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少年ジャンプ編集部編『ジャンプいじめリポート』

 本書は,1995年に『週刊少年ジャンプ』編集部から出された本です。子ども向け週刊漫画誌から,こういう単行本が出るってとても珍しかったと思います。
 本書が出るきっけかは,あの大河内君のいじめ事件でした。あの事件をはじめとして,全国の小中学生の中に,陰湿ないじめが常態化していることが顕在化し,国家的な問題にまでなりました。
 今また,あのときと同じような状況が生まれているような気がします。
 学力偏重の時代に逆戻りした昨今の教育現場を見るとき,子どもたちの生活が閉塞状態になってきているのではないかととても危惧するのです。中学校現場でのいじめが増えている…という報道もなされていました。このまま,とにかく競争させて点数をあげる!というような馬鹿なことばかりやっていると,15年前の再来になりかねません。目を覚ませ! 文科省!

 もっとも報道を読む限りでは,いじめの認知件数が増えた原因を統計の取り方など,他に求めているのが一般的のようですが…http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121122/k10013697271000.html
 でもこの程度の認識では,現場の子どもたちの息遣いは聞こえてきませんね。

 出版当時,すぐに手に入れた本でしたが,これまで小学校の教室に置いておいたらぼろぼろになるまで子どもたちが読んでくれました。そこで,今年,同じ本を,古本屋からもう一度購入しました。2度も買うなんて本は,滅多にないことです。それくらいオススメの本です。他に同様の本がない…。
 最近,まだいじめ問題が騒がれています。「昔からあった」ではすまないくらいに,子どもたちの逃げ場がなくなっているのではないかと思います。
 本書には,マンガともに,『週刊少年ジャンプ』に寄せられた「いじめに関する手記」が多数収められています。子どもたちとぜひ読んでみて欲しいです。いじめられた人だけではなく,いじめた側の手記も載っています。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

salirさま
 いつも貴重なご意見,ありがとうございます。私の教育界から見る狭い視野を広げてくださるので,感謝しています。
 今回のご意見については,全く同感です。
 「学力調査」というものは,これまでもやっているんです。それは,国家がカリキュラムを決めている以上,その効果を見るのは当たり前ですから。国立政策研究所とかが,抽出で調査しています。だから「テスト」ではなくあくまでの「調査」なんです。
 今回も,表向きはその延長線上にあるとはいうものの,やはり,マスコミなどに煽られた者たちが,学校現場に競争を持ち込もうとしているのです。まあ,教育長にしてみれば「うちの管内の成績が気になる」のは当たり前ですよね。だからこそ,こういう調査は,まずいんです。
 この状況に対して抗してくれている都道府県教委はどれくらいるのか…たぶん,「無」でしょう。職場の管理職レベルでは,わかっている人はたくさんいますが,それは,外に対しては全く役に立ちません。言われたことをやらざるを得ません。
 赤裸々な話をすると,現場では,4月の「全国学力調査」のための「予備テスト」があり,その「予備テスト」のための「町レベルのテスト」があり,そのための予備調査もあって,それをすべて現場の教師が授業をつぶしてやっているんです。これで,普通の授業に影響が出ないはずが無いんです。
 「現場から声を出せ」といっても,阿部のように「日本の教育はずべて日教組が悪くした」と言っているようでは,その声は届きません。民主党政権でも何も変わりませんでした。ま,そんなもんです。民主党にもはじめから期待していません。
 大津の事件は,学校現場の象徴的な事件だと思っています。
 この「研究校」というのは絶対に成果を上げなければなりません。「うまくいきませんでした」という研究はあり得ないんです。「失敗のあり得ない研究」なんです。要するに学校研究は「研究ではない」のです。
 「道徳教育研究をしてきた学校がすぐに荒れる」という話は珍しくありません。それはそうでしょう。放課後,部活の指導に行かないで,研究のための会議ばかりをしていたのでは,子どもたちも不安定になるばかりですからね。結局,変なことの繰り返しです。
 しかし,こういう研究発表は減るどころか,最近増えてきています。これもまた不思議です。文科省はどちらかというと減らそうとしているようですが,県や市町レベルでの指定が増えている有様です。
 上の方たちは「研究指定校にしないと教師は研究しない」と思っているようです。なんでかなあって思います。
 私は,教師になったからには,子どもたちの楽しむ顔やわかって喜ぶ顔を見たいから,いつも授業をどうしようって、日々研究をしていると思うんですがね。
 上に立つような人たち自らが「やらされないと何もしてこなかった」からこそ,こいつらにも無理矢理やらせないと…と思うのではないか…などと,穿った見方もしたくなるというものです。
 私が教師になった頃(30年前)は,昼休みなどには,子どもたちと遊んでいる教師の姿が当たり前でした。しかし,今は,若い教師たちが子どもたちと遊ぶ姿を,ほとんど見かけません。いつもパソコンの前に座っています。これでいいのでしょうか?
 いいはずはありません。子どもたちから学ばないで,だれから学ぶのでしょう。
 私は,本もたくさん読むし,身銭を切って研究会へも出かけますが,やっぱり,教師の常識的な考えを見直させてくれるのは,子どもたちの姿だと思います。

投稿: 管理人 | 2012年11月28日 (水) 21:17

本当に文科省は、いわゆる競争原理に基づき、
競争を煽っているのでしょうか。

もちろん、悉皆調査することの疑問はもちろんないわけではありませんが、
国が義務教育を行い、学習指導要領まで策定しているなかで、一定の調査は
私はやむをえないものだと感じます。

問題なのは、マスコミなどがその意図をちゃんと理解し、
報じず「序列化した報道」することが問題なのではないかと私は思います。


現場の教員の方々にかかる負担をできるだけ軽減させるべきだと思いますが、
たとえば、前回の教育基本法改正の際、当時の安部総理が「家庭についての文言」を
入れようとするものの、頓挫してしまう歴史があります。


だから、私学の学校は、ほとんどが学力調査に不参加、
「テスト対策をするくらいなら、いつもの授業をしたほうが有意義だ」と、
なるわけです。

さて、大津の事件がまだ記憶に新しいですが、
この学校は、どういう学校だったかご存知でしょうか?
いわゆる「いじめ対策強化指定校」だったんですね。
どうして、先生方や教育委員会、行政が率先して動かなかったのか?
と問えば、その結論は至って簡単・おのずと見えてきます。
「指定校」だから「事実が公表されると・・・」という力が働いた結果です。
一般の目からすれば、『先生は保身のために子どもたちをきった』と解釈されるのは、
必至だと思います。

私個人は、全国学力テストにやや否定的です。
そんなことしなくても、学校の先生に直接、この学校の児童・生徒はどれくらいですか?
と聞いて答えたらそれで済むだけの話だからです。

しかし、そうならないのは、文科省の力だけではなく、
各々の先生方がちゃんと声をあげていないのではないか?と思わざるを得ないのです。

投稿: salir | 2012年11月28日 (水) 17:13

 わざわざありもしない対立軸を作って現状を分析しているつもりはありません。
 今の教育現場は,まさに学力一色です。これまでに経験したことのないくらい「点数を上げること」に血眼の行政です。

 一昔前の学校現場は「ゆとり一色」でした。
 学校5日制になったとき,「土曜日は子どもたちを地域に返す」「そのため学校を開放する」「なるべく塾は土曜日にやらない」といって,それに尽力していた人たちが,今は,学力学力って言っているんです。それに振り回されているのが,私たち教員なのです。
 子どもたちがいちばん振り回されているはずですが,残念ながら,子どもたちにとっての10年間は,人生の大切な時間として,すでに終わってしまっています。それが「ダメだった」って後から言われたって…ということです。
 他人をたたいても何も出ません。
 現場にいる私たちは,現状を受け入れながら,それでも学校が楽しくなるように,子どもたちが過ごしやすくなるようにと勤めるしかないのですから…。
 自分たちの指導力のなさを棚に上げて議論しているつもりはありません。しかし,現場をストレス満杯にしておいて,「いじめ撲滅」を叫ぶ中央の姿に,あまりにも無責任な姿勢を感じるのです。

投稿: 管理人 | 2012年11月26日 (月) 21:07

どうも最近の傾向をみていると、なにかにつけて「対立軸」を作り問題にしているようにみえますね。

これは教育にかぎったことではなくて、今度行われる総選挙に立候補するとみられる方が、そんな思考なので、そうなっても仕方がないように思います。


これだけ不景気で子どもたちや若者が未来や将来を見いだせないときに、「無駄」という言葉のもとで、就職口を削っている現在では、子どもたちが萎縮するのは当然のことのように思います。

以前私が、公共投資もどんどんすすめたら良いといったのも、そのひとつです。


今朝、ある番組で野党のM党E氏が「私はその法案に賛成していないから、知らない」という言葉を発しました。私はこの言葉に非常に落胆と、こんなヤツに国会議員を任せていたことに怒りを感じました。これこそ「無責任の極み」だと思いました。

残念ながら、たぶんいまの大人たちにはそんな空気が実は蔓延しているように思います。
例えば、私は「国会議員や公務員の身を切る改革、議員定数の削減」を反対しています。常に批判の的です。長いものにまかれてるから言っているのではありません。国会議員や公務員である以上は適当な報酬は当たるべきだし、そのお金をちゃんと使って日本の企業を元気にしてもらいたいからですし、議員定数の削減を反対するのは、多様な意見や考え方を議論し反映してもらうためです。議論するのだから、結論が遅くなるのは当然のことと思います。

大人たちが「他人を叩けば、カネが出てくる」みたいな姿勢でいる間は、問題は解決できないと、私は思います。

投稿: salir | 2012年11月23日 (金) 00:13

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