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今年もいろいろありました

131231_2 今年ももうすぐ終わりです。
 夕食に,年越しそばと地元・宗玄の純米吟醸酒を飲んで,なかなかいい気分です。この酒は,特別の日にしか注文しないので,飲めるだけで幸せです。お酒がおいしい,健康一番ですねえ。
 今年は,職場の若者に誘われて「金沢城リレーマラソン」に出場したり,地元の祭の責任者をしたり,久しぶりに中学年の担任をしたりと,いろいろと刺激的なことがありました。自分の居場所があるっていいですね。
 世間の動きでは,どうも右傾化が気になります。でも,「これは右傾化ではなく,自由に意見が言えるようになっただけ」って言う人もいます。「今までの日本にはタブーがあったんだ。そろそろ普通の国になったんだ」ってね。ドイツでは,ナチスって言葉を肯定的に使うことはまず有り得ないのですが,それも「言論の自由」という面で見ると,民主的ではないのでしょうかねえ。
 まあ,とにかく,右傾化(「普通の国」というそうです)しているこの状況に対して,国民のみなさんはあまり危機感を持っていないんですよね。だから,たぶん,わたしの感覚が変なんでしょうね。でも,その「変だなあ」という感覚は大切に持っていたいです。最近の社会の動きは,右翼的な考え方をしている人たちからも,「今の状況は,オレらの仕事がなくなる」という危機感があるという人もいます。「そこまでいっちゃあ,ストップをかけるのがいないだろう」っていうんですよね。なんか変なの。
 来年は,どんなことがあるのでしょうか。田舎の一選挙民が,どれだけ国家を論じても案じても,一個人が国家の方向なんて変えられません。
 でも,だからこそ,目の前の人生を,たのしく,有意義に生きていきたいです。いろんな圧迫や過ごしにくさはあるだろうけれども,それも,「馬耳東風」で生きたいです。うま年だもんね。来年は「馬の耳になろう!」を合い言葉にしようかなあ。
 それでは,みなさん,良いお年を。

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コメント

おっしゃるように、日本は世界にもまれに見る歴史をもつ国です。

ただただ国民の安念を願う天皇陛下と皇室を中心に、2000年もの歴史をもつ私たちの国は、
島国ということもあり、外敵に強制的に何かを決めつけられる、といったことをほとんど経験していませんし、
海外に倣って自然にそうなったものも多く存在します。

ですから、文化・伝統などによって国民の受け取り方が違うことはあるでしょう。

しかし、国家は互いに対等であって、優劣はありません。
もちろん、現状はパワーバランスによって成り立つ部分も小さくはないですが、
かといって、主権は国民に与えられるものであって、それは海外の人、
あるいは「人民(国家を否定的に捉える人)」がとやかくいうのはお門違いというものです。


もちろん、国際社会ですから、それなりの付き合いは必要ではあります。
しかし、戦後の日本は「外国の信義に信頼する」といって、拉致被害者をつくったわけです。

昨年の年末に首相が靖国に参拝しました。
予想通りの反応が、2か国よりありましたが、
そもそも、戦犯と言われた方々は名誉を回復しているわけで、A級戦犯など存在しませんし、
アメリカからの失望の声は、「参拝そのもの」に対するものではありません。

首相近辺からは、今年、日中首脳の会談が近く行われる予定と言われるなど、
「右傾化が心配」といわれる反面、結局は、「中国の国内統制のために反日・抗日・侮日」が使われている、
ということもあわせて考える必要があるかと思います。

投稿: salir | 2014年1月 2日 (木) 10:59

salir様
あけましておめでとうざいます。
この拙いブログを書かなければ、こうしてsalirさんともかかわることもなかった間柄だと思います。年甲斐もなく、ネットを使っているからこそできた、関係なんでしょうね。
さて、日本は、もともとアメリカや西洋諸国とは違い、ほおっておいても〈まとまる国民性〉があります。少数民族がいるといっても、やはり、ほかの先進国とはちがう「一体性」「統一感」をもともと持っているのです。
だから、
 日本が、国旗を揚げて統一感を示すのと
 米国が、星条旗を掲げて統一感を示すのとは、
その重さが違うんです。
この違いは、「国民国家」を形作る上でとても大きい違いだと思っています。
いわゆる左も含めて、日本人は、正月もするし、お祭りもするんです。
うちは、真宗王国の真っ只中にありながら、神棚もあるし、「てんてるだいじん」をまつったりもしているんです。
その地域の歴史があるので、それをもとに考える必要がありますね。
「国民国家を論じている」うちに、足元がなかったってことには、なりたくありませんので。

投稿: 珠洲たの管理人 | 2014年1月 1日 (水) 21:06

あけましておめでとうございます。
本年も、とおりすがりの独り言を参考程度に目を通していただけたら、と思います。


さて。そもそも右・左は、保守・革新を意味します。

私は、右側の考え方ですが、これは「保守」です。
つまり、日本の伝統や文化・国柄を重んじ、安直に改革・変革を求めることにSTOPをかける考えです。

戦後の日本は、この右・左がまったく違うものとなり、
保守=軍国主義、革新=平和主義、みたいな理解をされるようになりました。しかし、それは大きな誤りです。
別に昔の日本人は好き好んで、戦争の道へ進んだわけではありませんし、当時の日本の正義は、もちろん日本の自衛もありますが、白人国家による有色人国家への植民地支配に対するNoを突きつける戦争でもありました。

後に、日本の占領指揮を行っていたマッカーサー自身が、あの戦争は日本にとって自衛戦争であったと話していますね。


右傾化など論外で、本来重要なのは、右と左のバランスです。
それが、「中道」であり、世界の国々が当たり前に議論することが、日本では「右翼扱い」されるのは、私は違うような気がします。もし日本が「右傾化している」という段階であるならば、世界は、これ以上もない極右です。

そんな国々に、日本が多少、右寄りの行動や発言をしたくらいで、とやかく言われる筋合い等ない、と主権国家であるならば、私はそう主張すべきだし、それが世界のスタンダード=中道であると思います。

投稿: salir | 2014年1月 1日 (水) 03:24

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