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白雉山岩倉寺

111130  先に紹介した流紋岩の風化により自然が作り上げた露頭「千体地蔵」へ行く前に,近くにある岩倉寺というお寺におじゃましました。その日は,あまりにも天気が良かったために,ついつい昼頃から出かけてみたというわけです。
 岩倉寺は,岩倉山という山の中腹にあります。でも門の前までは車で行けるので便利です。
 ここは北陸三十三観音霊場・第十六番札所となっているようです。
 山菜料理が名物で,十一月末までやっているのですが,私が「行こう」と決心したのが当日のお昼前だったので,「今から準備はできません」と断られました。そりゃそうですね。訪問前日までに予約をして欲しいそうです。
 それで,山菜料理はまた次の機会ということにして,近くの曽々木食堂で能登丼を食べてからおじゃましました。
111130_02 上の写真は,駐車場から二つ目の門(仁王堂)の向かって右側にいた仁王像です。下の邪鬼の顔がおもしろいです。
 下の写真は,中庭から見た紅葉の景色です。
 このお寺からも,千体地蔵へ行けます。700m,上り下りのある約20分くらいの道のりでした。最後の坂はしんどかった…。

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子どもの授業感想

 わたしが教師になってからずっと行ってきた「仮説実験授業」という授業では,授業のあとに,よく子どもたちに感想を聞くことがあります。それは「授業の善し悪しは子どもが決める」という姿勢を貫いているからです。これは普通は当たり前の感覚だと思うのです。が,教育界ではなかなかそうはいきません。「子どもたちが発言したからいい授業だ」「子どもたちが静かに取り組んでいたからいい授業だ」「ある特定の子に発言が偏っていた」「板書がきれいだったので,子どもたちはよく理解できただろう」なんて,まあ,その授業を見て,それぞれが気付いたことをあれこれいったりするんです。
 さてさて,そんなわけで,子どもたちにはちゃんと授業の感想をとってみました。
 5年生とやった《花と実》という授業のものです。2つ紹介します。上は女子,下が男子。

○ 理科の時おぼえたことを家族に問題として聞いてみたら,答えられないことがたくさんあったから,もっとためしたい!と思いました。だから理科の授業の問題がとても楽しみでした。自分でもとてもビックリすることもありました(イチジク,パイナップル,松の花など…)。
○ みんなで意見を言い合ったり,「○○には花はさかない」とか「花はさく」とか意見が分かれて言い合って,みんなで答えをといたのがとても印象に残りました。

 教科書に出ている範囲で「花と実」を教えることもできるでしょう。でも,こんな感想はなかなかもらえないでしょう。科学的な知識として,しっかり「花から実へ」を教える授業だからこそたのしい授業になるのです。

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千枚田の「太陽電池+LED」によるライトアップ

 千体地蔵を見た帰り,少し金蔵寺で時間をつぶした後,千枚田のライトアップを見にいきました。
111128  金蔵寺のお客さん?らしき人と話しているうちに「ライトアップの時間になると千枚田のあたりは車でいっぱいになりますよ」「早めに行った方がいいですよ」「昨日もいっぱいでした」ということをお聞きしたので,4時すぎに向かうことにしました。
 すでに元の駐車場はいっぱい。でも50m離れた臨時駐車場はまだ大丈夫だったので,そこに車を止めて1時間ほどゆったりと千枚田を楽しみました。
 千枚田の下まで降りていったのも初めてです。
111128_02  このライトアップは,年末頃まで続けられるようです。ただし雪が降ったらちょっと難しいかも…でも,うっすらと雪化粧するくらいならさらに幻想的な風景が見れるかも知れません。
 その日の太陽電池による充電の具合によって「いつまで点灯しているかワカラナイ」というのがとてもいいじゃないですか。
 下の写真は,ライトが自動的につき始めた頃のものです。まだほの明るいですね。実際は写真で見るよりも暗いんですが…。

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20数年ぶりの千体地蔵見学

 能登半島の外浦の曽々木海岸は,波打ち際のすぐそばまで岸壁が迫っている起伏に富んだ海岸です。
111127 さて,その海に面した岩倉山という山肌の一部に「千体地蔵」と呼ばれているところがあります。まるでお地蔵さんが並んでいるように見える露頭があるのです。
 この千体地蔵たちは柱状節理のある流紋岩の風化によって自然にできたものです。海岸沿いの道路から遊歩道で30分。結構急な階段もあって,運動にもなりました。
 地元に帰ってきた頃,市の理科研究会で連れて行ってもらって以来,2度目の千体地蔵とのご対面でした。あの当時は一気に登ったけど,今回は,ちょっと休みながらの見学でした。でも体力を使って見る価値のある露頭です。まあ,観光客もここまでなかなか来ませんけどね。

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能登中居鋳物館

111126  今月のある週末に穴水町にある「能登中居鋳物館」という資料館に行って来ました。ここは,前々から一度覗いてみたいと思っていたのですが,なかなか時間がとれずにいました。今回,穴水町内の寺をめぐっていて,「中居の鋳物師が作ったという灯篭」などの話も聞いたりしたので,やっと時間を作って訪れる気になったというわけです。
 当資料館には,もともと穴水町の明泉寺にあったという「大灯篭一対」がメインとして飾られていました。この灯篭は穴水町指定文化財にもなっています。現在の明泉寺には,新しい灯篭(形はよく似ていました)が置かれていました。
 中居鋳物の歴史は平安末まで遡るといいます。前田利家が中居鋳物師を統括支配し,武具や金具などの日用品の鋳造を命じていたようです。(「鋳物館リーフレット」より)。
 近くの小学校では今でも「たたら歌」が歌い続けられているそうです。一度聞いてみたいなあと思います。また,このあたりに鋳物師がいてたたら場があったということは,当然,鉄を含んだ岩石(や土)がよく採れたというわけでしょう。資料館には砂鉄と褐鉄鉱という岩石が飾られていました。これらがどこら辺りに採れるのか…それも調べてみたいです。で,できれば自分でも鉄を取りだしてみたいなあ…という気持ちも持っています。
 

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西村寿雄著『地球の発明発見物語』

 西村寿雄さんの本を紹介します。
 西村さんは,私と同じ仮説実験授業研究会の会員の方です(先輩です)。
 『発明発見物語』には,板倉聖宣氏が中心となってまとめたものがありますが,それを参考してできた本でもあります。そのシリーズではありませんが,読みやすさは同じでした。
 ブックレビューにも書きましたが,地学の知識は,いわゆる高校で理科系に進んだ人でも,あまり分かっていません。だいたい,選択に地学を選ぶ人が少ないですし。
 そんなわけで,とても興味深く読むことができました。

西村 寿雄
近代文藝社
発売日:2010-12
 著者は仮説実験授業研究会の会員でもあります。
 地球の姿が,どのように科学的に明らかになってきたのか,いくつかの視点でまとめられています。
 特に,大陸移動説とチャートの話は,初めて聞く話題だったのでおもしろかったです。
 取り上げられている科学者は,ダ・ヴィンチ,ステノ,ピュホン,デマレ,ハットン,キュビエ,スミス,ライエル,マーチソン,アガシー,モホロビチッチ,ジュース,ウェゲナーなどです。科学が好きな人も,知らない名前があるんじゃないですか? 高校で地学を選ぶ人が少ないからでしょうね。
 小学校高学年から読めると思います。

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日本で三番目? 能登大仏

111124  穴水の「真和園」という宗教団体の公園(自由に入れます)にある緑色したこの仏像は「能登大仏」と呼ばれています。大仏の高さは8.4mもあり,日本で三番目に大きいとか…。本当に三番目かどうかは知りません。
 この大仏の周囲はけっこう広い公園になっていて,新品の「三重の塔」や親鸞聖人像なども建っています。この公園には,紅葉やノトキリシマなどの植物もたくさんあって,年間を通してきれいな景色を楽しむことができるそうです。
 右の2枚の写真は,11月上旬に撮ったものです。今ごろ一番の見頃だと思います。
111124_02 なんかこの「真和園」という宗教団体がよく分かんなくて,どこに金があってこんな物を作ったのか,分かりません。太子堂,観音像・弘法大師像や蓮如像もあって,やっぱりよくわかりません。ま,でもきれいな景色であることには変わりがないので,一度訪れてみてください。

 この駐車場の近くに,「蕎麦処やまがら」さんがあります。ここのおそばもおいしかったです。大学のあんちゃん達がバイクで来ていました。仕方がないので,場所を譲ってあげました。えらいなあ,オレ。

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娘からの便り…清水のライトアップ

 111123 昨日,京都に行っている娘から「清水寺のライトアップ」の写真が送られてきました。「どうだ,うらやましいだろう」というわけです。私のところだけでなく,妻の所にも同じ写真が送られてきました。
 この娘が京都へ行ったことをきっかけにして,わたしも御朱印帳を持って寺巡りをするようになったので,「遊んでばかりいるな」なんてことは言えません。
 今年の秋は京都に行けそうにないので,間接的にでもこうして京都の秋を感じることができてうれしいです…ってことにしておきます。

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ある道徳の公開授業で

 地元のある小学校で道徳の研究発表会があったときのことです。
 公立学校の研究発表会というのは,たいてい国や県や市町の指定を受けて,2,3年間,ある教科なり教育活動なりの研究を集中的にやり,その成果(絶対に成果があるはずになっている…だってなかったら子どもに申し訳ないから…)を発表する場です。時々自主研究発表ってのもありますが,それは付属校や長年の研究校などです。

 その研究会のおり,わたしは低学年の授業を参観しました。最後にゲストティーチャーに話をしてもらう授業で,子どもたちもとても活き活きと楽しく授業をしていました。
 で,その授業の最後の所で,子どもたちが今日の感想を述べる場面がありました。
 順番に何人かが述べたのですが,そのとき,思わず参観者(要するに教師たち)から拍手が起きた意見がありました。それは,まさに,<教師が意図する言葉が入った発言>でした。
 わたしは,はっとしました。
 子どもたちは,みんな,それなりに一生懸命感想を言っているのです。なのに,「教師が期待する意見が出てきた!」と言って拍手してしまう大人たちに,ちょっと寒いものを感じました。
 あのとき,こんな感覚になったのは私だけだったのでしょうか…。

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久しぶりの椎名誠

 久しぶりに,本当に久しぶりに椎名誠の本を読みました。それこそブックオフで105円で買ってあったものです。
 椎名誠の文章に凝ったのは,1980年代初期です。その頃教員になった私は,学級通信の文章まで椎名誠ふうになるほど,椎名誠作品をよく読んでいました。『本の雑誌』も時々買っていました。なつかしいなあ。
 その後,仕事柄,教育関係図書の方に目が向くようになったので,椎名誠の著作は時々しか読んでいません。『活字のサーカス』って岩波新書を読んだくらいです。
 久しぶりに読んでみて,彼の文章のリズムはやはり私にあいます。

 椎名が1992年~1994年にわたり「本の雑誌」に書いた「本」に関するエッセイを集めたものです。
 本に囲まれて暮らしていて,たくさんの本を読みながらも,人に会い,映画も創り,もちろん文章も書く。どこにそんな時間があるの?と聞きたくなります。
 読んでみたくなる本がたくさんありました。

 私が今のようにトイレにも本を持っていくようになったのは,椎名誠の影響がとても大きいと思います。また彼の本を手に入れそうな予感がします。

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松の実(タネ)

111120   5年生と仮説実験授業≪花と実≫の授業をやってきました。8割の子どもたちが「楽しかった」「たいへん楽しかった」と答えてくれた授業となりました。
 今回は「なるべく実物を用意する」ことに気をつけて行いました。「問題」に出てくる植物はもちろんのこと,「お話」に出てくるものもなるべく用意するようにしました。
 今回はじめて用意したものに「松の実」があります。
 実はこの「松の実」の存在は知っていたのですが,これが本当に「松のタネ」なのかどうか,私も知らなかったです…というか考えたこともなかったんです。だって,身近にある松に,こんなタネができるなんて思えません。松ぼっくりと比べても,つぶが大きすぎますからね。
 で,ネットで調べてみると,こうして「松の実」として売っているのは,チョウセンマツ(朝鮮五葉松)とかいうものがあるようです。写真のは,中国産でした。植物の名前は書いてありませんでした。
 ところで,朝鮮五葉といっても,日本にも本州中部や四国に自生しているようです。もしかしたらホームセンターなどで苗木が売っているのかも知れません。
 

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『ぴったりはまるの本』

111119 今日は「珠洲たのサークル」の例会でした。7名で楽しい時間を過ごしました。このサークルの内容については,HPの方(珠洲たのしい授業の会オフィシャルサイト)で後ほど詳しく報告します。ここでは,集まった本の画像を紹介します。
 毎回,メンバーの読んだ本の中から,何冊かの紹介がありますが,今回は,特に多かったです。右の写真の他にも古書も含めて10冊くらいありました。全部で20冊以上。すごい数ですね。
 このうち,今回は紹介するのは,『ぴったりはまるの本』という本です。
 この本には,1ページにシルエットの輪郭だけが書いてあり,それを見て,そのシルエットが何を表しているのかを予想する…という本です。
 たとえば,直径約4センチの円が描いてあり,ヒントには「ぜんぶつかうと このたちです」と書かれています。それって何?ってわけです。

佐藤 雅彦,ユーフラテス
ポプラ社
発売日:2006-10
 この本は単純におもしろいです。わかってしまえばなーんだです。ですから,「一度しか使わない。自分しか見ない」という人にはお勧めしません。だってなぞなぞのような本だから,一度見たら二度と見ません。ただし,ヒントの出し方がおもしろいので,そういう点で参考にできる所もあるかも知れません。
 本書は,むしろ,教員など,なんども同じネタで楽しめる職業の方にお薦めします。
 私なら,毎日一つずつ学級通信に載せて,1週間くらい時間をおき解答を知らせる…なんてことをするでしょう。

 本書は『たのしい授業』(仮説社)で知りました。みんなでワイワイ考えると,おもしろかったです。ページによって,気付く人が違うので,人それぞれだなあと感じ入った次第です。

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中学生の近況報告

 今日の放課後,5時過ぎに,中学3年生の女の子2人が職員室にやってきました。2人とも私が担任したわけではありません。近くの公民館で勉強をした後,やって来たようです。「知っている先生が少なくなったなあ」「隣のクラスの○○先生の図工の授業はおもしろそうで,うらやましかった」などという想い出を語っていきました。「体に気をつけて受験勉強頑張ってねえ~」と送り出しました。
 その後,部活を終えた中学2年の男子N君が登場。彼は小学生の頃から理科が大好きで,よく私に科学の話題を話しかけてきた子です。で,卒業式の日には,私からパウチした「世界一きれいな周期表」をプレゼントしたのでした。私は彼の担任でも理科担当でもなかったのですが…。

111118 で,そんなN君が,私に見せたいものがあるというのでカバンも持ってきていました。
 カバンの中から出て来たのは大事そうにプチプチに包まれているいくつかの「もの」です。
 お店で手に入れた化石や石,古銭(写真のやつ)もありました。
 N君の友だちには歴史好きの男の子もいるので,お互いに影響し合っているのかも知れません。
 N君は今,中学で原子・分子を習い始めたそうです。原子・分子に関するいろんな質問をしてきました。私は彼を担任したわけでもないので,彼は<もしも原子が見えたなら>を知りません。「教えてやっていればなあ」なんて思ってしまいました。

 今年も,2年生や3年生の子たちが,何かあると私のところに来て「理科的な話題」をしゃべっていきます。5年間もいると,「あの先生は,理科の先生だ」ってのが,代々伝わっていくんでしょうね。それで,池で何かつかまえたとか変なものを拾った…などと言うたびに私に声がかかるのです。

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『京都・異界をたずねて』

 ブックオフで面白い本を見つけました。異界の目で見る「京都の観光」です。安倍晴明などが出てきて,なにやら怪しげです。神社などだけでなく,山や石などもその対象となっています。すぐには出かけていけないので,本の中で旅している気分です。

 京都でのフツーのお寺回りや神社回りに飽きた方は,本書を手にとってご覧下さい。観光地京都の中でもマイナーな怪しい場所が紹介されています。
 <一般的な観光寺院を先に回ってから,本書に紹介されている場所へ行ってみる>というのが普通だと思いますが,ま,本書に紹介されている「あやしい寺社」へ先に訪問してみるのもおもしろいかも知れません。観光客もそんなにいないでしょうしね。

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「なにわホネホネ団」という団体

 月刊『たのしい授業2011年11月号』(仮説社)に「なにわホネホネ団見学記」という記事が載っています。これを読んで,私の好奇心は大いに刺激されました。
 さて,この「なにわホネホネ団」とはどんな団体なのでしょうか。団体のサイトから引用します。

 おもに鳥や哺乳類の皮を剥いたり、骨格標本を作り、大阪市立自然史博物館などに収めています。気味が悪いと思われがちな死体を大切な資料として収集し、解剖してさまざまな情報を読み取り、記録するのがホネホネ団の目的。鳥や哺乳類が大好きで、ながめるだけでは飽きたらず、さわって細かい体のつくりを観察してみたい!それができるのが、ホネホネ団の皮むき・骨格標本作りです。

 どっかそこら辺りに落ちていた動物の死骸を持っていって,ながめたり,さわったり,最後には骨格標本まで作ってしまうなんておもしろいですね。
 私の住んでいる田舎でも,最近,タヌキやキツネの死骸をよく見ます。たいていは車とケンカしたものです。で,見るたびに「これを標本にできればなあ」なんて思っています。それを実際にやっちゃう団体があるってのがおもしろいです。単に,カラスにつつかれて骨もバラバラになってお仕舞い…というよりも,標本に生まれ変わって科学の学習に役立つっていいですね。
 もともとアルバイトだったたったの3人から始まったそうです。2010年現在,団員は190名だとか…うーん,私も一度,見てみたい!!

公式ウェブサイトは,http://www.geocities.jp/naniwahone/index.htmlです。

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高山文彦著『火花-北条民雄の生涯』

 北条民雄の伝記です。とても読み応えがあります。ハンセン病の歴史をあまりご存じない方も,その入門書として読めると思います。癩の父と言われていた光田健輔の話も出て来ます。光田健輔と言ったってよく分かんないですよね。失礼…。

 19歳でハンセン病になり,多摩全生園に入所。たったの23歳で夭逝した作家,北条民雄の生涯を描いた伝記です。
 本書には,民雄と交流のあったハンセン病患者仲間だけではなく,民雄の作品を世に広めた川端康成との関係もたくさん出てきます。だから,ハンセン病患者をめぐる当時の世相だけではなく,文壇の様子も垣間見ることができます。
 この文庫本の解説で柳田邦夫氏も書いているように,この伝記はとても良くできています。というのは,当時のらい病患者は,らい病だとわかったとたんに親兄弟からも隔絶されて本名も忘れたように過ごさねばならなかったのです。そんななかで,これだけ読み応えのある伝記を書けるというのは,並大抵の取材と編集では無理です。
 とにかく,いろんな人に読んで欲しい伝記です。

 北条民雄の作品は,『いのちの初夜』(一昨日のブログに書きました)以外にも,2冊組全集が出版されています。いずれ手に入れて読むつもりです。

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塚田誉講演会

 昨日,能登町PTA研究大会がY小学校を会場として開かれました。
 で,記念講演が,地元テレビ金沢の塚田誉アナウンサーでした。
 塚田さんは,番組の「誉れのドコ行く?」というコーナーで,石川県内あちこちに出向き,普段はニュースにならないような場所で,楽しい話を発掘して報道してくれます。
 私が聞きたかったのは次ようなことでした。

・初対面のフツーのおばさんやおじさんと話を始めているのに,いつもいつも価値ある情報を見つけて報道できるコツは何か?

 すると,まさにこの話が出て来ました。

 このコーナーは,なんと誉さんとカメラマン兼ディレクターの2人でやっているそうです。それはそれで大変なのですが,塚田さんは「2人しかいないからこそ,インタビューされるほうもわりと構えないで対応してくれるのではないか。もしこれが大勢のスタッフが出向いたとしたら,囲まれた<フツーの人>たちは,戸惑ってしまうと思う」と話しておられました。なるほど,その通りですね。
 で,肝心の話ですが…
 まず,この番組は,オファーなしのぶっつけ本番だそうです。だから,どんな人がどんなことを言ってくれるのかは全くワカラナイのです。そんな中で,塚田さんが気をつけておられることは,
・敬意をもって対応する。
・好奇心をもって対応する。
・共感する。
ことだそうです。このうち,「好奇心」と「共感」の大切さは,まさに教師の教材研究や授業づくりにも大いに関係します。
 だいたい私のブログのタイトルが「世の中まとめて好奇心」ですから…
 授業づくりも「好奇心」がすべてです。その好奇心は,いろんなことに共感することから始まります。何か新しいものを見ても「それで,だから,どうしたの…」というのでは,番組も授業も成り立ちません。
 自分の感じた<共感>が,テレビの視聴者や教室の子どもたちと共有できそうな共感だとわかったときには,番組は魅力的になり,授業も魅力的になるのだと思うのです。
 いやー,いい話だったなあ。
 

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北条民雄著『いのちの初夜』

 北条民雄という人は,ハンセン病(当時は癩病と言っていた)患者でした。当時「不治の病」だと信じられていた癩病にかかった彼は,本名を捨て,東村山の施設に入社し,わずか3年ちょっとでなくなります。
 本書はその間に発表した小説やエッセイを集めた本です。
 

北条 民雄
角川書店
発売日:1955-09
 著者は,大正3年生まれ。18歳で発病しわずか23歳で短い人生を閉じました。
 発病してからは多摩全生園(当時は全生病院)に入院し,癩という病気になった自分に対して度々絶望におそわれながらも,次々と文学を書いていきました。川端康成に認められ,文章を発表していきました。本書のあとがきも川端康成が書いています。
 年譜には,生まれについては「大正3年 9月某日某県に生まる」としか書かれていません。癩になったら,家族はいないと思え,死んでも故郷には帰られないと思え,と言われていた時代だからこその配慮なのでしょう。
 表題の「いのちの初夜」は,彼が全生病院に入った日の事が書かれています。ほかにも,日記風だったり,小説風だったりしながら,「命の叫び」が綴られています。

 私は,一昨年だったか,多摩全生園へ行ってきました。本書にも出てくる「柊の垣根」は,今は,私の背丈よりも低く刈り込まれていて外の景色は十分見えました。最寄りの駅から,歩いて行ってみました。暑い日でした。

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山門に釣り鐘が…豊財院

111112_01  能登の羽咋に,豊財院(ぶざいいん)と呼ばれている禅寺があります。正式には白石山豊財院。以前紹介した同じく羽咋の永光寺(ようこうじ)や門前の総持寺祖院と同様に,瑩山紹瑾禅師が開創したと言われている曹洞宗のお寺さんです。
 ここの山門には,なんと梵鐘がぶら下がっています。111112_02この梵鐘は「はんにゃの鐘」と呼ばれていて,物語も残っています。何せ,鐘には,2人の尼さんの名前が記銘されています。あやしいでしょ。
 写真の右上にある建物には寺宝が収められています。
 まず,三観音。いずれも170㎝くらいで,桧一本彫りの馬頭観音菩薩,聖観音菩薩,十一面観音菩薩の3体です。平安時代中期の作。特に馬頭観音は,日本で一番古いのではないかと言われているそうです。すぐ目の前でじっくりと鑑賞することができます。その足元には,昭和4年に檀家の方達からおくられたという,西国三十三カ所のミニチュア観音がずらりと並べられていました。
 二つ目の寺宝は「血書大般若経六百巻」です。11世月澗の発願により,自らの手指を刺し,その血で大般若経を書き写したという代物です。さすがに自分では301巻しかできずに,あとは弟子達が仕上げたようです。この大般若経の一部は,羽咋市歴史民俗資料館でも読むことができます。
 四天王の内,増長天と広目天もいました。後の2体は火事の時に燃えてしまったそうです。

 実は,このお寺でも,お寺の奥様(元坊守さんかな)がいろいろと説明して下さいました。もちろん世間話入りです。
「いまじゃ,檀家は6つしかないけれど,門徒ではない地元の人たちも,いろいろとお世話下さるのでとてもありがたいのです。」
とおっしゃっておられたのが印象的でした。

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月と木星とガリレオ衛星

 昨日は,遅ればせながら6年生と一緒に「太陽」の黒点を見ました。実は,今の学校にある天体望遠鏡を使うのは初めてです。なんかめんどうくさいんだよなあ。教科書やネットにある写真を見せれば十分なような気がして…。でも,今回は,なんとなく見せてあげるか…という気持ちになったんです。昨日見た太陽は,黒点が多くて,なかなかきれいな太陽でした。あれって黒点があまりないと,ただ明るい○があるだけですからねえ。
 で,「今日,晴れていたら,月の表面を見たい人は,夕方6時頃に学校に来てね」と言って6時30分頃まで待っていたら1人だけ来てくれました。でもあいにく空には雲が多くて,ゆっくりとクレーターなどの観測することはできませんでした。ま,全く見えなかったわけではありませんが…。
 12月1日過ぎから三日月になるはずなので,その頃にまた呼びかけてみます。その頃ならば日の入りもけっこう早いので,学校に残っているだけで,観測できるだろうと思います。
111111 そうそう,最近,月の近くに木星が出ています。
 で,この木星もついでに見てみました。すると,木星の縞模様も見えたし,ガリレオ衛星も見えました。衛星たちはちゃんと一直線に並んでいたのが印象的でした。学校の望遠鏡なんて,レンズもホコリだらけでカビも生えていたりするのですが,なかなかどうして,結構きれいに見えました。
 右の写真は,11月10日の月と木星の写真です。フツーのデジカメで撮りましたが,結構きれいに撮れるもんですなあ。
 今日は,曇っていたので,子どもたちは来ませんでしたが,職員室から来たメンバーが「木星を見たい」「木星の衛星をみたい」といって雲の晴れるのを待って観測していました。外はすっかり寒くなった…次回は防寒具を用意しないとなあ。
 

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幽霊の絵2点…来迎寺にて

111110_02 111110_01来迎寺というお寺さんには,二つの幽霊の絵が保存されています。
 写真左側の幽霊は円山応挙が描いたと言われているものですが,「たぶん違うだろう」と奥様はおっしゃっておられました。この幽霊は,遺してきた子どもに会うために出てくるのだそうで,現世に恨みを遺して…と言うことではなさそうです。そんでとてもふくよかな優しい顔をしています。
 右側の絵は,先々代?…だったかな…の住職がある行商人から手に入れたものだそうです。
 この絵を入手したいきさつは…
 とある行商人がお寺に来て
「何か買って下さい。さっぱり商売がうまくいかないので,人助けだと思ってお願いします」
と住職にお願いしたことを,
「それじゃあ,その幽霊の絵をもらおう。うちの寺にはもう一つ幽霊の絵があるからな」
というので,絵を購入。そしてひとこと。
「こんな地に足のつかない幽霊の絵を持っているのじゃ,商売もうまく行かんだろうしな」
 さて,この行商人,幽霊の絵を手放してからというもの,地に足のついた商売でもうけたそうです。
 ちゃんちゃん。
 これは奥様から伺ったお話です。

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来迎寺・その2

111109_01_2 昨日も書いたように,来迎寺にも1時間近くも奥様にお話を聞きました。世間話も含めて…です。でも話の中心は,本堂にある仏像や曼荼羅,貴重なお宝などについての解説です。
 今日の話題は「お寺の紋」についてのお話です。
 このお寺は,もともと勅願寺だったので,鴨居の一部には今でも「菊花紋(16菊)」がついていました。でも本堂正面には長谷部(はせべ)の紋が…。111109_02時代が変わったんですね。
 長谷部氏(後の長氏)の紋は「銭九曜」と言われているものだそうです。これが至るところにありました。今は穴水湾の近くにあ る長谷部神社はこの来迎寺の近くにあったらしいです。「長谷部神社の神様は山の神だから,海の近くにあるのは変なのです」と奥様。穴水にあるもう一つの大きな神社・穴水大社の神様は,海の神様らしいです。
 来迎寺には,もう一つお話ししておきたい話題があるので,続きはまた明日。

菊花紋章(ウィキペディア)

長谷部氏(長氏)の紋と長氏(見聞諸家紋)

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勅定山来迎寺(穴水町)

111108_01  もうひとつ穴水町のお寺を紹介します。
 穴水町大町にある「勅定山来迎寺」です。最初は,ちょっと境内を覗くだけのつもりでおじゃましたのですが,ちょうど外に奥様がおいでて,「中に入ってお参り下さい」と言われたので,さそわれるまま本堂に入りました。
 ご住職は留守だったのですが,そのお母さん?が,とても気さくな人でいろいろな話を聞かせてくれました。こじんまりとしたお庭を見せていただく内に,お茶やお菓子が出て来て…あれ111108_02 よあれよという間に1時間以上もおじゃましてしまいました。こういうお寺回りは,地元ならではですよね。これがほかの観光地だったら,「あっちも行きたい!」って時間に追われてしまうのではないでしょうか。
 来迎寺はもともと嵯峨天皇の勅願によって創建され,「勅定山青竜寺」と名乗っていたそうです。その後,長谷部信連が当寺を祈祷寺にして,本尊を阿弥陀如来として寺号を「来迎寺」と改めたとか…。
 今回は,「石段と山門の写真」と,「お庭の写真」を紹介しておきます。続きは,また明日。

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武田邦彦著『環境問題はなぜウソがまかり通るのか2』

 学校をあげてペットボトルのリサイクルをしたり,どっかの団体に渡すのだとペットのキャップを集めたり…そういう「善意」の活動が学校現場にいっぱいあるのはご承知の通り。「私たちは環境に優しいことをやっているのです!」…というわけです。
 しかし,実際に,それがどのように役立っているのかわかっていないことが多々あります。本当にペットボトルのリサイクルは良いのか? そもそも学校でこうして集めて「△月,何年生○○本」なんてやることが,本当に教育的なのか?
 以前聞いた話では,児童会で空き缶の回収を呼びかけたところ,それまで瓶ビールを飲んでいたお父さんに缶ビールを読むようにお願いした子どもがいたという話や,町の自動販売機の横にあるゴミ箱から空き缶を取ってきたという話までありました。缶の本数を競わせるようにするとこんなんになるのです。本末転倒にならないように,しっかり5R(せめて3R)を教えてから,実践したいものですね。
 そんな意味で,本書は,環境問題の常識に真っ向から挑戦する本です。今までもこういう関係の本を読んで,自分がマスコミなどで得てきた知識をチェックしてきました。
 これもまたブックオフ105円シリーズです。

 数年前から,エセ環境対策に対して真っ向から反対論を繰り広げている武田邦彦氏が書いたペーパーバックスです。洋泉社のこのシリーズが「ペーパーバックス」なのは,あえて世の中の常識に挑戦するためです。タブーに挑戦するためには,高い本は作れない…というわけでしょう。でも,洋泉社自身が既成のマスコミと似たり寄ったりにならないことを祈ります。
 「京都議定書は現代の不平等条約だ」ということについて,2011年現在,未だに常識になっていないのが気になります。ある意味,日本人って本当に「素直な国民」なのだなあと思います。
 自宅でエコ生活の一環として節電をし電気代を節約しても,その浮いた電気代を貯めて,休日にドライブに出かけていたのでは,その人の生活は,決してエコ生活ではない…という話にはうなってしまいました。確かに全体のエネルギー収支を見て判断することが大切ですからね。
 国民あげての「とりあえず環境を大切に!」という話になんとなくうさんくささを感じている人にとっては,納得できる内容が多々あると思います。

 本書の最後のほうに,池田清彦氏との対談が出て来ます。ここには外来種との付き合い方の話も出て来て,ブラックバスやセイタカアワダチソウのことも取り上げられています。

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明泉寺・その2

 明泉寺の続きを…。
111106_01 私が見た明泉寺の特徴・その1…古い木造仏像がたくさんある。
 本堂から左に上がったところには観音堂(大悲殿)があります。ここには,藤原時代と言われる木造の仏像がたくさん収められています。丈六の阿弥陀如来座像や古い(池や土の下から出てきたという)仏像の一部(大きなお顔や12体以上もある十二神将など)が,所狭しと並べられています。なかなか異様な雰囲気です。また境内の釈迦堂には,とても大きな木造の釈迦如来が坐っておられます。
111106_02  明泉寺の特徴・その2…石造物が多い。
 このお寺には,石塔など石でできた作品?がたくさんあります。境内には,重文の五重塔を始めとして,地蔵菩薩立像や水船などがありますし,ちょっと離れたところには「明泉寺石塔群在地」があって,「頼朝の墓」と言われている石塔もあります(昨日の絵図では,中央やや右下に書かれている石塔群の所。一番高いのが頼朝の墓だろう)。
 10年前に都会から戻ってこられたという住職さんとじっくり話ができて,おもしろかったです。それにしても,寺の管理が大変そうです。みなさん,ご協力を! 

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明泉寺で1時間じっくりと…

111105_01  今日は,一日時間があったので,穴水方面のお寺回り?をしてきました。
 最初に訪れたのは,白雉山明泉寺です。
 「明泉寺縁起」によれば,このお寺は白雉(はくち)3年(652年)に開創された真言宗のお寺だそうです。
 最初は住職さんが見えなかったので,勝手に本堂でくつろいでいたのですが,なんどか呼ぶうちに出ていらして下さいました。「時間がありますか?」と聞かれたので,「たくさんあります」とお答えすると,仏像の話からこの寺の話まで,いろいろと話して下さいました。
111105_02 このお寺のご本尊は,千手観音立像です。秘仏でご開帳は7年に一度だそうです。今,ご本尊は修理に出ているそうで,厨子のなかは空っぽです。
 明泉寺の境内には,国指定重要文化財の石造五重塔があり,見応えがあります。その塔の最下部にはこれまた石造りの大日如来像が坐っていらっしゃいます。かわいいです。
 また,普通は見られない「紙本着色明泉寺絵図」(202㎝×143㎝)という巻物も開いて見せてくださいました。この絵図は室町末期の頃の明泉寺の伽藍の様子がしっかり描かれています。昨晩に『図説 穴水町の歴史』でその写真(下の写真)を見ていたので,実物をみて感動しました。丁寧に説明もして下さいました。

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職場体験の感想・その2

111104 中学校文化祭で見た中学2年生の「職場体験の感想」から,おもしろかったものをもう一つ紹介します。
 このふたりの男子生徒は「○△牧場」へ職場体験に行ってきたようです。
 それで牛さんの生活とかを見て,いろいろ考えたわけです。
 1人のものは右の写真をご覧下さい。もう1人のやつは,下に抜粋しておきました。

 三日間の長いようで短い職場体験でした。
  (中略)
 牛にエサをあげる体験では,ものすごい量のエサを食べる牛に感心しました。
 僕たちも牛に負けないくらいご飯を食べて,牛のようによく寝て,大きくなりたいです(^o^)

 職場体験で学んだことっていろいろあるんですねえ。

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宮本常一著『民俗学の旅』

 ブックオフ105円シリーズを続けます。
 今回は,柳田國男に次いで民俗学の草創期で多くのはたらきをし,著作もたくさんある宮本常一氏です。彼の本では,『忘れられた日本人』(岩波文庫)を読んだことがありました。今回紹介する文庫はその宮本の自伝的エッセイ集です。105円だから買ってみましたが,良い本でした(^^ゞ。古本じゃなくても購入して読んでみてください(^_^)v。

 ご存じ(というか,このレビューを読んでいる人はご存じのハズ)民俗学者として地道な活動をしてきた宮本の自伝的エッセイです。「なんで,こんなことまで覚えているの?」と思うくらい,小さいときの思いでも昨日体験したような表現で書かれています。
 宮本が,渋沢敬三(渋沢栄一の孫)ととても深い関係を持っていたということは本書で初めて知りました。敬三が宮本に対して,再三,「しっかり研究するために体も時間も大切にしろ!」と言っているのがよくわかります。敬三を見ていると「そんなに人の人生に介入するなよ」と思ってしまうくらい,宮本の就職等に対してもあーだこーだと助言?をしています。
 本書には,能登半島にある時国家に赴いたという話も出て来ます。能登も民俗学にとっては「宝の地方」だったんですね。

 本書には,能登半島の調査のことについても紹介されています。

 この調査(引用者註:五島列島の調査)から帰ってくると,私はすぐ能登の調査に出かけた。これは漁村の調査もかねていたが,社会学の武田良三先生(早稲田大学教授)の班に属して村落の調査に力をそそいだ。そこには中世的な組織を多分に残したものが多く,中世社会というものは土地によってはそんなに容易に消滅するものではないことを知った。対馬と言い能登といっても,内乱のきわめて少ないところである。そういうところに中世的な社会が残存しており,また中世的社会といっても地域によって少しずつの差がある。まず中世的社会の残存する地方の調査をしてみることは重要なことであると考えた。
 …中略…
 時国家の古文書は常民文化研究所から五巻ほど刊行されてあとが続かなくなった。
                             「12 戦後の農漁村をあるく」167p

 能登の時国家については,その後,網野善彦さんがとても詳しく発表してくれています。その先陣を切っていたのが,宮本さんだったんですね。能登を調べようと思ったのも,渋沢敬三氏が「能登の時国家に門外不出の古文書がたくさんあるから見にいってくれ」というので出かけていったそうです。

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セイタカアワダチソウとススキの共存

111102  一時期,この能登半島の先端でも外来種であるセイタカアワダチソウが至るところに見られて,「これじゃ,ススキが生存競争で敗れるのも近いなあ」と思っていました。そのころ,五木寛之の「青春の門」という映画もあり,それは九州を舞台にした物語で「あれは背高泡立ち草~」なんて挿入歌があった気がします。そういえば,最初の頃の『青春の門』も,学生時代に読んだっけなあ。
 さて,そのセイタカアワダチソウですが,最近,まるでサルビアのように小さくこじんまりとして黄色い花を咲かせています。最盛期のあの勢いが感じられないのです。なんとなく,「ススキさん,一緒に生きて行こうね」って言っているようにも見えます。

 この辺りのことについて,『青春の門』の作者の五木寛之さんは,『百寺巡礼第四巻』で次のように述べています。

 ちょうど,石塔寺への道すがらの田んぼでも,その状態を見ることができた。ススキとセイタカアワダチソウが,お互いに寄り添うようにして生えているのである。
 激烈に戦ったすえに,仲よく共生していこうという姿勢になった。セイタカアワダチソウがなで肩になって,なんとかここで生かせてください,という感じに変わってきたのだ。(「第36番石塔寺」『百寺巡礼第四巻』,156p)

 では,五木さんは,なぜこんな話題を『百寺巡礼』という本で取り上げたのでしょうか。
 それは,神仏混交なんでもありの「日本人の文化の多様性こそ,これからの世界が見習うべき点がある」という指摘なのです。

 あまりに厳格に押しつけると,根づかないのではないか。
 厳格に押しつけるということは,元からあったものを根絶やしにして,その上から異質なものを強制するということだ。私は,それではだめだという気がしている。
 ピュアな宗教の立場から見れば,「馴化」や「習合」はよくないものであり,異端だとされるにちがいない。
 けれども二十一世紀はもはや,そういう考えでは乗りきれないという気がする。異端とよばれるものも,文化の多様性にすぎない,と考えたほうがいいと思う。(同書,160p)

 最近の学校では,ハロウィンまで出て来ています。私はついて行けないけど,たぶん,これが日本人の姿なのでしょう。こうしていろんな文化を取り入れて日本風に付き合い,新しい日本文化を作っていく。多様性を取り入れることがうまかったからこそ,今の日本があるのだと思います。
 これまでに悲劇があったとすれば,「神国日本が一番」と叫んでいた時です。これは日本の文化にあわない思想だったはずです。

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ある男子中学生の職場体験の感想

 中学校の文化祭で,職場体験の報告(パワーポイントの原稿)が掲示されていました。職場体験した中学2年生は,私が5年生の時に担任をした子たちです。そこで,その他の掲示物よりじっくりと見て来ました。
 そのなかに,「○△保育所」へ体験に行った男子生徒の感想もありました。たとえば,こんなんです。

 最初僕は「保育所は難しいんだろうなあ~」と思っていましたが,やってみるとおもった以上に難しかったです。
 でも子供と遊んでみるとおもしろかったです。
 でも…殴られたときもありました。怒りそうになりました。
 でも,楽しくてよかったです。
 最後の日は悲しかった。
 改めて思ったことはやっぱり保育所は難しいと思いました(^^ゞ by○○

 報告に出ていた写真には,小さな子と遊んでいる楽しそうな顔の男子生徒の姿がありました。
 職場体験もなかなかいいものですね。 

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