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ETV「94歳の荒凡夫~俳人・金子兜太の気骨」(後編)

 昨日に引き続き…

 兜太は、長く「朝日俳壇」の選者も務めてきた。あの3・11以来、命を扱った作品が多く投句されるようになったという。次の俳句は、その中の二句。

○生きていて生きてるだけで燕来る(飯田操)
○春も人も神をも連れて去る津波(水野信一)

 福島県立福島西高等学校の国語教師・中村晋氏(と、その教え子たち)と兜太との交流の姿も紹介された。

○空っぽのプールに雑草フクシマは(女子高生)

 作者の女子高生は、「友だちと話してして事ある毎に〈放射能あるんじゃないの?〉という会話が出てきます」とも。

○春の牛空気を食べて被曝した(中村晋)

 震災に遭ってからしばらく俳句が出て来なかった中村先生の中にいきなり浮かんできた句。句を聞いた生徒は最初は笑うが間もなくシ~ンとなる。笑いの後にある悲しみ…なんとも悲しいことではないか。

○ひとりひとりフクシマを負い卒業す(中村晋)

 漢字で表される「福島」とカタカナで書く「フクシマ」の違いが分かるようになるのは、生徒達が社会に出てからだろう。

○津波のあと老女生きてあり死なぬ(兜太)

 兜太は、俳句に勇気づけられ、俳句で生きてきたと言い切る。俳界の革新派であり、自由律にも季語の扱いにも柔軟な考えをもっていた。
 日本の四季を詠むにしろ社会を詠むにしろ、俳句には作者と読み手の感情を強く同化させる作用があると感じる番組だった。合掌。

 ところで,荒凡夫とは,晩年の小林一茶が自分のことをそう読んでいたという言葉だそうである。

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