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新居信正著『あとにムナシサだけが残る実践からの訣別』

110930  新居信正先生の本の紹介をします。新居先生については,今年の8月22日のこの欄で取り上げて以来,その著書の紹介をしてきました。
 1993年発行の本書は,残念ながら,一般の書店では手に入りません。仮説実験授業研究会に所属しているメンバーに聞くか,四国のキリン館という本屋さんへ行くと置いてあります。
 本書には,新居先生がいろんな場所(『ひと』『算数教育』『数学教室』『婦人教師』『のびのび』など)に書いてきた授業実践記録や認識論・授業論・教育論の論文が収められています。さらには,講演記録も載っています。とても小さい本だけど,中身は詰まっています。
 私は,新居先生が発行していたガリ本『語り草』『正常化通信』や講演から,藤森良蔵や南郷継正という人を知り,自分でも著書を集めて読んでみるようになりました。
 「恋愛をしているときのように,授業研究に夢中になれ」というようなことをいつもいっておられました。自分の実践に裏打ちされた新居先生の厳しいコトバは,わたしたちの心を奮い立たせてくれます。

 ここに,風呂敷があります。この広げてある風呂敷を持ち上げようとしたら,中央の一点をつまんで持ち上げれば,風呂敷はスーッと上がってきます。この一点こそが,まさに「仮説実験授業の基礎文献であり,思想と方法」なのです。だから「まず,仮説実験授業の基礎文献をぼろぼろになるまで読み,思想と方法だけ」を身につければ,教師としての力量がスーッと上がってくるというわけです。(68p)

 教科書批判の原点は,「算数がワカラナイ」という現実の目の前に居る子どもから出発しなければならぬ。エライ学者先生のコトバを信じて,幻想から出発してはダメである。(173p)

 教師が子どもに説教するときに「失敗は成功の基や」とか平気で言うけれども,そんなことはないんです。「失敗は失敗の基」なんですよ。失敗が成功の基になるためには,それを認識する主体の想像力が立派でないとできない。(98p)

 教育だの授業だのと大きなことをいっても,所詮人間サマのやることである。子どもとぼくの「人間」をかけて,オープンにわたりあいたいと思っているだけのことである。(148p)

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