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ウンモンスズメというスズメガ

160630 先日,5年生の子どもたちが,車から降りてきた私に駆け寄ってきて「見たことのないガがいる」と言ってきた。
 彼らに促されるまま学校の池の近くへ行くと,池の周りの安全ロープを張ってある化粧セメントの柱に止まっているのは,確かに見たことのない「ガ」だった。ただ,この格好から見るとスズメガの仲間であろうことは,予想がつく。
 さっそく,昆虫クイズ用に写真を撮影。その写真を元にネットで検索してみた。
 分かったことは,ウンモンスズメという名前らしいということ。ウンモンというのは「雲のような模様(紋)」からきているようだ。これでこのスズメガの名前と姿はしっかり結びついた。

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金のお星様のついたサナギ

160627 ビオラのプランターで成長していたツマグロヒョウモンの幼虫が,サナギになりました。
 このサナギ,真っ黒で金色の星のような模様がついています。なかなか神秘的な姿です。
 さっそく子どもたちにも紹介したところ,このサナギの近くに,あと2匹のサナギを見つけ出していました。さすが子どもたちです。
 サナギのひとつには,網をかぶせて,羽化した成虫の姿も見られるようにしました。
 さて,いつ頃生まれるかなあ。楽しみです。

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ユリの花びらは,何枚?

160621 ここんところ,学校にも家にも他人様の玄関にも,大きなユリの花が飾られています。ユリって本当に見事に自己主張をする花ですね。おしべめしべも,「どうだ!!すごいだろう!!!」と言わんばかりの突き出し方です。まさに「しべ」ですね。
 さて,そのユリについて,最近はじめて知ったことがありました。それは,ユリの花びらのことです。わたしは,ユリの花びらっててっきり6枚だと思っていました。だって,どう数えても6枚あるからです。
160621_02 でも,私のFB友だちの議論を聞いていると「ユリの花びらは,どうも3枚らしい」ということが伝わってきました。
 そこで,ユリの花をじっくり観察してみました。
 開いたすぐ後のユリの花びらには,内側の3枚にしか花粉がついていません。また,まだ閉じているつぼみを見ると,先っちょが緑色になっている覆いが3枚あります。これは,咲いた後で,内側の三枚を囲むようにして開く部分です。でも,どれも花びらにしか見えない…。
 この時代,「ユリ 花びら」などと,ネットで検索すればすぐに分かることかも知れませんが,他にも内側の3枚と外側の3枚の違いがないか,まずは,もう暫く観察してみます。もしかして,花びらが落ちる順番とかが違うかも…。

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何の卵だろう?

160620 今朝,うちの熱帯魚の水槽を見ていたら,石の下や,ガラスの壁に,白い卵が数カ所産み付けられているのを発見した。これって,何の卵だろうか?
 水槽にいるのは,魚の種類を上げると,テトラの仲間とプラティーの仲間,そしてオトシンクルスくらい。あとは,お掃除用にヤマトヌマエビと巻き貝が数種入っている。テトラたちは水槽ではうまく増やせないというし,ヤマトヌマエビも水槽では増えないらしい。プラティーは卵胎生なので,卵はないだろう…とすると,巻き貝かな。巻き貝は,現在,全滅状態。もしこれらが巻き貝なら,掃除屋を買わなくていいんだが…。

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学校の花壇にいた幼虫

160617 学校の花壇のビオラに,なんとも毒々しい幼虫がいました。接写するのも迷うくらいだったのですが,勇気を持って撮影してみました。
 家に帰って調べてみると,どうも「ツマグロヒョウモン」というチョウの幼虫のようです。ビオラなどに来るって書いてありますし…。トゲはあるけど,毒なんかは出さないようです。そうだったんだ。第一印象で判断してごめんね。

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釈迦院時雄著『竹筆の旅・今日即有』

 

160616先日,ひょんなことから,釈迦院時雄氏のお宅にオジャマすることがあり,仕事場で30分ばかりお話をお聞きしてきました。釈迦院さんは,「竹筆」づくりで有名な方です。ご自身でも,書や絵を描いてこられました。大正生まれで,すでに90歳を超えておられますが,元気にお話をして下さいました。まだまだお聞きしたいことはたくさんあったし,作品についてのお話も聞きたかったのですが…。
 帰り際,一冊の本を頂きました。写真のものです。
 本書は,釈迦院さんに惚れた方がまとめた…と言った方がいいでしょう。内容は,短歌・俳句・詩・小作文などです。「大馬鹿」という短い詩が気に入りました。
 

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分会訪問

160615_02 昨日の放課後は,分会訪問でした。
 新採の先生は,私の話を,肯きながら聞いてくれました。組合のやっていることを簡単に紹介しました。
 そして,紙芝居。
 この紙芝居は,支部役員手作りです(4年前に作ったものです)。労働組合の運動を,給食当番になぞらえて物語が作られています。
 私が教職員組合に入った30数年前は,90%あった組織率も,いまじゃ75%くらいです(珠洲市に限ると98%はありました。逆に,組合に入っていない人は,相当の人だったということ。それはそれなりに信念がありそう(^^;;)。
 組織率が高いときには,「自分くらい入らなくても…」でもいけますが,いざ,組織率が低くなり始めると,そうはいきません。当局と対等な話が全くできない組合になってしまうと,もう,あとは,大変です。実際,そういう県もあります。組織率の低い県では,管理職からいろいろなハラスメントを受けても,泣き寝入り…という職場もあるようです。
 今のように,労働組合制度ができたのは,それが必要である歴史があったから。その意味でも,しっかりバトンタッチしていかなくちゃと思った30分でした。
 時間を作ってくれた分会のみなさん,ありがとうございました。あと,7カ所回ります。

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ようやく菖蒲が咲きました

160615 小さな池をビオトープっぽくしようと計画して2年。昨年購入した菖蒲が,ようやく花をつけました。大きな花でビックリしています。
 今朝は,水面に花をつけた睡蓮,そして菖蒲,陸の上には青色のガクアジサイと,優しい花々が,メダカと金魚とドジョウの泳ぐ池を飾り付けてくれました。

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メダカ誕生

160614 メダカの誕生です。これで,「魚のたんじょう」の授業がほぼ終わります。毎年のことですが,ちゃんとメダカがたまごを生んでくれて,その卵もかえってくれてうれしいです。
 このメダカは,学校の池にいるクロメダカです。おそらく,だれかが,近くの池から獲ってきて入れたものだと思います。おかげで,すぐに,網にすくって水槽にセットすることができます。この学校へ来てからは,毎年,放課後,希望者にメダカ獲りをしてもらっています。便利,便利。
 この後観察する予定のプランクトン類も,池にいっぱいいるので,大丈夫でしょう。

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2種類のカタツムリ

160613 最近の私の朝の散歩の目は,葉っぱの上にいるカタツムリに集中しています(一重咲きのバラも探していますが,一応,目標達成したので…)。やっと,雨が降る朝も増えてきて,カタツムリが這い出しているからです。しかも,見つけたら,私の学校の1年生と,うちの神さんの学校の1年生のために採っているというわけです。
 先日,小さいものですが,ヒダリマキマイマイを見つけることができました。
 そもそも,わたしは,教師になってしばらくしても,普段見るカタツムリに,巻き方の違うものがあるとは気づきませんでした。子どもの時にも沢山見てきたはずなのですが,全く気づきませんでした。もしかしたら,私の見てきたのは1種類だったのかも知れませんが…
 大人になって,そんなに一生懸命さがさなくても,ちゃんと2種類いるので,ちょっとビックリしています。
 明日も,朝は湿度が高そうです。
 愛犬と一緒に,アジサイの咲いているところへ散歩をしよう。

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加賀一の宮・白山比咩神社

160612_01 もしかしたら,はじめて行ったかも知れない。行ったことあると思っていたけど,景色に見覚えがないので…。
 白山の信仰の総本山であり,加賀の国の一之宮でもある神社である。
 神社のサイトには,祭神について,次のように書かれています。

 日本には、『古事記』や『日本書紀』といった奈良時代初期に完成した古い歴史書に見られる神々を祭神とする神社が数多く存在します。全国約三千社にのぼる白山神社の総本宮である白山比咩神社の祭神「白山比咩大神(=菊理媛尊)」も『日本書紀』に登場する女神のひとりです。

 祭神は「くくりひめのみこと」と読むそうです。この「くくり」という文字が「括り」につながって,現在では,和合の神,縁結びの神としても崇敬を集めているようです。

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原水禁平和行進

160610 今年もまた,原水爆禁止を心に誓う季節が近づいてきました。
 今日は,珠洲地区の原水禁平和行進が行われました。改装中の労働会館の前で集会を開いた後,久しぶりに飯田町を行進。…といっても,今回,私は裏方だったので,幟などを参加者に手渡した後は,会場の後かたづけをしていました。
 フクシマが何をもたらしたのか…ほとんど,反省もないまま,大方の世論を無視して,原発の再稼働が進められています。
 フクシマの現実は,隠されています。それは,チェルノブイリ原発事故の時に当時のソ連政府がとった態度と似ています。政体は違えども,都合の悪いことには封をするのは,どこの為政者も同じです。

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大村智著『至誠天に通ず』

 本書は「電子オリジナル版」となっていて,これが,紙の本とどれくらい違うのかわかんないけど…。
 大村先生の歩んできた人生が,いろいろと語られています。小さい頃の母親が醸し出していた「家の環境」から始まって,実にさまざまな場面で,大村先生は,しっかりと影響を受けて生きてきたことが分かります。
 一人の人間の人生って,自分で主体的につくってきたつもりでいるけど,実は,まわりの環境や人との出会いがあって,その時々で選択して生きてきて,今があるんだろうなと思います。選択しているという意味では,主体的に生きてきたといえるけど,誰と出会うのか,どこに住むのか…なんてことは,殆ど偶然だし,右か左かをどう選ぶのかも,そんなに考えているわけではないこともたくさんあります。流れに任せるってやつです。
 科学者で有りながら美術や芸術にも造詣が深いあたりが,とても魅力的です。

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サボテンの花

160607 朝の散歩の途中で,近くの家の玄関先で見つけた白い花。サボテンの花が見事に咲いています。近づいてみると,大きなめしべが一本と,沢山のおしべが見えます。これって,実ができて,その中にはタネもできるんでしょうかね。サボテンの実って,あんまり考えたことがなかった気がします。このサボテンは,エキノプシス属の金盛丸という品種のようです。
 この花は夜に開花するそうです。そんで2日間咲いている…その後は,家の裏にでも運ばれると思われるので,どんな実ができるのかは,朝の散歩じゃ分かんなくなりますね。お家の人に会えるといいけど…どうなるのかはわかんないですね。

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ジェームズ・クラベル著『23分間の奇跡』

 新しく来た先生の言葉に違和感をもちながらも,いつの間にか,「それが正しい」と思わされていく…その間,たったの23分。
 こんなことが可能なのかどうか,本当の所はわからない。
 ただ,過去の日本では,大戦後,「鬼畜米英」から「親米」「あこがれのヨーロッパ」に移行するのに,そんなに時間はかからなかった。
 はじめて学校へ行った娘が帰宅して「わたしは,国旗に忠誠を誓うのよ」といいながら小さな手を左の胸にあてて…。そんな姿を見た作者が,書こうと思って書き始めたという短編である。

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ドリアン助川著『プチ革命 言葉の森を育てよう』

 ドリアン助川にハマっています。この人の視点がおもしろいです。人間関係もおもしろいです。

 ハンセン病元患者を正面から扱った『あん』の著者であり「叫ぶ詩人の会」というユニークなグループで歌を歌っていたドリアン助川氏の若者向け応援歌です。
 これからの時代が,若者にとって簡単に仕事が見つかるような時代ではないことは,明らかとなっています。
 そんな中で自分を見失いそうになる若者たちに,ドリアン助川氏は,「言葉の森を育てていこう」と呼びかけます。
 新たに,ある分野の「言葉=まずは名詞」を知ることは,その世界に飛び込むことであり,自分の世界が少しだけ広がることにつながります。それが,今までの自分の殻を破って一歩踏み出す原動力ともなるのだといいます。
 自分自身のことをふり返っても確かに思い当たることがあります。
 たとえば,一時期夢中になった「韓国歴史ドラマ」。主に韓国李王朝の時代です。そのドラマには新しい言葉が沢山出てきます。韓国語そのものもそうだし,韓国の歴史の話もそうです。そこで,私は日韓・韓日辞典も買うし,韓国歴史解説の本も買います。それくらいのめり込むと,いつかは韓国に行ってみたい,その地を訪れてみたい…と思うようになります。そして,「チャングムの誓い」のロケセットのある場所や,イ・サンの作ったスウォンへ行って,韓国の歴史に触れてきたのでした。ツアーじゃないので,なかなかスリリングな旅でした。
 7名のインタビュー記事も載っていて,こちらの言葉を巡る話もおもしろいです。ドリアン助川氏の人間関係がいかに幅広いかが分かってきます。でも,考えてみると,私の回りにも意外とそんな人がいるような気がします。その人達から,何を吸収するのか,どう影響し合うのかが大切なのかも知れません。
 興味を持ったら,とりあえず,その分野の言葉を徹底的に覚える…これって,単純なことで,わかりやすいですね。

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フランク・バヴロフ著『茶色の朝』

 10年前に買って読んだ本。
 久しぶりに再度読んでみた。
 なぜって,今の教育現場が,あまりにも窮屈な感じがしたから。
 以前の先生達は,実にいろいろな服を着て学校に来ていた。授業参観や研究授業ともなると,低学年担当のおなご先生達は,可愛い服を着てきて,軟らかい雰囲気で授業をしていた。
 が,しかし,最近は,逆。お客様が来るというので,女性先生達も男性先生達もスーツ姿である。しかも,黒。だれかに,黒にしろ…と言われたわけでもないのに…である。
 いろんな研修会では,スーツを着ることがいつのまにか,当たり前になってきていた。とくに,年間20回以上もある初任者研修を受けてきた若者たちは,いつもスーツで出かけている。いつのまにか,そういう世界が学校の「普通」になりかけている。
 最初は,別にたいしたことがない…,私が合わせればいいんだから…と思っていたことが,あとでふり返るととんでもないことになっている。
 この学校での服装と,戦争とが関係がないと,本当に言えるのだろうか。スーツがふえるとともに,職員会議での発言が減っているのが,気になる。上意下達が,当たり前になってきた教育現場に,違和感を感じている。
 今,国全体が,茶色の朝を迎えようとしているのではないか。気づいたときには,もう,おそい。

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支部の定期大会

Tyaironoasa 今日は,教職員組合の定期大会があり,副委員長として参加した。
 以前,執行委員をしたのは2009年度。その時も副委員長という立場だった。その時は,どんなあいさつをしたのか,そもそもあいさつをしたのかしなかったのかさえ,忘れてしまっている(^^;;。
 今回のあいさつは,ある数冊の本の内容から話を組み立てていた(現場で,気になることがあって,再度読みなおした本があった。その一冊が右の本)のだが,あいさつの前になって,すべてやめた。

 定期大会で出された意見が,「先達の人たちから学び,若い人たちがイキイキできる職場を作ろう」「もっともっと子どもたちの目が輝く=先生たちの目が輝く学校を作ろう」という感じでまとまってきたので,そっちの方を話すことにした。
 労働組合運動が,下火であることは確かである。それと反比例するように,日本は格差社会となり,その格差が世代を超えても固定される感もある。
 スタートが平等だからいいじゃないか。あとは,本人の努力次第。プアなのは,本人の努力が足りない。その親から生まれたら仕方がない。そして,次の世代は,スタートさえも平等じゃなくなっている…。こういう悪循環を切るためにも,労働組合は必要だ。労働組合は,「自分さえよければいい」というのとは対極にある。いろいろ力の差はあるし,仕事内容も軽重あるけど,それなりに分配しようよ…という態度である。富の再分配=累進課税をしっかり進め,社会保障制度を充実させることこそ,豊かな国づくりにつながる。

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りぼん・ぷろじぇくと著『新・戦争のつくりかた』

 10年前に読んだ『戦争のつくりかた』が新装を新たに出版されていたので,読んでみました。

 本書の帯に,”よくよく考えれば,「平和」の反対語は「戦争」じゃなくて「ペテン」だとわかります。ぼくらがペテンにひっかかるところから,もう戦争は始まっています”’というアーサー・ビナード(詩人)の言葉が紹介されています。これが,一番,心に残った言葉です。
 実は,本書が,10年前に『戦争のつくりかた』として出版された本の続編かというと,そうではありません。本文の内容は,全て同じです。ただ,この10年で,先の『戦争のつくりかた』が予言したことが,着実に進んでいることを「付録」で紹介しています。この間,実にたくさんの法律ができ,そのどれもが,着実に,本当に一歩一歩,日本を戦争ができる国へと導いているのです。この間の法律や施策の一つ一つを見ると,たいしたことないやと思うかも知れませんが,すべてはつながっているのです。
 わたしたちは,「戦争するっていったときに反対すればいいや」と思っているのですが,その時は,すでに反対できない。いや,もしかすると,戦争賛成の方に意識が洗脳されているかも知れない…「平和」の反対語を「戦争」だと思っている間に,ペテン師達は,着実に「普通の国(戦争のできる国)」にしていくのです。
 かつてのナチスも,国民から絶大な支持を得ながら,大きくなり,そして暴走していきました。民主的に選ばれたから,平和につながる…そんなことは言えないのです。
 国民一人一人がダマされない,ペテンにかからない,そんな目を持っていないと,いつの間にか,新たな戦前になっている…いや,すでに,その一歩手前かもしれません。

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杉本一樹著『正倉院』

 行きつけの歯医者さんから頂いた本。日本史の前提がないので,ちょっと読むのに苦労した。今度,正倉院や正倉院展へ行く機会があったら,もう一度読みなおそうかな。

 確かに考えてみれば,正倉院という倉庫とその中の宝物が,いろいろな時代を乗りこえて,現代まで伝わってきていることが不思議である。国のトップが代わってもちゃんと続いていることがおもしろい。
 本書には,その時代時代で,正倉院やその中の宝物がどのように扱われてきたのかが,通史的に書かれている。目録のようなものも,結構昔からあったことに驚いた。
 本書を読むまで,正倉院にはシルクロードを渡ってきた宝物しかないのかと思っていたが,全く違っていた。
 以前は,この中のものを貸し出してイベントにつかったこともあったし,何度か盗難にもあったりしたらしい。

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