« 児玉聡著『マンガで学ぶ生命倫理』 | トップページ | 誕生日のプレゼント »

道徳教育と英語教育の行方

 ここ数日,道徳の教科化と,外国語活動改め英語の教科化の話題が,マスコミを賑わせています。
 道徳教育の教科化については,あと3年くらいを目処にしているようです。本当に,そちらの方に進んでいくのか分かりませんが,なんともなあ…。教科となると検定教科書が出来るようだけど,そうすると,今までの授業のような「石川県版の資料を使って」とかやりにくくなるんじゃないかと思います。せっかく石川県版を県教委が作ったのにね。
 道徳の教科化は,「日本人の道徳観が低くなってきた」とか「日本には宗教教育がないから,他国よりも国民がある程度共通して納得できる道徳観がないのだ」ということから出てきた…と,先日の道徳教育の講師が言っていましたが,これってホントかねえ。
 産経には下のような記事も載っていました。中東と言えばイスラム教の国ですが,だからといって,常に道徳的とは限らない。ま,そもそも国によって,時代によって道徳ってのも,変わりますからね。

 http://www.iza.ne.jp/kiji/world/news/131022/wor13102212160019-n1.html

 

 一方,英語の方は,まだまだ先のようです。時間数の関係で,他の教科への影響もあるだろうし(単に授業時数を増やすという発想もあるらしいが),そもそも,小学校のうちに英語嫌いを作るだけではないか…と言う話もあります。
 私は,外国語活動が入ってから,毎年のように外国語活動をしてきて,子どもたちには,それなりに楽しんでもらえる授業をしてきているつもりですが,決してそれが普通ではないようです。中学校の先生に聞くと,「すでに,英語が嫌いになって入学してくる子がいる」って言っていましたからね。
 昔の小学校6年生は,「中学校に行ったら英語や部活に頑張りたいです」っていって卒業していったのですが,今じゃ,「嫌いの先入観」だけを引きずっている子も少なからずいるようで,かわいそうです。
 だいたい,教員採用のときに「英語」なんて全くなかったのに,いきなり入れるんですから,対応できないのも無理はないんです。この先どうなるんでしょうかね。
 何でも「改革」ポーズをとればいいわけじゃないのになあ。現場が変わらないと,何も進まないんですよね。まずは,小学校に英語教師を入れるべきですね。もちろん,採用試験にも英語が必要になるし…。でも,本当に,それでいいのかなあ。
 これもそれも,国際競争力アップのためでしょうね。

|

« 児玉聡著『マンガで学ぶ生命倫理』 | トップページ | 誕生日のプレゼント »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 そもそも「日本民族としての価値観」ってなんでしょうかね。先の新聞記事じゃないけど,「犬の散歩に袋を持っていく」ことかな。それとも「天皇を敬うこと」かな。
 修身などがなくなってひさしいのに,天皇に対するあの行為に対して「不敬だ」なんて世論も出てくるのは,それこそ日本人の道徳のなせる技かも知れませんね。そういう意味では,日本はまだまだ日本らしさを保っていると言えるかも知れません。
 大阪のある学校の中国国籍率が半数を超えているという話を,先日の道徳研究会の講師から聞きました。大手電気会社の工場が出来たために,その労働力として流れ込んできたそうです。
 そんな場所で,日本人としてのアイデンティティーをどう作るのか…学校は,世間が思っている以上に,多様化の渦の中にあります。

投稿: 管理人 | 2013年11月10日 (日) 09:36

日本は「多神教文化」ですからね。
以前にも申したかと思いますが、年末年始に3つの宗教行事・やや宗教的行事をこなす国民は日本人くらいでしょう。
いわゆる修身・教育勅語などが廃止された現在では、普遍的価値であるとか、自然権的なものは通用しますが、国民・日本民族としての価値観・倫理・常識は、すっぽりと抜け落ちていますね。
園遊会の出来事で、多くの日本国民が「何か違う」「おかしい」「不敬」などと感じたのは、日本人であるから、ですから、こうしたものをきちんと精査・議論し構築する必要はあるでしょうね。

英語に関して言えば、やはり国語が軸になるので、容易に外国語を導入・推進できないですね。日本では、必ず高校受験があり、中学での英語教育は概ねそのための試験対策期間ですから、この構造自体を見直さないとなかなか難しいのではないか、と思います。
帰国子女でネイティブな子が、中学で落ちこぼれるケースは少なくないわけで、小学生にネイティブな発音の出来る先生が入ったところでも、結果は同じことのように思います。

国際競争力もそうですが、基本的には世論・有権者が求めるよう政府・与党が動くわけで、学校で多様化等認める授業や指導をしていけば、必然的にそうした学生が大人となり、そうした価値観を基に世論は形成されていくわけで。。。

投稿: salir | 2013年11月 9日 (土) 23:46

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/105430/58544873

この記事へのトラックバック一覧です: 道徳教育と英語教育の行方:

« 児玉聡著『マンガで学ぶ生命倫理』 | トップページ | 誕生日のプレゼント »