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はだしのゲン原画展

 平和記念資料館の地下では特別展が開かれていました。「はだしのゲン原画展」です。昨年の末,中沢さんが亡くなったとき,はだしのゲンに関するいろいろな資料が,資料館に寄贈されたと聞いていました。こうして原画や制作途中の原稿を見ることができて,よかったです。
130822 『はだしのゲン』といえば,最近,この漫画の本が学校の図書室にあるかどうかなんて調査が来たことがあります。どうも,県内のどっかの議会で,問題になったとか…。また,国内でも,どこかの図書館から『はだしのゲン』が消えたことにたいして,問題になって,もう一度もどされた…というニュースもありました。
 長崎市長の平和宣言にもあったように,すべての核兵器に対して,どうどうと意見を言えない被爆国日本って,なんなんでしょう。それが「政治」というものなのでしょうか。
 核抑止力ということば,原子力の平和利用ということば,いずれも,推進する人たちが考え出した「造語」です。あたらしい言葉はあたらしい概念を生み出します。しかし,その概念が本当にこの世にあるものなのかは,わかりませんからね。教育界にも「期待される人間像」「生きる力」なんて,わけのわかんない言葉が作られて教育政策が進められたりしています。まあ,脱原発という言葉だって,その運動を推進する人たちが考えたんでしょうけれどもね。脱原発という人は「私たちは反原発とは違う」ってことをいいたいのでしょう。でも,それもまた,なにかオブラートに包んだだけの概念のような気がします。 

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コメント

まず、「はだしのゲン」の閲覧が禁止された事実はありません。
子どもたちだけで閲覧することを避けるよう通達がなされただけですね。

おっしゃるように、作品には各々の主観やそのときどきの一方の見方のみを載せる場合がありますから、「リテラシー」的なことも読者に当然求められますが、であるならば、多様な作品を提供する必要があります。自虐的なものはよく見かけられますが、護憲派から「戦争美化だ」「軍国主義の称揚だ」などといわれるような本はほとんどそろっていない、という実態もありますね。

現状は思想統制になっていないか?ということを総合的に判断する必要があると思いますね。

投稿: salir | 2013年8月27日 (火) 23:59

 完全中立,誰が見ても史実に即している作品なんて,この世の中にはないでしょう。だいたい,史実自体が主観的であったりします。
 たとえば,鈴木貫太郎の自伝を基にした映画を作っても,それは,鈴木貫太郎が記録したものでしかありませんからね。
 こういうノンフィクションものは,「当時はそんなとらえ方をしていた人がいた」という程度のものだと思います。
 だから,必要以上にありがたがる必要もないし,必要以上に攻撃する必要もないのだと思います。

 ある主張があって作品を作る以上,プロパガンダが含まれているのは,世の常。
 だから,「作品」とは,そういうものだということを,子どもたちに伝えていく必要はあります。
 が,今回のように平和教育の教材だけを取り出して行う必要はないでしょう。
 今回の石川県内の図書室騒動は,おそらく,そのマンガを最後まで読まないで判断しているんだと思います。まったく幼稚な対応と,解決でした。そういう思想統制っぽいことが問題なんです。

投稿: 管理人 | 2013年8月27日 (火) 20:45

憲法前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」という文言があります。
「どうどうと意見を言えない被爆国日本」というのは当然のことだと思います。平和を愛する諸国民を信頼してるんですからね。
それこそ「平和的ではない国には憲法は適用されない」だなんていうのは“屁理屈”だと思いますね。

また、平和教育関連の図書や映画・アニメ全般にある種のプロパガンダが含まれている印象があります。
はだしのゲンでいえば、中国・朝鮮軍が行った蛮行が日本軍が行ったかのような描写や内容、日本として行っていない強制連行が誇張されたり…こうした部分に対する何らかのフォローは必要だと思います。

投稿: salir | 2013年8月26日 (月) 11:02

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