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『軍人式辞と挨拶集』より

Gunjin 小さな古本が一冊,本棚から出てきた。
 昭和13年発行の『出征将士と銃後 軍人式辞と挨拶集』(春江堂)である。
 今日は,この本に掲載されている挨拶文例のうち,一番最初のやつを転載してみよう。
「1 出征将士激励歓送の辞」と題されている。

○暴虐なる抗日支那軍を膺懲(ようちょう)する聖戦酣(たけなわ)の際,○○君が大命を奉じて出征せられる事は寔(まこと)にお芽出度い極みであります。○陛下の股肱(ここう)国家の干城(かんじょう)として勇躍征途(せいと)に上る!正に武人の本懐と言はなければなりません。○「海行かば水漬く屍,山行かば草蒸す屍…」この決意を以て勇往邁進せられん事を○ひたすら盡忠報國の誠を致されん事を○献身殉國の大節を守つて華々しく御奮戦あらん事を望みます○日頃の宿願に叶ひさぞかし御本望の事と存じます○君獨りの名誉でなく,實に我が郷土の誇りと申さねばなりません○一家一門の御名誉です○自重自愛健康に留意せられ,この重大使命を貫徹せられん事を切に祈ります○及ばず乍(なが)ら吾々は銃後に在つて誓つて後顧の憂ひなき様努力致します○意を案じて壮途(そうと)にお就き下さい○最後に諸君の武運長久を神かけてお祈り致します。

 本来なら全て旧漢字や仮名遣いにしたいところだが,めんどうなので,すぐに変換できる部分だけ変換しておいた。読み仮名は,あまり使われない漢字にだけつけておいた。実際の本文は,すべての漢字に読み仮名が振られている。読み間違いしないように…という配慮なんだろう。
 赤紙が来て,仰々しく,こういう挨拶を受けて,前線に赴いた人たちが何百万人もいたんだろうなあ。
 私の手元にある本は,昭和15年で8刷だから,ずいぶん売れたんだと思う。
 このような本の需要が,2度とない来ないことを祈る。

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コメント

一方で福沢諭吉の「脱亜論」のように、安易にひとつにまとめようとすることは
日本にとって「百害あって一利なし」という意見もあったのですから、いまとなって見れば、
さすがお札に描かれるほどの先見の明のある方だと思いますね。

さて、列強がアジア諸国を植民地支配していた時代、どの国がこの状態を解放できる立場にあったとお考えでしょうか。唯一自前で独立していた国は日本であり、併合した朝鮮も朝鮮からの打診があって行ったものです(一方的に日本が植民地支配したという現地の方の誤認はありますが)。

連合国が行ってきた植民地支配の実情は見るに堪えません。
日本が併合といって行ったものは、そこに学校をつくり、優秀な人材をどんどん育てる、というものでした。


さて、日本ではある一定の空気ができるとあたかもそれが正義となります。
それが「事実」や「歴史」に基づかなくてもです。
近年、私のようにやや右寄りの意見がでるようになったのは、この空気を疑問に感じる人が実際のニュースなどを通じて思うようになった結果ではないでしょうか。

私も学生時代は「ひたすら中国・韓国に謝り続けなければならない」という考えがありました。
しかし、「謝り続けてお金を支払い続けて、相手を調子付けている」という一連の事実をみると、
わざわざ謝り続けることもないのかな。と思うのは普通の反応だと思いますね。

>> あまり過大評価することなく
過大評価うんぬんではなく、そうやって日本を評価してくださる国々があることに感謝し、きちんと自国を治め、同時にそうした国々と友好・共に発展していくことが大事で、いま・これからをいきるものの役割です。

投稿: salir | 2015年1月17日 (土) 12:37

salirさんのような見方をする方々が,最近,増えていますね。というか,声を出して言えるような状況になってきたということでしょうか。

「八紘一宇」という四字熟語を作った田中智学が,アジアを一つにしようと思っていたのは本当なのかも知れませんが,残念ながら,彼の理想と軍隊が実際に行った現実は違ったようです。

植民地化されていた地域にしてみれば,日本が来てくれたから,いいこともあった…ということもあるでしょう。でも,支配者が○○から日本に変わっただけ…という見方もまた,あったことも事実です。

時代背景を勘案するだけで,何百万人も死ぬことを肯定するのはいかがなものでしょう。少なくとも,私はできません。別の道を選ぶ方法も,いろんなところにあったのです。これは歴史を見ればよくわかります。軍部でも政府でも,戦争を始めない可能性はあった…。

話は変わりますが,「原発ができると道路ができる,トンネルができる…」と,福井県にどんどん原発が建てたれましたが,少し時間がかかるけど,原発ができなくたって,ちゃんと田舎まで道路はできています。

日本が来たお陰で植民地支配から脱却したということを,あまり過大評価することなく,しかし,本当に心底「八紘一宇」の実現をと思っていた人もいるのだろうし…いい人もいたし,日本人が悪かったわけではない…そのあたりの平衡感覚を持っていたいものです。

わたしのオヤジも戦争に行っています。まだちゃんと生きているので軍人恩給ももらっています。いつも日本政府に感謝しています。
私のオヤジのような人がたくさんいたんですね。悪い人のハズがない。

投稿: 珠洲たの管理人 | 2015年1月17日 (土) 06:54

時代背景を勘案すれば、ただただ祖先の方々は大変立派だったと思うしかできません。

多くのアジアの国々を植民地支配から解放し、また、日本という国も残していただいた。


旗色によって対立せざるを得なかった歴史でもありますが、それが戦争ですし、日本が戦ったことで独立を成し得た国もあります。

世界第1位の軍事力を持つ米兵がいる国で「憲法9条で戦後平和に暮らせた」などデタラメもいいところだと私は思います。

投稿: salir | 2015年1月16日 (金) 22:42

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