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現金な「金の話」

 今日,届いた「北陸電力からのお知らせ」という用紙。これは要するに電気料金の明細書です。
 自宅の家の屋根には,2003年7月から太陽光発電装置(約3キロワット)が上がっています。
 24年8月分の明細には,電力会社からの購入金額が7405円。電力会社への販売金額が7392円となっていました。若干,購入金額が多いのですが,まあ,ほとんどとんとんですね。
 太陽光発電で起こした電気は,まずは自宅で使います。そして余った分を電力会社に買い取ってもらうわけです。
 8月分というのは,7月13日~8月13日までの使用量で決まります。家には常に両親がいるので,昼もでもけっこう電気を使っています(エアコンも)。それでもとんとんでいけるってのが,いいですねえ。
 まだ太陽光発電をやっていない方は,ぜひ,つけてみてください。車1台分です。車1台分で,原発を止めましょう。太陽光発電をはじめると,節電にも気をつけるようになります。自分の生活を変えないで,国の政策を変えるのは難しいと思います。
 ここにきてまでも原発推進を言っている人たちは,今までの自分たちの生活を変えたくない人たちなのですから…。
 3kWくらいの電池を上げれば,お昼に人がいない家では,確実に収入になるでしょう。
 冬の雪国は他の地域から見ると不利ですが,雪は太陽電池の表面を滑ってとても早く落ちるので,雪下ろしの必要がありませんよ。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

いえいえ。


さて、電中研についてですが、小型原子炉の可能性も研究していましたね。

そもそも日本の現在稼働している原発は、津波や地震のないところの原発を海沿いに作ったわけですから、研究する意味は十分にあると思います。


私はどちらかというと、化石燃料を主電源とすればよいという考えで、原子力については、もちろん基礎研究などはすすめる必要はありますが、いまはまだ時期早々と考えています。
私も、先日帰省した際、宝立小跡地を家族で見てまいりました。
どうも「補助金目当て」という印象が拭えませんでした。


私の技術論というのは、「使用する側が決める」(世論や国策として強制してはならない)と考えています。
とくに、太陽光においては実に40年も技術開発を行って来て、実用化?となっても「固定買い取り制」というのは、それこそ税金の無駄としか言いようがありません。

そんなのに時間を費やすくらいなら、年1ミリSvを撤回していないICRPの基準をICRPが自ら撤回し、20〜100ミリにしても良い根拠や科学者との合意をとりつけるべきだし、原発作業員ですら被曝限度を下げて来た経緯について「私たちは過度な放射性物質に対する危険性を煽っていた」というくらい、言わないとなかなか、原発稼働や、放射性物質に関する理解は得られないと思います。


また、私がなぜ節約は社会では行っていけないというのか?といえば、
日本が誇る省エネLED電球。これは、普段の何気ない電球を使ってどうにか消費電力を抑えられないだろうか?と考えた結果なわけですよね?
もし、コマメに電気を消したりしていたら、別にそんなこと考えなかったわけです。
さらにいえば、資源は常に有限です。有限であるということは、いまのある資源を使って新たな資源を発掘し利用できる形に移行する必要があります。
だから、国際間において資源争いは止まないわけです。
そうなると、日本は外国から資源だけではなく技術も買わねばならなくなりますし、日本が使わなかった資源は、外国が浪費してしまうんです。

投稿: salir | 2012年8月18日 (土) 20:52

salir様
今まで何度もコメントを頂きながら,ハンドル名をまちがえてしまって申し訳ありません。

電力中央研究所っていうのは,小型原子炉などの可能性などを研究していた法人ですか? あまり詳しいことは知りません。今は,どうなったのかな。

太陽光発電などは,あくまで次の発電方法が確立するまでのつなぎだったり,小規模なものだったりするんだと思います。
うちの近くにもメガソーラーができるそうですが,これには少し違和感を持っています。

今まで電気のこなかった場所で発電したり,夏のピーク時(当然天気がよいので太陽光発電にはもってこい)のために,家の屋根についているもので調整できるのではないか…少なくとも,今のように,ピーク時に足りないかも知れないから,原発を動かすなんてことにならなくても済むのではないか…と期待しているんです。
それさえも,無理なのかなあ。

原発の技術の方を信じないで,太陽光発電パネルや発電効率の技術の進歩を信じているなんて,変かも知れませんけどね。

投稿: 管理人 | 2012年8月18日 (土) 19:32

まず、些細なことかもしれませんが、他人の名前(ハンドルネームであっても)はちゃんとご確認いただきたく思います。


さて、私は自然エネルギー全般ですが、有望なものとは考えていません。
なぜなら、自然エネルギーでは足りないから、人類は「化石燃料」を使用するようになったからです。

私は、常に未来は明るいと考えていますし、そのためにも常に新たな技術を生み出す必要があると思います。だからこそ、節電だとか節約という道徳を社会に持ち込んではいけないと思うのです。

いつかのニュースにも公表されましたが、「理科離れがすすんでいる」とのことですが、私は、正直子どもたちの判断は正しいと思います。
学校の先生が「補助金の為なら多少自然を傷つけても良い」(一方で、里山里海は大切で、自然や環境が大事だといっていながら)といっているなかで、まじめに授業を受けたり、あらゆる講義を受け、知識を貯えた子どもたちが罵倒されたり、仲間はずれにされる・・・。

>> だからこそ,無理があることを承知で,ある方向に舵を進めてみるのは意味のあることだと思います。
まさに、先の大戦「第二次世界大戦」の教訓をまるでいかせていませんね。
学校では、何かにつけて「(戦争)指導者の責任」といいますが、事実はまったく逆です。
いっぱんに指導者と呼ばれた人たちは、如何にはやく戦争を収束させるかを模索していました。
しかり、世論と軍は、押切、あの悲惨な戦争・敗戦を向かえたわけです。


>> もしだめだったら,早めに退却すればいいのですから。
脱却するまえに、買電価格が急速に値下がりして、なんの魅力のない発電となって、だれも見向きしなくなるでしょう。
だから「電力中央研究所(発電等について先駆的なコメントを行っている“公益法人”)」が太陽光の開発をやめたのです。

投稿: salir | 2012年8月18日 (土) 18:21

salier様
akaishi様
コメントありがとうございます。

わたしも太陽光発電のみでこれからの生活がうまくできるとは思っていません。
タイトルにも書いたとおり,「現金な話」なのです。道徳的にどうこういっても始まりません。道徳的なことでどうにかしようというのも,長続きしません。
だからこそ,現金なのです。補助金が欲しければもらいましょう。

わたし自身は,道徳的な生活をしていくことが日本人(に限らず人間)の美だと思っている一人です。そのことで,自分の時間やお金が取られても自己の中で満足していればいいとも思っています。

ただ,それで社会が変わるわけがない。ペイフォワードや100番目のサルは,なかなかこない。

だからこそ,無理があることを承知で,ある方向に舵を進めてみるのは意味のあることだと思います。
ただし,これもあくまでひとつの予想です。
もしだめだったら,早めに退却すればいいのですから。

原発の場合,退却するっていっても,負の遺産が多すぎて,今さらどうするの?って感じになるから,今まで強力に反対してきました。

太陽光や風力はどこまで自立できるか分かりませんが,失敗しても,ま,原発ほどではないでしょう。
だからといって,慎重さや反対意見に耳をかたむける謙虚さは,どんなことにも必要だと思っています。

我が家の場合で言うと。明らかに電力使用量も少なくなっています。

太陽光パネルを上げられない人たちにとっては,電気料金は余分な出費をさせられます。それは確かにそうのとおりです。
今の補助金制度や電気料金上乗せ制度が,そんな方々も協力できるようなエネルギー政策として確立されていないところが問題なのでしょうね。

投稿: 管理人 | 2012年8月18日 (土) 10:11

私も太陽光発電にはあまり期待していません.買い取り価格が42円ととんでもない価格のおかげで,電気代と相殺できたとしても,実際に電力会社から購入した電力はどの程度減少したでしょうか.
寡占の電力会社と,買うだけでなく売るというつながりを持つことで,私たちは自分の首を絞めているのではないでしょうか.
ただ,自然エネ買い取り費用を結局利用者が負担する事で,電気料金は値上がりします.これでみんなが節電のモチベーションが高まれば,意味があるかもしれません.

投稿: akaishi | 2012年8月18日 (土) 09:50

私的にですが、私は自然エネルギーは推進していません。
同時に、現在の中途半端な体制を改めない状況下での原子力の稼動はうなずけません。


まず、節電というのは私は「道徳だ」と考えています。道徳というのは、社会に当てはめたり社会みんなで行おうとすると、経済のパイを縮小しかねず、また、結果的に日本という国が疲弊するし、他国から技術を買うことになる。。。
それは、なんとしても食い止める必要があります。

そして、太陽光パネルについてですが、既に「電力中央研究所」は太陽光の開発を止めています。これはどういう意味なのでしょうか?

管理人さまは、補助金さえいただければそれでよいというお考えなのでしょうか?

これは、消費税と同じで「逆進性」ということも十分に考えなければなりません。
私のように借り家に住む者は、また、決して裕福ではないお財布事情では、どうあがいてもつけられません。そんな人たちに課税を求める風潮が適当でしょうか?


もう1つ。原発を止めても「使用済み核燃料」は数百万本存在します。これをどうしていくのでしょう。これは、原子力を推進しただけの責任ではありません。原子力を認めた私たち日本国国民の責任です。

それこそ、子どもたちの世代などという無責任な状態を続けてよいのか?

地球温暖化だから原発で、原発がだめだから、自然エネルギーで・・・というのはあまりに稚拙ではないかと私は思ってしまいます。

投稿: salir | 2012年8月17日 (金) 21:51

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