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大晦日に想う

 「日本国民」らしく,午後7時15分から,ちゃんと「NHK紅白歌合戦」を見ています。でも,1時間過ぎて,もう飽きてきたので,こうしてブログを書いています…。ビールも2本飲んだしね。
 今年は,「冠婚葬祭」,さまざまなことがあった1年でした。
 末娘の成人式,長女の結婚,義父の葬式,そして地元のお祭り。本当に文字通り「冠婚葬祭」の1年でした。とっても慌ただしくもあり,でも楽しい1年だったよなあ。だいたい「冠婚葬祭」があるというのは「生きている」証拠ですからね。
 和歌山県で見た「金環日食」は,天文現象を予想できるようになった科学の力を感じました。
 その一方で,夏休みに見た「南三陸町の津波被害の爪痕」は,人間の無力さを肌で感じました。
 この両極端の狭間で私たちは生きています。
 来年は,どんな年になるでしょうか。
 「憲法改正(改悪)」が,ついに実現してしまうのでしょうか。
 ノーム・チョムスキーは,辺見庸のインタビューに答えて,次のように言っています。

 もしも憲法を変えるというのなら,たしかに由々しいことではあります。しかし,五〇年にわたってアジア地域での戦争に貢献してきたことに比べたら,ささいな問題です。(下記の著書)

 日本国憲法の改正なんて,もう既に些細な問題なんです。だって,自衛隊を軍隊だと認めていないのは,当の日本人だけなんでしょうから…ああ,無情!

 同時代的なことを話題にしている著書は,書かれた後の世の中の動きがそのまま「著者の予想があっていたかどうか」の検証となります。「歴史の見方考え方」を養うときには,そんな本の読み方も必要でしょう。福島原発事故後の「後出しジャンケン」のような本の出版を見るにつけ,「社会を見る眼」の大切さを感じました。

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コメント

面白いことですが、実は保守にも「親米保守」という人たちが居ます。これはいわゆる「戦後保守」といわれる概念で、占領下政策を基に保守を訴えている方々です。

この方々が、実は日本には非常に多く、この概念では、右・左一致「しない」のです。

私的には、アメリカにもある程度もの言える立場になるためには、適宜距離感を置く必要があると思いますが、敵は身内にいることをまずは自覚することが必要です。


例えば、今回安倍総理が「日韓関係の修復に努める」と報道された途端、熱心に支持されていた人たちが「同意しかねぬ」「やはり安倍ちゃんは…」と言われる始末です。「戦略的互恵関係」というものが、日韓・日中で結ばれていますが、これは「仲良くすることが目的」ではなく、「仲良くする手段を使って両国の国益にかなう経済活動を行うことが目的」なのです。そもそも国益にかなわなければ、関係修復などに意欲を見せること自体無駄でしかありませんね。

そういうことをしっかりと見越さず、ものごとの根幹にある大事なところを見落として議論することは、とても危険なことに思います。

投稿: salir | 2013年1月 3日 (木) 10:25

確かに,今の状態は異常ですよね。
解釈でどうにかなっているんだから,このまま行こうじゃないか…というのが,世論のような気がします。
本当に「平和維持のための軍隊」が必要だと想うのならば,そういう風に憲法を改正すべきかも知れません。ただ,国民は,大きな抵抗を示すでしょうが。アメリカが絡んでくると,なんだかんだとややこしくなります。国連のきまりを守らないのもアメリカだし,国連の代表のような顔をして軍隊を派遣するのもアメリカです。
 とりあえず,まずはアメリカから独立しましょう。問題はそれからです。これだと右も左もイッチするのではないでしょうか。

投稿: 管理人 | 2013年1月 1日 (火) 20:31

明けましておめでとうございます。
本年も気長に「穿った見方」にお付き合いいただけたら、と思います。


さて、「憲法改正」。
私は、バリバリの改憲論者ですが、そうはいっても「簡単な話ではない」と思っています。
まずは、憲法第96条(改正条項)で、国民の過半数が「よかれ」と思うものであっても、国会議員の2/3以上の賛成が必要である、という非常に高いハードル設定。
そして、なにより「主権国家」の「国民」としての意識が乏しい日本国民にとっては、かなりハードな難題です。
だからこそ、非常に怖いのです。

「拝啓マッカーサー元帥様」ということが、戦後直後起きました。
これこそが、日本人の恐ろしさです。多神教文化の成せる民族の特徴です。

単純に、いまの憲法下で自衛隊が存在している状態ですら、私は異様な姿に見えます。それを「軍ではない」と理解している国民の姿も私はものすごく怖くうつります。

日本国民にとってはとても不向きな作業だと思います。ただ、この作業をしないでおくと、私は、子どもたちを無意味な戦場に向かわせることになると逆に思っています。「解釈」で、派遣まで出来るようにさせたんですからね。
こんな状態を続けていたら、憲法9条1項に該当しない組織であるから侵略から守るため…なんて解釈・空気が生まれたら、そのように動くに決まっている。

だったら、はじめから、危険なものであるという意識を共有し、監視する体制を確立し、不用意に出動しない軍を規定すべき、と私は思います。

投稿: salir | 2013年1月 1日 (火) 14:29

>1時間過ぎて,もう飽きてきたので,こうしてブログを書いています…。
わたしもまったく同じです。家族が見ているのでパソコンをいじりながらときどき見ています。どうでもいいと思いながら「平和」を乱さないようにひっそりと存在しているのでした。

投稿: jwa | 2012年12月31日 (月) 20:59

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