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某事務所の「神頼み」

110702  この間本棚を整理していたら,1999年10月8日の写真集(現像したときにもらえるヤツ)が出てきました。そのなかに右のような神棚の写真がありました。そういえば撮った記憶がある。
 この写真は,柏崎刈羽原発に見学に行ったときのものです。あの時は,ニホンの科学技術のすべてを集めて作った絶対安全の原発の施設の中に,神棚があることがなんとも違和感があって思わずシャッターを押したのでした。
 このときは,巻原発予定地にも行ったけど,巻原発は住民投票で却下されたんだよね。
 今から10年以上も前になるんだなあ。
 以前から「科学技術を信じます」という言葉にも違和感を持っていたのですが,この写真のように「最後は神頼み」というのが,明治以来の日本人の姿なのでしょうかね。
 今回の事故は神が見放したのでしょうか。
 そうではないはずですね。

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コメント

こういうのはあまり適当ではないかもしれませんが、太平洋側に原発を作ったという点では、神は見捨てていなかったと言えるのではないでしょうか…。
これが、日本海側の原発事故であったのなら、放射性物質とのたたかいはもっと広範囲になっていたでしょう。

私は、科学技術を「ショーウィンドーの商品」として捉えています。過大に評価をすれば「思っていたのと違う」と痛い目にあうし、変なウワサに流されるとせっかくの有意義なものを買い損ねる。

今回の件で、原発に関わった人たちのほとんどが懺悔して、改めると思っていましたけれども、まったくですからね。
「頼みごと」が多すぎた結果としか言いようがありません。

私の僻んだ見方ですが、「反原発派は、なぜ逃げ道を考えていなかったのだろう」「汚染される水道の代わりにペットボトルを用意していなかったのだろう」と思うことが多々…。

投稿: salir | 2011年7月 3日 (日) 22:00

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