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素直に喜べないオリンピック招致

 素直になれないのは,なんででしょうか。
 「オリンピックは平和の祭典だなんて,眉唾ものだ!」という思いがあるからでしょうか。いやいや,オリンピックは確かに「平和の祭典」でした。オリンピックの歴史を見ると,このときばかりは,戦いをやめたこともあるようですから。
 じゃあ,なんで,わたしはオリンピック招致に,消極的なんだろうなあ。
 大量のお金が動くことが悪いとは言えませんよね。ただ,治安維持のために,それこそ「皆さんの自由を制限します」みたいな雰囲気が出てくることは確かです。以前,田舎に天皇が来ると決まったとき,道路がよくなるだけでなく,いつもは出ているボロを隠したり,お祭りまでなくなったりしたことを考えると,どうも,相当,自由が制限されそうです。
 でも,まあ,これも,こんな世の中だから仕方ないんでしょうね。東京でやらなければ,どこかが,そんな思いをするだけですから。どこでやっても,「平和の祭典」を憎むやつから,この祭典を守る必要はあるのでしょう。悲しい世の中だなあ。

 もう,決まったからには,原発問題が収束すること,大地震が起きないことを祈るだけです。残念ながら,どちらも,科学的な判断ではなく,祈ることしかできないのが,もどかしいです。
「原発問題は収束する」「大地震は起きない」と言ってしまうことはできません。それじゃあ,新しい「神話」が誕生するだけですから。

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コメント

おっしゃるとおり,わたしたちの田舎では,日常生活にそんなに影響はないでしょうね。
でも,東京に住んでいる人たちは,いろいろとあるでしょう。

まあ,アベ首相が言ったようなことがちゃんとできる日本であってほしいです。

投稿: 管理人 | 2013年9月11日 (水) 06:08

「釘一本打てるわけでもない」「米一粒作ることも出来ない」そういう身からすると、多少の制約はやむを得ないと思いますが。

ごく普通の日常的な生活を送る分にはほとんど影響はないかと思います。「自由」というのは、ある程度の制約があるからこそ成立するもので、規制緩和を推し薦めてTPPに加入することが本当に豊かな生活・日常につながるか?という話に返ってくるわけです。


目印がなく放浪していた「日本」が、目にした光をどう扱うか?は、「日本人」が決めることです。個人の感じ方・それこそ自由ですが、「7年後、日本でオリンピックができてよかった」と思えることでより豊かに人生を過ごせることもあるかもしれません。

老朽化したインフラの改修・修繕はもちろん、福島第一原発の汚染問題なども、以後、世界の目が入るわけで、これが、「日本の評価」にもつながるわけで、“じっとしている場合じゃない”ともいえますね。

投稿: salir | 2013年9月10日 (火) 22:58

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