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レイヴ・エティエンヌ共著『状況に埋め込まれた学習-正統的周辺参加』

 久しぶりに頭を使って本を読んだ。知りたいって思うことは,いいことだ。

著者 : ジーン・レイヴ/エティエンヌ・ウェンガー
訳者:佐伯 胖  解説:福島真人
産業図書
発売日 : 1993-11
 教える人がいて教わる人がいて,教える人が言ったことをちゃんと教わることで学習が成り立っている…なんて思っている教育界に一石を投じる本であることは確かです。
 実は,最初は,出てきている言葉の概念がつかめず,とてもわかりにくくて,なんどもなんども同じ場所をくり返して読んだりしていましたが,最後の方まで来ると,なんとなく,こんな私でも著者の言いたいことは伝わってきました。
 訳者である佐伯胖氏のあとがきを読んでから,本書を読むとよかったのではないか…と,今は思っています。佐伯先生の文章は,とても分かりやすいですし,なぜ,今(1993年),これを訳したのかがよく分かりますので…。
「勉強<する>のではなく,何かを<する>ために勉強をともなうのだ」という発想が学校にあると,もっと子どもたちへの指導も変わるような気がします。子どもたちに勉強して欲しかったら,「子どもたちが○○したい」と思うような状況の中に子どもたちを置いてあげる必要があります。自分もその社会に参加したいとおもうような集団です。それがなくて,点数だけでの指導では,イヤになるだけだし,子どものアイデンティティーの形成にも役立ちません。
「すべての学習がいわば,<何者かになっていく>という,自分づくりなのであり,全人格的な意味での自分づくりができないのならば,それはもともと学習ではなかった,ということである。」(佐伯胖氏のあとがきより)

 60ページ近くにもなる「解説」は,これまた専門的すぎて,一介の教師には理解できませんでした。

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