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30年ぶりに,ギターの弦を張り替えるか

161229 先日,家の土蔵から,12弦ギターを出してきました。ケースから出すのは,なんと,30年ぶりなんです。学生以来,このギターには,まったく触れていません。フツーのギターには,ときどき触れていましたがね。
 さて,このギター。このままでも,一応,音はちゃんと出るけど,せっかくなので,新しい弦を購入しました(今年中に期限が切れる楽天ポイントがあるということで,それを使いました。だから0円で手に入った(^^;;)。
 明日にでも,弦を張り直すかな。
 それにしても,使わないなんて,もったいないことだ。
 自分の趣味って,歳によって変わっちゃうから仕方ないけど…。

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浜田寿美男著『障害と子どもたちのいきるかたち』

 またまた浜田寿美男氏の著作。毎日,よく読むなあ。久しぶりに読書中毒です。

 大学のゼミに参加するようになった自閉症のたかし君と,学生として大学にきていた手にけがのあるみつこさんの話を中心として論は進んでいきます。この両者の話は,以前読んだ,同著者の『「私」とは何か』(講談社,1999年発行)にも取りあげられていますが,本書の方が二人の子どもの成長の過程が詳しく取りあげられていて,分かりやすいです(本書の元になった本は,1997年発行ですから,読む順が逆ですね)。
 障害を文化と考えて付き合うことの可能性が,しっかり見えてきたような気がします。
 本書を読み進めるうちに,昨今の特別支援教育の流れは,間違っているのではないかと思ってきました。ほんのわずかな障害でさえも「その子にあった教育をするため」という大義名分の下で分けられてしまい,障害のある子だけが,ない子に近づくように仕向けられているような気がします。

「ほころびは,なにも訓練や治療によって彼の側から埋める必要はないのです。彼の生きるかたちのまま,私たちは自分たちの生きるかたちをそこに絡ませ,交歓の世界をつくりあげることができるのですから。」(本書123ぺ)

 本来なら,障害を持った子も持たない子も,同じ空間を共有しながら,どっちとも学んでいく。障害をもっている子たちとの交流を,異文化の交流として捉え直していくことで,障害者とともに歩む道が見つかるのだと思います。

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手袋で作った小人たち

161223 2学期末,職員室前ローカの棚に,写真のような軍手たちが並べられていました。
 これは,ある年配の先生から,手袋を使って作る「簡単手指人形」を教えてもらった6年生の女の子たちが,競って作ったものです。
 そういえば,私も小さい頃,こんなのを作って遊んでいたなあ~と,久しぶりに思い出しました。

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浜田寿美男著『「私」とは何か』

 またまた浜田寿美男さんの著書の紹介です。いやー,おもしろいです。はまっています。

 「私」ができあがっていくためには,実の多くの環境要因が絡み合っていることは,当然と言えば当然です。発達心理学者である著者は,乳児~幼児の観察や,自閉症の子どもたち,障害を持った子どもたちの実例を通して,「私」がどのように形成されていくのかを分かりやすく説いてくれます。
 他者と絡み合いながら,「私」ができてきます。しかし,その「できた」と思っている大人の「私」でさえ,他者なしでは,何もできません。自分の意志だけで,なんでもできると思っている人がいるとすれば,それは誤謬でしょう。
 著者は,自らが名づけた「発達論的還元」という手法を駆使し,私たちが言葉というものを身につける過程を興味深く示してくれます。
 最終章では,羞恥心について,その出所がどこにあるのかを教えてくれました。私たちは世間の中に生きているのですが,その世間には,「私」も含まれています。「私」も,得体の知れない世間をつくる部品の一つなわけです。だから,世間の目を気にしてわき起こる「私」の羞恥心は,実は,もう一人の自分がいるからこそ起きてくるものだということが分かります。その世間を力で変革することはむずかしい。しかし,自分もその世間の一部であるのなら,自分の行動を少し変えていくことで,世間も変化するのではないか…なるほど,そういう手があったか…と思いました。

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「恋路物語」像

161221_01 家から2キロほど離れた場所に「恋路海岸」という観光名所がある。
 昭和の観光ブームの時には,この「恋路」という名前に憧れて訪れる若者たちがたくさんいたようだが,最近は,往時の華やかさはない。それでも,ボチボチ観光客は来ているようだ。子どもの頃の私にとって,ここは磯釣りをする場所だった。
 さて,この恋路には,悲恋物語があって,それを象徴する像も建っている。この像は,私が子どもの時からあったので知っていたのだが,今回,初めて説明用の看板があることに気づいて立ち止まって読んでみた(「恋路物語」像の制作年は1964年とあった。私が5歳の時だ(^^;;)。

161221_02 すると,この像を造った人は,恋路出身の坂坦道(さかたんどう)という人であり,彼は,あの有名なクラーク博士の像(丘の上のクラーク)を造った人でもあるという。小学校3年生の時に札幌市に引っ越したそうだ。
 坂坦道は,1998年,77歳で亡くなったらしい。その遺作が能登町内浦庁舎に展示されているという。一度行ってみようかな。

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今年最後のサークルと忘年会

 

161220先週の土曜日(17日)は,今年最後のサークルと忘年会の日でした。
 私は,ちゃんとカメラを持っていたのに,話すことに夢中で,一枚も写真を撮っていません。2時から10時まで,時間はあっという間に過ぎちゃいました。
 Sさんからは,先月話題になったという(私は出てないから知らない)16年前の出来事について説明するために,そのことが書かれているサークル通信を持ってきてくれました。16年前の通信の誤字に気づいたりして,おもしろかったです。その通信を保管していたSさんもすごいです。この通信を読むと,8月に合宿研究会をしていたことも分かります。楽しいことやってたんだなあ。最近は,「8月はサークルお休み」ってことになっています。
 いろいろあった2016年も,サークルはひとまず終わりです。
 来年もまた,たのしい授業を広めるために,なにかできればいいな。

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おきあがりこぼし

161219 2年生の生活科で《おもりのはたらき》という授業をしています。やじろべえで遊んだ後は,おきあがりこぼしです。
 おきあがりこぼしと言う言葉を知っている子は一人もいませんでした。私が作った物をみせると「見たことがある」と言っている子もいまいした。
 ここでは,紙コップとガチャのケースと油粘土を利用して作ってもらいました。
 可愛い模様を描く子もいれば,机の上から落下させても,ちゃんと建つことを見つけて,何度もやっている子もいました。「こわれるよ~」と言いながらも,落下実験をやることも意味があるよなあと思って,やらせておきました。
 この後,おきあがりこぼしについて学習が続くのですが,それは,新年までお預けです。

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なんでこんなに潮が引いたのかなあ

161218 今朝,犬の散歩で海へ行くと,いつもは,堤防のところまで来ていた波が,ずっと引いて,これまでに見たことのないくらい砂浜が広がっていました(写真は,午後1時頃に,カメラで撮ったもの)。いつもは,この左にある堤防まで波が寄せているんですがね。
 これって,何があったのでしょうか? 
 もともと,能登の方は,潮の干満があまりなくて,ここまで極端なのは,あまり知りません。
 2キロほどはなれた観光地・恋路海岸でも,同じような現象が見られて,いつもは海の中にある鳥井や弁天島が,しっかり陸続きになっていました(通常の引き潮の時よりも,相当広い海底があらわれていました)。

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浜田寿美男著『子どもが巣立つということ-この時代の難しさのなかで』

 またまた本の紹介。
 この本は,とても読みやすくて分かりやすくて,暖かかったです。

 「発達」心理学者の著者が,現在の子どもの置かれている状況を深く見つめた内容の本です。
 今,子どもの生活の場である学校や家庭は,子どもが巣立っていく(社会に出て行く)ために,何か準備をできているのでしょうか。
 人が「巣立つ」とき,それは,完全な独り立ちを意味するわけではありません。一個人としての自立を意味するわけでもありません。著者の言葉を借りていえば,
「巣立つということは成熟するということではないこと。形容矛盾を覚悟していえば,人は未熟のまま,しかし巣立つ。そういうものかもしれません。」(本書240ページ)
「飛ぶ準備がととのって,安心して飛び出すというものではなくて,むしろ時が来て未熟なままに飛び出す。そして,飛び出すことによって,飛べるようになる。逆説的なようですが,それが実際です。」(245ページ)
 巣立つというのは,これまでの,親を中心とした人間関係の網の目からはなれて,自分を新しい人間関係の中に入り込ませることでもあります。そのとき,すでに親以外の人間とのつながりを持っているかいないかで,その巣立ちが成功するかどうかに大きな影響を及ぼす可能性もあります。
 さらに,未熟な人間が巣立つためには,当然,後押しがいるでしょう。巣立った後のサポートも必要でしょう。これらもまた,自分が社会と関わっていく中にあるし,それに支えられて生きていくのでしょう。(経済的に,あるいは精神的に)親元を離れたとき,新しく広がる社会の中にも,後押しやサポートがあると感じることができれば,彼,彼女らは,石橋をたたいて堂々と渡っていくことができるような気がします。
 自分一人で生きていくことはできない。「巣立ち」という自立の現場を切り取ってみただけでも,そこには,沢山の人とのネットワークとその影響があるわけです。
「自立は,孤立ではありません。とすれば,子どもたちの自立を考えるうえで問題となるのは,自分の力で生きるという時の,その力をどう高めるかという以上に,むしろ子どもたちを囲む関係の網の目をどう作っていくかにあるのではないでしょうか。」(40ページ)
 「子どもに学力つける」といって,学力調査の点数をあげることに血眼になっている学校現場に,以上のような発想はまったくありません。
 生きてはたらく力にさえなっていない「学力」の向上を目指すことをやめ,友だちと,あるいは先生と共に生きている楽しさに気づく学校。そんな学校ができればいいな。少なくとも,子どもが疎外感をもち,自信をなくしていくような学校現場にはしたくありません。

 本書には,犯罪を犯してしまった若者の実例(著者が相談に関わっている)が出てきますが,その事件の原因を,加害者になった若者の個人的な資質に求めることの危険性もよく分かります。
 これまで,自分たちの社会の〈内〉にいたはずの少女や青年を,犯罪を犯した途端に〈外〉に追いやり,そして,犯罪を起こした原因をその子の精神状態や障害のせいにする。それは,同時に,自分たちの社会を〈外〉から守るために,〈内〉に新たな障害者差別の意識を広げることにもなりかねません。彼女らが,犯罪を犯すまでは「自分たちの〈内〉にいた」ことを思えば,その「自分たちの〈内〉の構造」こそ,見直すべきだと気づくはずなのです。
 とても読みやすい本でした。そして,著者の主張もよく理解できました。

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初積雪で,家族の雪だるま

161216 昨日の朝起きると,家の屋根や庭木にうっすらと白いものが積もっています。本格的に積雪するのは,今冬になって,これが初めて。
 学校へ行くと,予想通り,学校の玄関の前に,小さな雪だるまが並んでいました。作ったのは,2年生らしい。何人かで作っていたものを,最後にKが並べていました。
 3人兄妹の末っ子の彼女は,「これはお父さん,これはお母さん,これがS(兄の名前),これがN(兄の名前),で,これが私…」と言いながら指さしていきます。
 「あれ,一つ残っているぞ~。これは,K(女の子の名前)の妹かな…」と私。
 お母さん,お父さん,Kさんは,妹を期待していますよ~。

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栗原つとむ著『ぼくはタクシーの運転手』

 本の話題続きで申し訳ありませんが,今日もまた,本の紹介。
161215 今回は,一般書店では市販されていない私家版の冊子。『ぼくはタクシーの運転手』です。
 著者は,文字通りタクシーの運転手。そんな栗原さんが,タクシーを運転しながら出会ったお客さんや出くわしたいろいろな出来事を詩に綴っています。
 客と運転手の,おそらくたった一度しかない,その出会いに,両者の温かい人間味を感じて,何度も目頭が熱くなりました。人間っていいなって,思いました。

 本書には,栗原さんがタクシー運転手になる前に書いた詩や,短文も収められています。どの詩文も,心温まる内容です。

 この私家版の本は,山路敏英さんが編集しています。実は,山路さんは,中学校の時に栗原さんに理科を教えていたという関係があります。栗原さんは,卒業してからも,ずっと山路先生に自分の書いた作品を送っていたようです。山路先生は,それをすべて整理して持っていて,いつかは本にまとめたいと思っていたようです。
 はじめに書いたように,本書は,一般書店では販売されていませんが,仮説社から直接手に入れることができます。

 山路先生については,先日,金スマという番組で,平野ノラさんが出たときに,その元担任としても出演されていました。彼女の気持ちを一番わかっていた大人として登場していました。ステキな先生ですね。

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浜田寿美男著『〈子どもという自然〉と出会う』

 ワロンの本を探している中で出会った研究者です。出会ったと言っても本の世界でのことです。
 本書は,著者が子ども情報研究センターの月刊『はらっぱ』に連載してきた文章を再編集したものです。期間は,2007年~2012年まで隔月です。
 「子どもの世界,おとなの世界」と題されたその連載の話題には,冤罪事件にからんだ話がたくさん出てきます。一瞬,これまでのワロンの話とつながらなくて「なんでだろう」と思ったのですが,読み進めていくうちに,合点がいくようになってきました。
 一般に冤罪を生む原因の一つに「自白」があります。冤罪のときには,明らかに,本人はやっていないわけで,自白できるはずはありません。なのに,なぜ人は「自白」してしまうのか? 「それは,取調官に自白を強要されたからだ…」で終われない〈被疑者が置かれている現状があるからだ〉と著者は言います。
 犯罪者にしたてられ,世間だけではなく身内とも隔離されて1人になった人は,これまで当然あった〈世界とのつながり〉が切断されてしまいます。人が,世界とのつながりが切れるという恐怖に耐えることはともてむずかしいのです。そんな状況に置かれている時に,うその自白であっても,それを話すことで,目の前にいる取調官が優しく接してくれるようになる。もう一度世界とのつながりが感じられるようになるのです。こういった人間の心理の中で,自白は作られていくのです。
 著者は「強いられた自発性」といった言葉も示してくれます。
 今の学校は,まさに,「強いられた自発性」を要求されているのではないか。学校で,自分の本当の気持ちを押し殺しながら〈積極的に生きているよう〉に見せる子どもたちの姿は,世界とつながりたいがためにわらを藻つかむ気持ちでうその自白を話し出す被疑者の姿とオーバーラップして見えてきます。
 発達心理学の研究者であるにもかかわらず,「発達」という言葉に違和感を示す著者。
 「今の流れが〈錯覚の流れ〉だということに気づいて,自分だけ走るのをやめたら,いつの間にか少数派になっていた」とも。
 少数派は少数派として,堂々と,そして,結論を急がず,子どもたちの現状を見ながら生きていきたい…そう思いました。
 まさに「優等生になることを拒否しつつ,自信を持って生きる」ことが大切ですね(本書にはこんな言葉はありません)。
 大人たちは,もっともっとしっかり学ばねばならない…と思いました。
 大人たちには,流れの中で立ち止まったり,流れから外れたりできなくても,せめて,〈錯覚の流れ〉の中にいることだけでも,気づいていて欲しい…。

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浜田寿美男著『ピアジェとワロン-個的発想と類的発想』

 ワロン関連の著書,3冊目。ようやくワロンの全体が分かりかけてきました。でも,まだまだ。

 第1部がピアジェが描いた世界(批判的再検討を含む),第2部がワロンが描いた世界(ピアジェと比較しながら),そして第3部は,発達心理学者としての2人の理論の違いがどこにあり,それはどうして生まれたのか,2人の理論の現代的な意義は何かなどについて,筆者の考えが描かれています。
 ピアジェについては知っていたつもりでしたが,よく考えてみれば,ピアジェの著書そのものをしっかり読んだこともないことに気づきました。ただ,なぜか,ピアジェの発達理論や科学的な認識に至るまでの段階論は,知っているつもりになっています。これは,これまでも算数科や理科の理論本,さらには児童心理学関連の本を読んできたからだと思います。
 一方,ワロンのことは,1か月前までは名前くらいしか聞いたことがなく,ピアジェと同時代を生きていたことさえも知りませんでした。
 個人の認識を単なる個人の中のこととして取り扱うのか,それとも,社会的なつながりの中で取り扱うのか,そんな違いが,ピアジェとワロンにあるのではないかというのが,2人の違いに対する,最も簡単な私の捉え方です。

■「純粋状態における子ども」とか「純粋な能力」などというものはない,あるのはつねに状況の中の子ども,時代の中の子どもであり,なんらかの対象に関わって用いられる能力なのである。これが,ワロンの発達論の大前提である。(本書140ペ)

 いくら,個人が,個人内部で科学的な認識を得たとしても,それを彼がどのように現実世界に結びつけながら,どの方向に向けて活かしていくのかは,まわりの環境に大いに左右されるはずです。そもそも,その認識を得るまでにも,どのような環境に育ってきたのかが大きく影響を受けるのも言うまでもないことでしょう。以前ジーン・レイヴ他著『状況の埋め込まれた学習』(佐伯胖訳,産業図書)を読んだことも思い出しました。

■「できないときどうするか」という,私たちにとってごくごく日常的な問いに対して,ピアジェ的枠組みを代表する今日の発達心理学においては,単に「できるようにする」というトートロジカルな答えでしか応じられない。しかし,これはまことに奇妙なことではないか。そこに現代社会特有のイデオロギーを看取してもあながち不当とは言えないように思える。つまり,冒頭に触れた〈個体能力論的イデオロギー〉がこういうところに如実にあらわれていると言ってよい。(184ページ)

 ワロンの「姿勢・情動論」は,上記の疑問に真摯に向き合ってくれそうです。

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二宮金次郎像

161211_01 中能登のある小学校の中に,写真のような二宮金次郎像が飾られていました。木目っぽく意匠されていました。まだ新しいそうなので,最近作成されたものかも知れません。
 私は,金次郎像を見ると,ついついどんな本を読んでいるのか気になる癖があって,今回も,人目をはばからずに写真を撮らせてもらいました。
 読んでいた本は,大学? 論語? 
 残念ながら,像の本には,文字はなく,~~な模様があるだけでした。こりゃ,手抜きでしょ。

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日本オリジナルじゃなかった! 折り紙

161210 折り紙という遊び(芸術?)は,日本の専売特許だと勝手に思っていたけど,違っていたんですね。ちゃんと他の国にもあったようです。(折り紙博物館の展示で知りました)。
 ま,考えてみれば,紙を折って遊ぶって,普通にやるようなことだし,やっているうちにいろいろ気づく人もいるでしょうね。
 右の写真は,フレーベルが幼稚園の教育に使用した折り紙の一覧で,フレーベルの死後10年ほどたって出版された本に出ていたそうです。1864年発行です。

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浜田寿美男訳編『ワロン/身体・自我・社会』

 ワロンに関する解説書です。たぶん,読みやすい方だと思います。

 ワロンに関する本を読むのは,これが2冊目。いよいよワロンにハマってきています。
 著者は,「はじめに」や「あとがき」でワロンの文章はとても難解だといいます。しかも,以前に日本語に翻訳されている著作はとても読めたものではないものだと,次のように述べています。
「ワロンの理論自体の難解さはともかくとしても,アカデミズムにしか通用しない,いやもっと言えば,本来通用するはずのないものでもアカデミズムでならば通用する,そういうけったいな風潮にのっかっているようなことろがあるとすれば,それは許されるものではありません。」
 こういうことをいうと,それは全て訳者自身に跳ね返ってくることであることも自覚しています。
 本書は,章ごとに「ワロン論文の訳文と訳者の解説」というペアでまとめられています。ワロンに限らず,こういう論文というのは,専門用語がちりばめられていて,スムーズに読めるものではありません。それは,ピアジェの論文だって同じことです。それで,訳者の解説がとても役に立ちます。
 ワロンの全体像は,まだまだ私には理解できませんが,ワロンが寄って立とうとした研究の視点と子どもの捉え方は,ピアジェとの対比の中で,だんだんと分かってきました。
「ピアジェとの対比において見るとき,全体性をそのさまざまな矛盾を含んだ姿のまま,多面性を多面性のままとらえようとするワロンの全体的志向が,鮮やかに浮かびあがってきます。彼の方法が弁証法的だと言われるゆえんは,おそらくここにあるのです。」(267p)
 

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郷社出水神社

161208 泊まった民宿の女将さんから,橋立保存地区の一番端に,出水神社という郷社があると聞きました。そこで,日の出前に,散歩がてら出かけてみることにしました。
 出水神社は,なかなか立派な神社でした。本殿は,まわりをガラズ張りで覆われています。高台にあるので,風雨も強いんでしょう。
161208_02 この神社,実は,森喜朗元総理の出陣式に使われる場所だそうです。森喜朗の生母がここの出だそうで,森喜朗は,この橋立で産声を上げたと聞きました。鳥居の横にある碑文の題字は,森喜朗書だと碑の裏に書かれていました。
 東京オリンピックでいろいろと目にすることの多い人ですが,こんなところにも,関係があったなんてね。

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重要伝統的建造物群保存地区(橋立)

161207_01 伝統的建造物に指定されている宅地は,その周囲を塀や石垣で囲まれています。そして,建物や塀の基礎石,石垣,参道や宅地の石段や石敷には笏谷石(しゃくだにいし)と呼ばれる淡い青緑色の石が使用されていて,集落に独特の暖かみを与えています。
 私が泊まった民宿にも,北前船の里資料館にも,この笏谷石が使われていました。

161207_02 実は,この笏谷石のことは,橋立の民宿に来る前に初めて知りました。ちょうど,尼御前のSAの売店をふらふらしていたら,この石を使ったきれいなコップやおちょこが展示されていました。私は,「へ~,こんな石もあるんだな。福井県から持ってきているのか」と説明書を読みながら思っていたのでした。それが,橋立地区の敷石に使われているなんて…。
 この石,見た目には,珠洲の外浦で取れる緑色凝灰岩にそっくりです。
 宿に行ってから,笏谷石というのは,どんな石なのか,スマホで調べてみました。
 Wikipediaでは,「凝灰岩の一種。福井県福井市の足羽山(あすわやま)で採掘される石材である。約1700万年前の火山活動によって噴出した火砕流に含まれていた、火山岩や灰などが堆積して凝縮した。」と書かれていました。
 やはり,凝灰岩だったんですね。

161207_03 また,この地区の建物の瓦は,赤瓦です。これも富の象徴だったのでしょう。
 さらに,板塀などには北前船の船板が再利用されているところもあり,虫食いなどもみることができるようです。

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北前船の里資料館

161206 橋立にある「北前船の里資料館」に行ってみました。ここに来るのは,おそらく3度目ですが,先の2回が,もう30年くらい前のために,ほとんど覚えていません。外から見る建物の雰囲気は,完全に頭に入っていましたが,中に入ってみると,全く新鮮だったのでビックリ。記憶って当てになりませんなあ。
 料金を310円払って,玄関から中に入ると,さっそく大広間に出ます。オエと呼ばれるこの大広間は30畳もあります。この広間に入ったとき「あっ,民宿北前船と同じ作りだ」と分かりました。1階の間取りも同じだし,2階への階段の場所も同じでした。橋立には,北前船主が多く,寛政8年の記録では,42名もの船主がいたそうです。この資料館は,そのうち酒谷長兵衛が建てた館だそうです。
161206_02 一階奥の仏間には,2つの仏壇が置かれていました。大きいのは冬仏壇,小さいのは夏仏壇というそうです。家主が海で仕事をしている夏の間は,小さな仏壇で,家主が家にいる冬場は大きな仏壇を使用していたといいます。

161206_01 この橋立地区は,平成17年12月に船主集落として国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選ばれました。資料館の2階には,橋立地区の模型もありました。屋根が黒くなっているのが,保存の対象になる建物です。私たちが泊まった民宿北前船は,赤丸の場所です。

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加佐の岬にある「松の傷」

161205 数年間,加賀市に住んだことのある私だが(しかも,橋立にも何度も行ったことがあるのだが),加佐の岬には行ったことがなかった。
 今回は,時間もたっぷりあるので,加佐の岬に行ってみることにした。下調べをしなかったことを,あとで後悔したのだが…。
 車を降りて,岬の突端の方に歩いて行くと,すぐに,写真のような看板が立っていた。そして,すぐ傍には,枯れた松が…。
 看板の文字を紹介しよう。

 この松の木は昭和20年戦争末期,戦闘機の燃料が不足し航空燃料として松脂を採取した傷です。加佐の岬から片野海岸にかけて全ての松から採取しました。現在は松枯れでほとんど残っていません。戦争の疵痕としての証とします。
*200本の松で航空機が1時間ほどしか飛ぶことができませんでした。

 なんとも悲しい現実があったのだ。
 ネットによると,名称兼六園の松にも,この傷のある松があるらしい。今度兼六園へ出向いたときには,是非,見つけてみたいものだ。

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民宿北前船

161204_01 加賀市はわたしの初任地。懐かしい場所です。
 福井県敦賀市にあった「もんじゅを廃炉へ!」の全国集会のあと,珠洲に帰るのは夜も遅くなって大変なので,貸し切りバスから途中で降りて,橋立の民宿に泊まることに予定していました(雪が降っているかも知れないことを前提に予定を組んだためです)。
 泊まった民宿は「民宿北前船」。ここは,もと北前船の船主さんが済んでいた家をそのまま開放した民宿です。築140年くらいたっているそうです。

161204_02 この日は,たまたまわたしたちだけの宿泊だったので,結局,夜は,この〈北前船の館〉をまるまる独り占めした感じになりました。夜は,女将さんたちも,数件はなれた自分の家に行くので,本当に貸し切り状態になるんです。鍵も預けて貰います。
 姉妹だという女性2人で,料理を作ってくれました。料理は家庭的なものでした。ま,蟹がメインなので,それなりの値段はしましたが…。

161204_03 レトロな雰囲気で,お風呂も昭和でした。トイレはちゃんと洋式だったので,足が悪くなり始めた老夫婦にはよかったです。
 こんなに大きな一軒家に貸し切りで泊まれて,贅沢な一日でした。
 翌日,北前船資料館へ行ったのですが,家の作りが「民宿北前船」とそっくりだったので,「みんな,同じような建て方をしているんだなあ」と改めて思いました。
 

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もんじゅを廃炉へ!全国集会

161203 「もんじゅを廃炉へ!全国集会」に参加するため,敦賀まで行ってきました。
 この集会に参加するのは,たぶん2度目(3度目かも知れない)。
 石川県平和運動センターの一員として,50名ほどの参加者とともに行ってきました。
 バスの中では,もんじゅについての学習会やフクシマから自主避難して石川に来ている男性の話や志賀原発再稼働阻止にがんばっている方の話もあったりして,充実した時間を過ごしました。
161203_01 敦賀半島に入ると,途中,きれいな海岸から美浜原発の姿も見えてきます(上の写真)。私がはじめてホンモノの原発を見たのは,この美浜原発でした。学生時代に,この集落へ,原発のことを知るために,来たことがあるのでした。懐かしい場所でもあります。
 さて,もんじゅについては,政府が「廃炉も含めて今年中に結論を出す」と言っています。事実上,廃炉に向けて動き出したということです。そこで,「もしかすると,この全国集会も最後になるかも知れない」と思って,神さんを誘って参加したというわけです。
 炉の中には,高温のナトリウムが循環していて,毎日,5000万円近くの電気代を使っているようです。このナトリウムの取り出し方も保管の仕方も決まっていません。
 これまでにない晴天の下で,白木海岸での全国集会は進みます。以前来たときには,ベンチコートを着ていたはずですが,今回は,本当にポカポカ天気でした。みなさん,口々に,「もんじゅの廃炉を祝っている」とおっしゃていました。
161203_02 このあと,もんじゅのゲート前まで,デモ行進をして,原子力機構へ申し入れ。デモ行進は,4列にちゃんと並んではみ出さないように,隊列の右側に,5mおきくらいに警察官がピッタリついての行進でした。「ちょっとじゃまな警察官だなあ」と思っていたのですが,帰りは,だれもつかなくて,参加者も道全体に広がって海に戻っていっていました。それでも何も言われないので,なんとなくお役所仕事を見た感じがしました。
161203_03 その後,場所を市街地の「プラザ万象」に移して,全国集会が開かれました。写真は,あいさつをする中嶌哲演さんです。哲演和尚には,珠洲にも,講演に来ていただいたことがあります。現地集会にも参加されていて,元気なお様子。うれしかったなあ。元総理大臣の菅直人さんの講演もありました。当時のフクシマで描いていた最悪のシナリオを聞いて,背筋がゾットしました。
 このあと,敦賀市内をデモ行進。原発のデモでは,めずらしく,数名の右翼が来ていて,「日本から,でーていけー」と言われました。

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クリップやじろべえ

161202 2年生と《おもりのはたらき》の授業を始めました。
 この授業は,やじろべえとおきあがりこぼしを作りながら,おもりのはたらきについて,学んでいくという内容です。
 まずは,やじろべえ。
 アルミはり金とクリップを使っただけの超簡単やじろべえです。形も自由に変えられるし,おもりや支点も自由に変えられるので,「どんなときにおちないのか」「なぜ,落ちないのか」などについて,子どもたちでも実験しながら考えることができます。すぐれものです。

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加藤義信著『アンリ・ワロン その生涯と発達思想』

 アンリ・ワロンのことが知りたくて,先ず手にした1冊目の本です。
 最近,ワロンの思想が見直されていると聞いて,興味を持って読み始めました。
 ピアジェと同時代を生き,同じ心理学畑で研究をしながら,〈日本の教育現場への影響〉という観点でいうと,これまでは圧倒的にピアジェに軍配が上がっています。わたしの職場のみなさんも,老若男女問わず,ピアジェなら知らない人はいないでしょう。
 さて,そのワロン。当時,フランス共産党にも関係があった関係で,アメリカあたりでは学問の成果云々の以前に,門前払いを食っていた感じもあったようです。まあ,東西冷戦という時代ですから,やむを得ないですね。共産党を文字通りの色眼鏡で見ていた時代ですから(今でも,共産党と言うだけで毛嫌いする人たちが日本にもいますが…まるで思考停止です)。
 本書を読んで,ワロンの生い立ちや,ワロンが研究しようとしていた「全体としての子どもの姿を捉えたい」という姿勢くらいはなんとか分かりましたが,いざ,ワロンの発達論の話になると,分かりづらかったです。
 第3章「アンリ・ワロンの発達論はなぜ難解か?」という章まで設けるほどのワロンの論理ですから,一読したくらいで分からないのは,仕方ないのかな。
 著者は,初期の頃の訳書はわかりにくい…と言っています。是非,分かりやすい訳本を出してほしいです。
 今,続けて,他のワロン関係の本もかじっていますが,そこでも,ワロンの論理の難解さと,訳本の稚拙さが指摘されていて,ワロンの論理を日本語で理解するのはなかなか難解なようです。
 だれか,分かりやすく教えてくれないかなあ。

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