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伊集院静著『文字に美はありや。』

 中国の王羲之から,鑑真・空海,信長・秀吉・家康,そして北野武の書まで,古今アジアの毛筆での書を紹介しながら「美しい字とは何か」というようなことについて語られている本。
 今年,小学校の習字の授業で,教科書にある楷書だけではなく,時折,さまざまな書を紹介して(その中には,王羲之さんの文字もあった),子どもたちと楽しんできた私の触手に引っかかった本です。もう少し前ながら,まったく興味もなく,手に取ることもなかったかも知れません。
 「文字に美はありや」の答えは,人それぞれ。自分の心にピッタリきた字が,自分にとっては,一番の「いい書」なんでしょうな。
 伊集院氏の,幅広い知識が発揮された,読んでいて楽しい本でした。
 自分でも書を書いてみようって思ったりもする本です。

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上を向いたつらら

180128_02 つららの写真。上を向いたつらら。
 これは1日前に撮ったやつ。おもしろい。
 自然って,ときどき人間には作れんものを作ってしまう。

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3mのつらら…自然と人間生活がもたらしたもの

170128 今朝,ゆったりと散歩をしていると,近くの家の屋根から大きなつららが伸びていました。一番長いのは一回の屋根まで続いていました。
 これまでに見たつららでは,最大級の長さです(子どもの時も含めて…)

 つららが出来るためには,
①屋根に雪があり
②外の気温は零下であり
③屋根の雪が解けるくらいの温かさが,屋根の雪の下にある
という条件が揃わないといけません。
 気温が低いだけでは解けないからです。

 だから,大きなつららが出来ている場所の下の部屋には,「暖房環境が整った人の生活空間」があるはずです。最近の住宅では,天井の上にも断熱材を入れているので,部屋の中を暖房しても,なかなか天井を通して屋根の上まで熱は伝わりません。
 ここまで大きなつららを作るためには,ずっと暖房をし続けている部屋があるのでしょう。

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東郷茂彦著『祖父東郷茂徳の生涯』

180127   太平洋戦争の開戦時と終戦時に外務大臣だった東郷茂徳氏の伝記。著者は,茂徳の双子の孫のうちの一人の東郷茂彦。彼は,ワシントンポストの記者です。
 2段組,500ページに及ぶこの伝記は,茂徳本人が巣鴨の獄中で綴った自伝『時代の一面』の内容はもちろんのこと,この自伝には触れられていなかった時代のこと(生まれなど)も詳しく書かれています。しかも,家族に宛てた手紙や単なるメモなどについても触れられているので,茂徳の人となりやその時の気持ちなどもより分かりやすく,親しみやすくなっています。
 さらに,多くの既存の文献に当たるだけではなく,自分の足で200人以上もの人たちに聞き取りをしているところもまた,本書を読み応えのあるものにしています。
 これだけ分厚いものを読むのは,久しぶりでした。
 それにしても,自分を有罪にした東京裁判についてさえ,時代が前に進んで証拠だといっている茂徳。たいしたもんです。

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チョコの水が…

180125 今朝の冷え込み。マイナス5度だったらしい。かわいそうに,愛犬チョコの水入れには,氷がはっていた。
 彼女の寝床は,戸を一枚挟んだ,セメントの土間。風雪等には直接あたらないが,この寒さじゃ,仕方ないか…。
 世間では,御犬様たちは部屋の中で飼われているらしい…が,我が家では,これまで人間と同じ空間にいたことはない。

 さて,当然,外の水道も凍っているので水は出ず。台所から,少々ぬるめの水を用意してあげた。
 それにしても,寒い日が続く…。水道管が破裂しないか心配だ。

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授業書案〈地震と火山〉体験

170123_01_640x466_2 21日(日曜日)の午後からの体験は,〈地震と火山〉の1部~3部。たっぷりと地震と火山について学ぶことがでできました。
 これまでも,断片的な知識は知っていましたが,それを子どもたちに与えるとなると,やはり難しすぎて,「科学者はこう言っているよ」というような押しつけにしかなりません。

170123_02_640x500 しかし,このプランでは,地震が起きる場所を予想したり,火山のある場所を予想したりすることで,自然とプレートの境界に目がいき,地球の内部のことも知りたい…と思わせるようになっています。特に,富士山型の火山の話は,子どもたちも興味を持ってくれるに違いないと思いました。
 高温高圧の水に岩石が溶け込んでいる…というようなことは,なかなか理解できません。このあたりのことは,興味が出てきた人に語ってくれるといいと思います。

 で,家に帰ってから『理科教室』(本の泉社)をめくっていると,昨年12月号に,その「超臨界水」とやらの説明が載っていました。この授業を受けていなければ,たぶん,じっくり読んでみようと思わなかった記事だと思います。なにせ内容が高度すぎて…。
 だって,「水がマグマを作る」なんて書いてあるんですよ。小中の地学の知識しかない私たちにとっては,???でしょ。(高校でも地学を専攻している人は少数だと思いますから)。

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萩野貞樹著『𦾔漢字-書いて,覺えて,樂しめて』

 戦前の教科書などを読んでいると,尋常小学校向けなのに難しい漢字がたくさん出てきます。
 戦後,それまで使用していた漢字が簡略化されたために,世代間で壁が出来ているのです。
 「学」は「學」というのは,まだいいとして,「昼」が「晝」などは難しいかも。
 また,漢字の成り立ちを知りたい時には,旧字体を知らないとその意味が分かりません。ウ冠じゃないのに,ウ冠にさせられている字があったりすると訳がわかんないですよね。
 一度,こうして一冊の本で旧字体を俯瞰しておくと,旧字体があるということは知れるわけです。

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〈「コードくん」でうたおう!〉というプラン

Img_5059_640x470 〈「コードくん」でうたおう〉という授業プランを体験してきました。講師は,このプランの作成者の梶さん。彼は,中学校理科の教師なのですが,だれでもできる音楽の授業プランづくりにのめり込んだという人です。この話を聞いただけでも,たのしい話に違いないって思いませんか?
 私は,『たのしい授業』誌上で読んでから,実際にプランに紹介されている曲を聴きながら,子どもの立場で授業を受けてみたいと思っていました。今回,野村さんのお陰でそれが実現できてうれしかったです。

Img_5063_640x536 高学年にもなると,ピアノやフエに落ちこぼれている子がたくさんいますが,それは,これまでの音楽の授業で,音符で読めるように何度もドリルをしたり,単音で間違えずに弾かせたりする「努力主義」があったからでしょう。たのしく教える方法がないのに,教師の善意で押しつけることで,楽器そのものが嫌いになったり,果ては音楽そのものに興味を失う子まで…。ああ無情です。
 でも,学校音楽が嫌いでも,家では,ギターの練習をし始める人もいることも,また事実です。
 みんな,自分で伴奏をしたり,その伴奏で歌ってみたいと思っているんだと思います。そんなことを楽しくできる方法があるのなら,そんなに便利なことはない。
 今回の授業は,ピアノを伴奏楽器(和音楽器)と見なすことによって,もう一度「ボクにもピアノ伴奏ができるかも」と思わせるものでした。
 続きもあるようなので,また,連絡してみたいと思います。

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吉川猛夫著『私は真珠湾のスパイだった』

 先の大戦の折,ハワイのホノルル領事館に勤めながら,真珠湾の米軍艦の様子を逐一日本に送り続け,ついには,真珠湾への奇襲攻撃を可能ならしめた日本のスパイがいた。それが,著者の吉川猛夫である。当時は,喜多総領事以外,本当の彼の姿を知っている人はいない。偽名を使っていた。まずは,味方から欺いていたのだ。
 たった一人で,現地のFBIに怪しまれることなく数ヶ月間スパイ活動を行った,その方法などが,詳細に記されている。
 ビックリしたのは,吉川本人も,自分が何の為に真珠湾の様子の報告をしているのか,知らされていなかったということだ。吉川が「日本軍は,もしかしたら真珠湾へ攻撃に来るのかも…」と思ったのは,ずっと後のことだった。

 本書に書かれていることは,NHKの歴史秘話ヒストリアで初めて知った。あの番組も,おもしろかったが,やはり,本を読むと,もっといろんなことが知れて興味深い。

 真珠湾攻撃後,捕まってからのことや,日本に帰ってからも逃げ回っていたことなども,また,興味深い。

 元海軍少尉の吉川猛夫という一人の人間が国家に翻弄される姿は悲しいのだが,なぜか,彼の生き方に,感動も覚えるのだ。

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またまた砂浜が広がっている

Img_5043_640x480 雪の日の朝,ついこの間まで堤防のすぐそばまで来ていた海が,ずっと後退していた。久しぶりに広い砂浜を散歩。これくらいの砂浜がいつもあればなあ。
 最近は,波が直接堤防にぶつかっていることもあり,護岸工事も進められているようだ。

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上田城址公園

180110_01 お目当ての上田城址公園へ。
 お天気もよくて,青空と城とのコラボレーションがなかなかいいです。
 今回も,一眼レフも持ってきたのですが,ビデオ撮影をしたかったので,車に置いてきたまま。しかたなく,スマホでしか撮影しました。

180110_02 城址内には,真田神社があって,どうも,このあたりにはピカチューが出るという噂らしいです(娘談)。

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理智山薬師院長福寺

180109_01 「生島足島神社」のお隣に「長福寺」というお寺さんがあるという看板を発見。寄ってみることにしました。拝観は無料らしい。
 まずは,本堂より先に「信州夢殿」と呼ばれている建物へ。
 夢殿へと続く小さな門の前には「パワースポット」という幟まであって,なんというか…。ちょっと興ざめ。その夢殿に行ってみると,扉は閉まっていて中の仏像には会えず。この夢殿は奈良にある法隆寺の夢殿を模したものらしいです。ちょうど2分の1に創られているとか。
180109_02 次に本堂の方にまわり,お参り。
 こちらの方は,なかなかの構えで,中には入れなかったけど,遠くから薬師如来を拝見しました。
 このお寺も「目指して」行ったわけではないので,あとでHPを見てみました。
 この長福寺は,もともと,「生島足島神社」をはさむようにして建っていた2つの寺の一つだったのです。もうひとつのお寺さんは「神宮寺」という名前で,このお寺は廃仏毀釈の際に廃寺になってしまったのです。廃社になった「神宮寺」は生島神の別当,「長福寺」が足島神の別当なのだそうです。なるほど,ここにも明治の廃仏毀釈の影響があったわけだ。

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日本中央・生島足島神社

180108_03 「生島足島(いくしまたるしま)神社」という,一風変わった名前の神社に行って来ました。たまたま上田城へ行く途中に見つけたので,寄ってみたのでした。まだ,初詣もしていなかったし…。
 公式HPによると,この神社は
生きとし生けるもの万物に生命力を与える「生島大神」と、生きとし生けるもの万物に満足を与える「足島大神」の二神が祀られ、摂社(下社・下宮)には諏訪大神が祀られる信濃屈指の古社
らしいです。二つの神さまが祀られているので,その名前を平等に使ったんですね。また,諏訪大神もいらっしゃるとのことで,小さな御柱も建っていました。
180108_02 朝,10時頃を過ぎているというのに,池の水面は凍っていて,さすが長野県上田市だなと感心しました。
 この神社,標柱には「日本中央」という文字もあり,「この地が日本の中心だ!(どんな中心なのか知りませんが…)」と主張しているようです。

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六文銭かき揚げ天ざる

180107 上田城址公園前にある「千本桜」というお店。手打ちそばのお店だ。
 腹を空かせて店内に入ると,座席に着くまでに,お客さんが食べていたかき揚げそばに目が行く。大皿を覆うように乗っているかき揚げだ。しかも,六文銭入り。
 かき揚げそばは私の大好物。
 インスタ映えしそうなこの料理は,だんだんと飽きが来る。さすがに,この量のかき揚げは一人じゃ無理だなあ。家族にも分け与えて,なんとか完食。
 でも,おいしかったので,紹介しておく。上田城にお寄りの際には,是非,ご賞味下さい。値段は1570円。ちょっと高め。

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東郷茂徳著『時代の一面』

 単行本を読んだけど,ネットに画像がないので,文庫本の画像で紹介します。

 本書は,大東亜戦争開戦時と終戦時の2度外務大臣の任にあった東郷茂徳が,東京裁判に於いて禁固20年の刑を受け,巣鴨の獄中にあるときに書き綴った自分の半生を描いた自伝である。本人は「自伝」とは言っていないが…。
 本書を読むと,彼が,早くから欧米の社会や思想に造詣が深く,広い眼で祖国日本を見ていたことがよく分かる。奥様もドイツ人である。
 日独伊三国同盟に反対したり,対米戦争をなんかして避けようと努力したりする姿からは,「開戦決定時の外相であったために処罰を免れない」というにはあまりにかわいそうにも思えてくる。
 敗戦後,鈴木内閣が総辞職したあと,次の東久邇内閣の外相に再度誘われた際,
「太平洋戦争勃発前自分は極力平和的解決に努力次第であるが,其際の外務大臣であったから敗戦の此際に於いては戦争犯罪の問題発生すべき懸念もある」
と辞退していることから,本人はその責任を感じていたのも確かであるが…。
 終戦前,鈴木貫太郎首相から外務大臣就任を頼まれた時(1945年4月),茂徳は以下のように述べて,戦争を始めてしまった責任を取ろうとしている。
「自分として本戦争の発生を防止せん為め苦心を重ねた訳であるから,出来るだけ速やかに之が終結を計ることには喜んで尽力したい…」
と前向きな態度を示している。そして,実際,軍部とやり合いながら,日本を終戦へと導いていった一人なのだ。
 本書は「時代の一面」と題された書である。彼が生きた時代の一面は,「一面」というにはあまりにも広く重いものだったに違いない。

 「経済政策」という名の圧力が,日本を太平洋戦争開戦へと追い込んだことを思うと,今の時代,北を同様の圧力で追い込むことの怖さもまた,見えてくる。
 私たちは,歴史から学ぶべきである。
 戦争で亡くなった人たちへの弔いは,英霊として祀り上げることではなく,二度と,戦争で亡くなる人をつくらないことなのだから。

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金沢駅でも合格祈願

180103 娘を送りに金沢駅に行くと,改札口の近くに鳥居の絵が。「合格祈願」ができる,出張祈願所らしい。金沢駅に働いている人の発想で作られたのだろうか。たくさんの「お願い」が貼られていた。
 そういえばそろそろ受験シーズンなんだなと思う。自分の時のことも,自分の子どもの時のことも,もう,すっかり忘れてしまった。喉元過ぎれば…というのは,このことか。ま,こうして,時代は移り変わっていくのだろう。
 がんばれ,受験生。大量万全で! うちの隣にも高3の子がいるので,陰ながら応援しよう。

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