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財産と借金ゲーム

 6年生と〈正負の数〉を始めました。
Img_5167_480x640 教科書の問題は,すべて終わってしまい,まとめのテストも終了。あとは,数学パズルをしたり,プリントをしたりして過ごしていました。
 ただ,子どもたちと,もっとちゃんとした授業をしたかったので,担任と相談して,久しぶりに〈正負の数〉をやることに。ふり返ってみると,この授業プランをやるのは,20年ぶりくらいかも。それくらい,授業時間に余裕があるって事です。
 「正負の数」は,中学校へ行くと真っ先に取り扱う数学の内容ですが,ここでは勿論,それをそのままやるのではありません。小学生向けに,楽しんでできるようにアレンジしてあります。
 今日は,まず,「〈酸性とアルカリ性〉〈上と下〉のように性質が反対のもの」を揚げてもらいました。出るわ出るわ…。中には,「それって反対と言えるかよ」というようなものも沢山ありましたが(^^;;
 その後,トランプを使った「財産・借金ゲーム」をしました。とっても楽しんでやってくれました。今日,休んだ子もいたので,これからは,毎時間,まずは,このゲームをしてから,授業内容に入っていくことにします。

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ヒラタブンブク

Img_5150_504x640 先日,家の下の砂浜に,見たこともないけったいな骨格のようなものが多数打ち上げられていた。ここ数日,バイガイの殻などもよく打ち上がっていて,何か,貝の一種のようにも見えなくもないが,なんとなく,ウニの仲間のような気もしていた。というのも,その骨格にかすかに見える模様が,なんとなく,ヒトデやウニっぽく感じたのだ。
 今日,職場で,スマホの画面(右の写真)を見せると,殘念ながら誰も知らなかった。
 で,さすが若い衆。すぐにスマホで検索を掛けてくれた。すると,数回で,同じような画像が出てきた。「能登の海岸で見たこれはなに?」という質問まで,私と一緒。
Img_5152_480x640 その回答を読むと,このなぞの骨格は「ヒラタブンブク」とかいうウニの一種の骨格らしい。けったいな名前だ。
 分類名を調べると,
棘皮動物門
 ウニ綱
 ブンブク目
 ヒラタブンブク科
 ヒラタブンブク属
 ヒラタブンブク

というらしい。おもろいなあ。
 さて,骨格といっても,彼は無脊椎動物なので,正確な表現ではない。殻といった方がいいのかな。いつだったか話題にした棘皮動物の一種なのだ。
 家の下の砂浜の表情は,注意をしてみると,変化があってなかなかおもしろい。子どもの時も,同じようなものがあったのかも知れないが,やはり,興味がないとなにも見えないものだ。
 生きている姿については,こちらに写真があった。
http://www.mmbs.s.u-tokyo.ac.jp/jp/gallery/2013-03.html

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谷崎潤一郎著『痴人の愛』

 青空文庫だから,ただ。ありがたい世の中だよ。

 若い娘と10歳以上年上の男との,変な夫婦関係は,谷崎が実際に体験したことらしい…というのを「歴史秘話ヒストリア」で知って,読んでみたいと思った。
 破天荒なナオミに振り回される男だが,そういうことさえも,自分のナオミへの合いに転化してしまうところがなんとも悲しい。男の性って,こんなんじゃないよな。
 それにしても,いまから何十年も前に,こう言う小説が書かれていたってことがすごい。

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荒畑寒村著『谷中村滅亡史』

 姜尚中著『維新の影』で紹介されていた本。気になったので,県立図書館から取り寄せて読んでみた。刺激的な本だった。岩波文庫からも同様の本が出ているので,そちらの方を手に入れて,本棚に入れておくつもり。

 いきなりだが、本書「第二十六 谷中村の滅亡」から引用しよう。

「明治政府悪政の記念日は来れり。天地の歴史に刻んで,永久に記憶すべき政府暴虐の日は来れり。準備あり組織ある資本家と政府との、共謀的罪悪を埋没せんがために、国法の名によって公行されし罪悪の日は来れり。ああ、記憶せよ万邦の民、明治四十年六月二十九日は、これ日本政府が谷中村を滅ぼせし日なるを。正義と人道との光り地に堕ちて、悪魔の凱歌は南の極みより、北の涯まで亘る。」(本書、p156)

 明治維新を堺に、西洋に追い着け追い越せと、ひたすら西洋をマネて近代化を続けてきた日本社会。そこには、もちろん国民にとってプラスのこともたくさんあったに違いない。しかしその反面、一人一人の命や生活を蔑ろにする政策が強制されてきたことも間違いない。その一つの典型的な事件が、足尾銅山鉱毒事件という日本最初の公害問題の発生と、それをうやむやにして葬り去ろうとする谷中村滅亡(村を遊水池にする)の施策である。
 明治維新が西洋でいうブルジョア革命の一種だとすれば、維新革命後の明治政府と資本家たちは、これまでの古い体制を乗り越えることと同時に、自らが新しい社会の課題に直面することになるのは、歴史の必然である。そんな課題を前にしたとき、資本家たちは人間の倫理を失わないで経営ができるのか…。そんなことをすると競走には勝てない。したがって、一般市民には黙っていてもらいたいのである。その方法が、権力と金の利用である。
 著者・荒畑寒村氏は、足尾銅山の経営者の古川市兵衛やその姻戚関係にあった時の農相陸奥宗光に対して、これ以上ない強い筆調で糾弾している。その後の栃木県の指導者に対しても厳しい。当時の社会主義的な思想を反映してか、とても過激な文章が続いていく。出版後、すぐに発刊禁止になったことも頷ける。本当に、これだけ怒りに充ち満ちた文章を読んだのは久しぶりだ。
 それでも、内容は詳しく、どのように地元住民が懐柔されていったのかがよく分かる。

 足尾銅山鉱毒事件~谷中村強制収用事件の流れを見ていると、「いつの時代も、政府や企業のやることは変わっていないな」と思う。日本政府がこの事件からしっかり学んでいれば、水俣病もイタイイタイ病も、あれほど大きな問題にならなかったに違いない。そう、多分、福島の原発事故もなかった(そもそも原発は建たなかったはずだ)。日本社会は、田舎の犠牲のもとでの経済優先で動いてきたために、そのひずみが大きくなってきてしまった。そして、ついには3.11となり、福島が「フクシマ」となってしまったのだ。

 1970年、本書が復刻されたときに書かれた宇井純氏の文章「解題―足尾鉱毒事件の意味するもの」を読むと、先に述べた感を強くする。

「日本は公害の先進国となってしまったという認識は、今や国内における常識となり、外国からも指摘されるところとなった。なぜこれほどに公害が激化したか。その根源は明治以来の近代日本の政治的体質と,日本資本主義そのものの生い立ちにあることを、『谷中村滅亡史』は書かれてから六十年後の今日も、はっきりとわれわれに教えている。」(p188)

 宇井氏は、こう書き出して、戦後の日本社会の公害や住民無視の状況を足尾事件と比較して言及している。残念ながら、二度あることは三度も四度もあるのだった。

 最後に…
「我々は、人の心を金で買うんだよ」という珠洲原発計画を進めていた当時の関電社員の言葉は、なんのことはない、明治の時代から続いていることがよくわかった。

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吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』

 サークルのメンバーからお借りしました。なんで,ベストセラーになっているのか,分かったような気がします。原作ではなく,マンガにしたってことが流行した原因のほとんどですね。たぶん。

 なんでこれがベストセラーになっているんだろうと思いながら読みました。
 ここに出てくるおじさんのように,的確に,その場にあったことを助言してくれる大人って,すでに,思春期の者たちのまわりからいなくなったってことなのか?
 それとも,もうすでに大人になってしまった人たちが,「どう生きればいいのか」を探っているということなのか。
 その両方とも,あるからこそ,こうしてベストセラーになったのかも知れない。
 起きてしまったことをぐずぐず悩むよりも,これからのことを考えればいいなどというのは,わかっていてもやめられない…という感じ。
 私が,とくに心に残ったのは,最後の部分である。

「苦痛を感じ,それによってからだの故障を知るということは,からだが正常の状態にいないということを,苦痛が僕たちに知らせてくれるということだ。」
「同じように,心に感じる苦しみやつらさは人間が人間として正常な状態にいないことから生じて,そのことを僕たちに知らせてくれるものだ。そして僕たちは,その苦痛のおかげで,人間が本来どういうものであるべきかということを,しっかりと心に捕らえることができる。」
「人間が本来,人間同志調和して生きてゆくべきものでないならば,どうして人間は自分たちの不調和を苦しいものと感じることができよう。」

 人間関係に悩むことが,思春期の一番の危機なのかも知れない。このように,体の故障と心の痛みを比較することで,著者の意見が,若者たちの心にすーっと溶け込んでいくことだろう。

 吉野源三郎氏は,『世界』の初代編集長だったという。学生時代,この本をよく読んだ。難しい論文も多かったが,自分と社会(距離的にも時間的にもはなれているはずの社会)というものが,本当は深くつながっていることを感じることができ,もっと勉強しなければと思いながら読んでいたことを思い出した。

 大人にもお薦めの本であることは確かである。マンガである必要はないけど。

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堀切リエ著『田中正造:日本初の公害問題に立ち向かう』

 2月後半は,田中正造と足尾銅山・谷中村などについて調べてみようと…手始めに,子ども向けの伝記を読んで,頭の中で大枠を確認。

 
 同伝記シリーズには,やなせたかしもいたりする。小学生向きの新しい伝記シリーズの一冊。
 巻末には「正造ゆかりの人物」の紹介コーナーなどもあって,ちょっとくわしく調べようと言う人に優しい作りとなっている。
 参考資料には,20数冊の著作だけではなく,DVDや関連映画なども紹介されていて,大人がもっと詳しく調べたい時にも重宝すると思う。
 子ども向けと馬鹿にせず,まずは,手にとってみるのも悪くないな。
 それにしてもこんなに何度も牢屋に入っていたとは知らなかった…。どれも言いがかりみたいなことが原因だが。

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2月のサークルでした

Img_5140_640x480 今日のサークルは,5名の参加。
 私は,板倉聖宣先生逝去をキッカケに,久しぶりに仮説実験授業と出会った頃の話題を持っていきました。あとは,「たのしい書写」「鈴木東民」…などをまとめてみました。
 みなさんからは,静岡で行われた全国教研の参加記(右の写真はおみやげ)や,支援員としてのレポート,デジカメを使った木版画の進め方の途中経過。そして,紹介された本の数は,みんなで10冊くらいかな。
 自分一人じゃ,こんなにいろんな話題や本には出会えません。なによりも,本音でトークのできるこの時間が,ますます大切に感じるようになってきました。
 そうそう女性からは,ちゃんと義理チョコも。ありがたい。今年は,ここだけだった。

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理科研究会の会食

 終末の金曜日,市内理科研究会の送別会があった。退職される先生がいらっしゃる年には,いつもやっているのだが…ま,毎年,大抵退職者はいるので,結局,毎年やっている(^^;;
 宴会では,理科教員の集まりらしい話が。
 お膳にならんだ料理を見て,「これは菌類だ」「軟体動物を食べよう」「ところで,なまこは何動物だ?」ってな話になって,私の予想じゃ「棘皮動物」。スマホですぐに調べる人がいて,棘皮動物で正解!
 こういう話題は,誰が始めるともなく,わいわいやっているうちに出てくるのだが,ま,普通の教員の世界とはやはりちょっと違うなあ。
 飲んでしまった後は,いつもと同じでしたがね。

wikiでは「ヒトデ違ってわかりづらいが、ナマコの体も棘皮動物に共通する五放射相称の構造となっている。」と書かれていました。へ~,どこが「5」なのか,ぱっと見には分かんないですね。
 これ,解剖してみると,筋肉が5放射しているのが分かります。そういえば,ウニだって,からを取ると,5つに分かれていたような…
 興味のある方は,下のリンクのページで学習していくダサイ。注:生々しい画像です。
https://ameblo.jp/hanyu-shima/entry-11578096325.html

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鎌田慧著『反骨-鈴木東民の生涯』

 東郷茂徳の伝記を読んでいたら,この人の名前が出てきた。読売新聞社にいたらしい…ネットでググってみると,なかなかおもしろい人生を歩んだ人のよう。気になってしまったので,手に入れて読んでみたのが本書ってわけ。
 いやー,この伝記は面白かった。鈴木東民,おもしろい。こんな人が日本にいたなんて,これまでまったく知らなかった。
 東北の田舎に生まれ,第二高等学校をなんと6年もかけて卒業し,その後,東京帝国大学を4年ですんなり卒業。その間,学校の矛盾に対して抗議行動を組織したり,情宣を作ったりして,民主的な学校を作る運動を起こしていく。青年時代の東民は,いろんな人(吉野作造など)の影響を受けながら,民主的な社会を求める反骨の闘志として成長していくのだった。
 戦前は,新聞記者としてドイツのベルリンに派遣になっていながら,現場から反ナチスの記事ばかり書くというのでナチスから国外退去命令が出され,祖国に帰ってくる。しかし帰国してからも,東民の筆調は冴えわたる。だが,時代は治安維持法のまっただ中。結局,筆を行かす機会を奪われて,一線を退かざるを得なくなる。

 戦後は,読売新聞にもどり,日本の初の労働組合運動と言ってもいい第1次読売争議(なんと1945年のことだ)で,正力たち経営派に勝利してするも,第2次読売争議ではGHQの方針転換もあって,敗北。結局,読売を辞めさせられる。
 その後,何度か国政選挙に臨むがいずれも落選。途中,日本共産党に入党するも,肌が合わずに2年あまりで離党。

 そして,なんと地元釜石市(合併したばかりの市)の第1代市長となる。東民は,市長となってからも,当然,民衆のために行動する。公害反対運動のデモには先頭に立ったこともある。新日鉄釜石製鉄所による公害問題が大きな課題でもあった。
 しかし,第4度目の市長選には敗北。
 それにもめげずに,今度は,釜石市議会選に立候補し,見事トップ当選を果たす。市長だった人物が市議選に出ること自体稀なこと。ここでも,新市長と堂々と渡り合う姿があった。が,市議1期で落選することになる。
 「反権力・反公害運動を展開,一生を時流に媚びず反骨に生きた(帯の文句)」人であった。

 本書の内容は,とてもよく調べられていて,大変読みやすく,しかも資料も豊富である。東民の人となりがよく分かるエピソードも満載。さすが,ルポの鎌田慧だ。
 こういう人が日本にいたことを誇りに思うし,今一度,政治というものが民衆のものになっているのか,反省してみるべき時に来ていると思う。
 東民の奥様ゲルトルートも,東郷茂徳の妻同様ドイツ人である。これも何かのつながりか(実際,茂徳がドイツ大使だったときに,東民とドイツで会っている)。
 そうそう,敗戦前,再度,外相になった東郷に対し,岩手にいた東民はわざわざ東京へ面会に行っている。2時間半ほど話をしたようだ。東民には,茂徳が戦争を終わらせるために外相となったことが十分伝わったと思われる。
 さらにつけ加えると,なんと,東民は宮澤賢治と同じ謄写屋でバイトした仲である。1920年頃のことらしい。次の年,帰郷した東民は宮澤家の実家に招待されてご馳走になったとも書かれている。いやー,これまた,おもしろい。

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つるっつるの朝

Img_5127_480x640 昨日までの天気予報によると,今朝はそんなに凍みていないのかなと思って散歩に出かけたらところ,豈図らんや,道路はツルツルでした。雪が解けたところは,完全にスケートリンク。子どもの頃なら,すべって遊んだろうなあ。
 海の方へ向かうと,昨夕つけた私の長靴の足跡が,氷になってしっかり残っていました。長靴を合わせてみるとピッタリとハマりました。

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折り染めと「名前の漢字」

Img_1992_474x640 2学期の取り組んだ書写のネタです。
 折り染めで染めた習字紙を使って,自分の名前にある一文字の感じを書きました。その文字の形は,隷書体に近いかな。ネットから探して,渡しました。
 ただ,地区の図書館に書架にあった「毛筆の指南書」を読むと,こういう指導は毛筆指導の邪道のようです。「楷書からしっかり書くことが大切」と書かれていました。
 が,楽しさを追求して,習字が好きになることを優先する私は,そういう習字の先生の意見はどうでもいいんです。好きこそ物の上手なれですから。実際,子どもたちは,教科書の楷書の文字も喜んで書いていますからね。

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たのしい毛筆(干支毛筆編)

Img_1981_640x402 新年になって書き初めが終わったら,干支(いぬ,犬,戌)を毛筆で書こうかな,と思っていたところ,『たのしい授業・2018年1月号』に実践記録が載っていました。そこには,文字だけではなく,簡単な犬のイラストも添えてデザインしたもので,なかなか正月らしい感じがします。
 そこで,さっそく,子どもたちと取り組んでみました。
 右にあるのが,子どもの作品の一部です。
Img_1982_640x442 字も絵も,習字紙を4分の1にして数枚書いてもらいます。それを色画用紙にデザインして貼ってもらうだけです。図工やデザインの世界です。
 先に紹介した「名前の文字」とこの「干支毛筆」を廊下の掲示版に貼ると,とても華やかな掲示になりました。

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姜尚中著『維新の影』

 年に数回,無性に本が読みたくて,他の仕事をするよりも本を読み続けたいという気持ちになることがあります。この1月~2月にかけても,そういう状態が続いています。
 先週は,一度に6冊の本を注文してしまいました。本を増やさないでおこうと思っているのですが,だめですね。
 そんな中の一冊です。姜尚中さんの本は,いいなあ。落ち着く。あの口調で語りかけられているような気分になってきます。

 姜尚中氏が,日本の地方を実際に訪れて,その土地の歴史を肌で感じながら思索したことを集成した本です。
 特に,明治維新から150年になる今年(2018年),その明治維新が,その後の日本に与えた影響というものがどういうものだったのかを考える旅になっていて,読者に「明治国家」をもう一度考えるキッカケを与えてくれます。
 ともすると,明治国家バンザイになってしまいそうな雰囲気も感じられて,ここはしっかりと,明治維新がもたらした功罪を捉え直しておきたいです。
 姜尚中氏の本には,普段,私が使ったことのない日本語があちこちにあって,そういう言葉に触れるのも一興です。また,夏目漱石の言葉もあちこちにちりばめられており,漱石の作品も読んでみようかなという気にさせてくれます。

 個人的には,谷中村の話をもう少しつっこんで調べてみたいと思いました。

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また降ってきた…今度はどんだけ積もるのだ

Img_5088_640x480 ここにはこんなにたくさんの雪が残っているというのに,また上から降ってきた。
 「雪は天からの手紙である」と言ったのは石川県出身の中谷宇吉郎だが,ここまで手紙がくると,読んでいるヒマはない。

 ところで,今年の長期予報は合っていたのかなあ。

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門脇厚司著『異色の教育長 社会力を構想する』

 教育関係者にお勧めします。まだまだ可能性はある。子どものために,現場の教師にもっと自由な研究の場を!!

 教育社会学の学者で,筑波大学名誉教授でもある門脇厚司氏が,なんと茨城県の美浦村の教育長に。大学の研究者が教育長になるというのは珍しいこと。門脇氏が,教育長在職6年間で行った教育施策は,著者がいう「社会力」を育んでいこうというもの。それは児童生徒だけではなく,保護者・村民にも広く働きかけるものだった。
 門脇氏は,この間の政府主導型の教育政策に危うさを感じている学者でもあり,それを全面に出して教育長職を全うしているところがすごい。
 例えば議会に対しては,次のように述べている。

 こうした教育問題に関わる質問に対しては,現状の説明も含め答弁書も自分で作り,教育長として積極的に答弁することにした。単に議会を無難に乗り切るというのではなく,答弁を通して,美浦村の教育の現状や方針を議員たちに理解してもらう,絶好の機会と考えていたからである(本書64ぺ)。

 そして,他の教育長や校長たちが,いろいろな会議に於いても,なにも自分の意見を言わす唯々諾々と上からの指示に従っているだけであることに対して,日本の教育界が思った以上に,瀕死の状態にあることも指摘している。教育長はもっと質のよい人間にさせるべきだともいっている。
 また,現場の教師に対してもきびしい。今の現場が長時間労働で大変であることについての理解は示しながらも,「教師として学ぶ姿勢」「子どもたちにこれは伝えたいという思い」などが,すこぶる低レベルであることに,失望もしている。さらに,教職員組合にも手厳しい。文科省がいかなる政策を出してこようが,ここでもただ従うだけ。「教え子を再び戦場に送るな」の精神がまったく感じられないと嘆くのである。

 ただ,せめてこれだけは…という提案もしてくれている。
 現場の教師に対しては「自分の眼の前にいる子どもたちのこれからの人生を見通す眼をしっかりと持ってほしい」という。そうすれば,学力テストの1点2点で一喜一憂する必要もないことに気づくだろう。
 文科省に対しては,「たった一つの注文」として「教員たちの自由裁量度をできるだけ大きくしてほしい」ということだ。
 教科書と教師用指導書だけを見て授業をこなすだけの教師を作ってきたのは他ならぬ文科省なのだ。なのに,かけ声だけは「教師は創造的であれ」といわれても困る。そんな現状を打破するには,現場の自由度を上げることが大切。
 著者は,現在(本書が発行された2017年12月)つくば市教育長のよう。今後とも,どんな実践をされ,どのような成果を出すのか,楽しみな教育長である。

 ただ,本書に収録されている文章は,すでに発表済みのものを集めているものもあり,内容が重複しているのが殘念である。もう少し,筆を入れてから出版したほしかった。
 ま,このことを考慮しても,すべての教育長・校長・現場教師に読んでもらいたい文章である。

 

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恩師からの賀状

 教育実習の時に指導教官だった先生であり,採用されてからは市の理科研究会で一緒に話をした先生。退職されて数年後の今年も,その先生からの賀状が届いた。
 俳句にも造詣が深い先生の葉書には,次のような俳句が書かれていた。

教卓に 土ごと置かる 霜柱

 「現職の頃を思い出して作りました」と。そして「あの頃は楽しかったです」とも添えられていました。
 「私は,今,その現場にいることの幸せを感じているだろうか。」「感じているはずだ…」と思いながら,今年頂いた賀状を箱にしまいました。 

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