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ブログについて思うこと

 私の研究仲間の先輩が人気のブログを閉じました。
 同じように,ブログで発信してきた私としては,ちょっと複雑な気分です。

 で,ちょっとブログというものについて,私の思いをつづってみます。
 さて,私のブログの読者って,一体誰なのでしょうか。そんなのわかりっこありませんよね。同級生や研究会仲間が読んでいてくれることは確かですが,それ以上はよく分かりません。
 そもそも,不特定多数の他人に向かって発言できる機会があるということは,25年ほど前までは想像さえもしませんでした。このブログを見ようと思えば,世界中の誰でも見れるんですから…すごいことです。
 ブログ上では,私の意見を結構出しています(少しセーブもしています)。が,本人が特定できるような情報はなるべく出していません。それは,私が教師であることによります。ある程度の匿名性を保持していないと,私のまわりの人たちに迷惑がかかる恐れもありますから。
 かといって,私のブログであることを知っている保護者もいれば,教育関係者もいます。中には,「あいつは,教育界にいながらこんな発言して~」と,あまりよく思っていない方もいるかも知れません(実際,メダカ教育関係者には,そんな方もいるようです)。少なくとも,「学級通信」や「職員室での話」よりも,本音の部分を書いているのが,このブログなのです。
 私は学校内でも自分のブログのことは話したことはありませんが,中には,子どもにも保護者にも,すでに知っていて時々覗いている人がいるようです。
 そんな方々には,私の〈素〉の部分を知ってもらうチャンスでもあると思っています。
 教員は,政治的に中立であるべきですが,一個人としては,選挙民であることも確かです。政治的な,あるいは宗教的な発言も,ブログ上では自由なのではないしょうか。もし自由ならば,本名を名乗ってもいいのですが,なかなか微妙ですね。

 ただし,このブログの一番の目的は「好奇心を持って世の中を見ていきたい」というものですし,私は,なるべく,「能登」の発信,「授業研究」の発信をしていきたいと思っています。たぶん,これだけならば,あまり問題はないのでしょうね。

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コメント

肥さんへ
時々,肥さんのブログも読んでいます。

ブログをやめちゃった彼というのは,保護者や同僚にも知られていて,「本音や弱音を書きにくくなった」というのがその理由の一つみたいです。

授業の中身だけならだれに読まれてもいいけど,反体制? 非体制のような発言もよくするような内容だと,誤解を招くこともあるかも知れません。

知らないうちに広まったら,俺のせいじゃないもんねって感じです(^^;)

投稿: 珠洲たの管理人 | 2013年2月 9日 (土) 14:02

私もブログを開設しているので,
同じようなことを考えることがあります。
少し違うのは,私はけっこうブログを書いているのを
いろんな人に公開していることかな。
(生徒たちや先生たちにも言っているので)

楽しいこと,役に立つことを発信するって,
人間的な喜びなのだと思います。
それを多くの人に知ってほしいと思って書いています。

投稿: 肥さん | 2013年2月 8日 (金) 23:44

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