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方広寺の鐘楼と鐘

Houkouji01 京都にも奈良の大仏に匹敵する…いや,それを上回る大きな大仏があったことをご存じですか? 私は,歴史に疎いので,数年前に放映された「歴史ヒストリア」を見るまでは知りませんでした。
 それは,豊臣秀吉が建てさせたものです。この大仏は,関西地方をおそった慶長伏見地震という大きな地震でこわれたと言われています。Wikipediaには,次のように書かれていました。

 この時に造立された大仏は、東大寺の大仏より大きい6丈3尺(約19m)の大きさであったという。また釘などは刀狩で没収した武器の再利用されたものも使われた。なお、造営期間短縮のため、大仏は当初計画されていた銅造ではなく木造「漆膠(「シツクヰ」)で造られた(『太閤記』)。この大仏は完成の翌年の文禄5年(1596年)閏7月13日に発生した慶長伏見地震により倒壊した。このとき秀吉は「自らの身をも守れないのか」と大仏に対し激怒したと伝えられる。なおこのとき大仏殿は倒壊を免れている。(以上,Wikipediaより)

Houkouji02 その後の火災で,大仏殿も燃えてしまって,今じゃ,残っていません。また,後ほど再建された大仏も,次の大地震で大破してしまったようです。
 で,その後,鋳造した「鐘」の文字が,家康の逆鱗に触れました。あの有名な「鐘銘事件」です。鐘に記銘された文の中に「国」「君臣豊楽」の句を見つけて,いちゃもんをつけたというやつですね。
 その鐘も,ここにぶら下がっていました。私は博物館などの中にあるのかと思っていました。説明してくれたおばちゃんによると,今でも,ちゃんと衝いているそうです。
Houkouji03 鐘楼の中には,大仏殿の柱の鉄の枠や大仏の一部と言われている銅製のかけらがありました。  
 また,天井には,これまた伏見城から移設したという飛天の絵があって,とてもきれいでした。
 近くにある本堂には,人がいなかったので入れませんでした。

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