。

 最後に、本書は、田中正造の自伝ではない。彼が足尾鉱毒事件を議会で取り上げるようになってから、天皇への直訴までの出来事に絞って書かれている。
 この後の話(谷中村事件)については、同著者による『谷中村事件』という本がある。

 

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