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浜田寿美男著『〈子どもという自然〉と出会う』

 ワロンの本を探している中で出会った研究者です。出会ったと言っても本の世界でのことです。
 本書は,著者が子ども情報研究センターの月刊『はらっぱ』に連載してきた文章を再編集したものです。期間は,2007年~2012年まで隔月です。
 「子どもの世界,おとなの世界」と題されたその連載の話題には,冤罪事件にからんだ話がたくさん出てきます。一瞬,これまでのワロンの話とつながらなくて「なんでだろう」と思ったのですが,読み進めていくうちに,合点がいくようになってきました。
 一般に冤罪を生む原因の一つに「自白」があります。冤罪のときには,明らかに,本人はやっていないわけで,自白できるはずはありません。なのに,なぜ人は「自白」してしまうのか? 「それは,取調官に自白を強要されたからだ…」で終われない〈被疑者が置かれている現状があるからだ〉と著者は言います。
 犯罪者にしたてられ,世間だけではなく身内とも隔離されて1人になった人は,これまで当然あった〈世界とのつながり〉が切断されてしまいます。人が,世界とのつながりが切れるという恐怖に耐えることはともてむずかしいのです。そんな状況に置かれている時に,うその自白であっても,それを話すことで,目の前にいる取調官が優しく接してくれるようになる。もう一度世界とのつながりが感じられるようになるのです。こういった人間の心理の中で,自白は作られていくのです。
 著者は「強いられた自発性」といった言葉も示してくれます。
 今の学校は,まさに,「強いられた自発性」を要求されているのではないか。学校で,自分の本当の気持ちを押し殺しながら〈積極的に生きているよう〉に見せる子どもたちの姿は,世界とつながりたいがためにわらを藻つかむ気持ちでうその自白を話し出す被疑者の姿とオーバーラップして見えてきます。
 発達心理学の研究者であるにもかかわらず,「発達」という言葉に違和感を示す著者。
 「今の流れが〈錯覚の流れ〉だということに気づいて,自分だけ走るのをやめたら,いつの間にか少数派になっていた」とも。
 少数派は少数派として,堂々と,そして,結論を急がず,子どもたちの現状を見ながら生きていきたい…そう思いました。
 まさに「優等生になることを拒否しつつ,自信を持って生きる」ことが大切ですね(本書にはこんな言葉はありません)。
 大人たちは,もっともっとしっかり学ばねばならない…と思いました。
 大人たちには,流れの中で立ち止まったり,流れから外れたりできなくても,せめて,〈錯覚の流れ〉の中にいることだけでも,気づいていて欲しい…。

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