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サークルでした

 今日は月に1度のサークルの日。一番楽しみにしている日です。
 朝からレポートを書いていました。途中になったので持っていけなかったレポートもあります。いつものことですが…。
 話題は,

競歩,かけわり図,教育勅語,松坂屋,学習障害,原発問題,分子模型,なまえデザイン,気仙沼訪問(これは興味本位ではなくボランティアでもなくとっても近い親戚がいることで訪問した),燃焼の授業,鶴彬の川柳,風力発電,ジャンボ鍵盤…など,

本当にいろいろでした。
 たったの3時間くらいで,これだけの内容について(本当はもっとあるが…),ある程度まとまった話や感想を自由に出し合える会は,なかなかないでしょう。
 すぐに役立つ指導法を学ぶのも大切でしょう。でも教師としてのバックグランドも学べる場がサークルだと思っています。
 珠洲たのサークルを始めて23年。これがなかったら,今の私はたのしい教師生活を送っていなかっただろうなと思います。退職まであと10数年。なんとか楽しく勤めたいものです。
 ただ,最近の教育界は学力・学力と喧しいので,とりあえずその流れとどうつきあっていくのかも,自分の精神衛生上大切なことですね。私は「今の子どもたちは何を望んでいるのか」「お前が子どもたちに与えたいものは何なのか」を忘れないで行きたいです。それは巷に言われている「学力」じゃないし「活用力」でもないでしょう。

 子どもたちが,今,学校で求めているもの…あなたは何だと思いますか?
 子どもたちは,今,本当に「学力」を求めていますか? 「活用力」を求めていますか? これからの世界は「活用力」があればいいのですか? そもそも「活用力」ってなんですか? PISAで一喜一憂することは,A君にとって本当に大切ですか?
 自問自答すれば,流されることだけは食い止められそうです。

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コメント

いつも反応,ありがとうございます。
教育界にも「費用対効果」の考え方が忍び寄っています。目に見える数字の効果をあげるって大変です。確かにそういうものさしもあるでしょうが,もっと長い目で見なければならないものもあるでしょう。
平均点で見る風潮は,しばらくなくならないんだろうなあ。
点数に直接つながるような授業をすればするほど学びから遠ざかるのは,数十年前にも経験しているハズなんだけど…。

投稿: 珠洲たの管理人 | 2011年5月22日 (日) 07:20

「大人たちの為の教育」になった感がありますね。

いわゆる校長先生らによる“田植え方式”だったり、ある児童や生徒が登校すると歓迎し、ある子は登校されて困ると言った先生もいたり。。。

学習到達度調査等にしたって、大それたテストをしなくても、現場に先生が、報告するなりすればいいだけのような気がするのに…。

そういえば、いまの高校ではほとんど「物理」の授業がないとのこと。ほとんど役に立たないからなどということを耳にしたことがありますが、間違っているような気がします。
確かに、ほとんどの公式や法則は忘れてチンプンカンプンになっています。けれど、直接役に立たなくても、何かにリンクすることがうまくは言えないですが、あると思うんですね。

いまの学者や研究者も、子どもたちと似ている部分があります。
それは、「それは何に役立てるのか」ということを具体的に記述しなければ、予算が降りてこない仕組みだからです。
だから、人の役に立つような研究・人にとって都合の良いものしかしかしなくなる。もちろん、人の役に立つことをすること自体は悪くはありませんが、人の役に立つ技術を開発するには、人の役に立たないこと・くだらない知識や技術が叡智とつながるわけで。

投稿: salir | 2011年5月21日 (土) 22:47

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