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文科省「放射能を正しく理解するために」を読んでみた

 今日の『北陸中日新聞』のこちら特報部のコーナーに「子ども被ばく基準で文科省冊子」「ストレス強調 問題隠し」という特集が組まれていました。原発事故以来,『北陸中日新聞』はとても精力的に原発問題を扱っており,その記事も多方面にわたるので興味深く読んでいます。
 で,私はこの文科省が出した冊子をネットで読んでみました。この冊子については,さまざまな反論が出て来ています。その反論の反論も出ています。
 まずは,文科省の「放射能を正しく理解するために」を読んでみてください。
 その上で,次のある精神科医の文章をお読みください。
 以下の文章は「転載フリー」ということなので,ここに転載しました。

…ここから転載…

大阪で精神科医をしています。
原発問題には以前から関心があり、今回の福島原発の事故も気が気ではなく、
事態の展開を見守っていました。
最近になり、精神科医としても黙っていられない状況となり、
以下のようなメールを友人の精神科医たちに送っています。

文科省が教育関係者に向けて「放射能を正しく理解するために」という文書を
4月20日に発表しています。
精神科領域に関係することが書いてあるとのことでしたので、
目を通してみたのですが、なんてことだと頭を抱えてしまいました。

「放射能を正しく理解するために」

前半は、あの「年間20mSVまでは安全」というとんでもない基準について
述べられていて、これだけでもかなり不愉快なのですが、我々精神科医に
直接関係してくるのは後半です。12ページの一番下に
「放射線の影響そのものよりも、『放射能を受けた』という不安を抱き続ける
心理的ストレスのほうが大きいと言われています」と書き、
13ページ以降にその説明として、心理的な強いストレスの受けたときの子供
の反応を解説し、「PTSD」について述べ、「放射能のことを必要以上に
心配しすぎてしまうとかえって心身の不調を起こします」と結論付けて、
「からだと心を守るために正しい知識で不安を解消!」と結んでいます。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)は過去の心的外傷が原因で発症しますから、
現在進行形の事態に対してPTSDを持ち出すことはそもそもおかしな話です。
また、あたかも「放射能を心配しすぎて」PTSDになるかのような説明は
間違っています。「心配しすぎて」PTSDになったりすることはありません。
PTSDはレイプ、虐待、戦争体験、交通事故などなど、生命が危険にさらされる
現実の出来事の後に生じる疾患です。
今、原発被害に関してPTSDを論じるのであれば、PTSDの予防ですから、
「安全な場所に避難すること」と「事実を伝えること」が必要です。
ところが文科省のこの文書は「年間20mSVでも安全という間違った情報」を与え、
「避難の必要はない」と言っていますから、PTSDの予防としても間違っています。
そもそも放射線の被曝による生命の危機を認めていません。
あまりのお粗末さにあきれてしまい、開いた口がふさがりません。
福島原発の事故の責任は国にあります。
この文章は加害者である国が、被害者の口を封じ、あたかも被害の責任が
被害者側にあるかのような論述を組み立てています。
これは、レイプでも幼児虐待でも加害者側がよくやるやり方です。
このやり方を繰り返されているうちに、被害者は被害を受けたという事実が
見えなくなり、自分を責め、PTSDであることすらわからなくなってしまいます。
PTSDという疾患概念は、被害者が自分の症状と過去の出来事との関連に
気づくためのものです。
それを被害者の口封じのために利用していることに腹立ちを感じます。
こんな内容の文書を信じる人はいないだろうと思っていたのですが、
先週末に福島出身の作業療法士さんと話をしたら、
「そんなことありませんよ。信じてしまいます。肩書のある偉い先生や、
政府の人が言ったら、一般の人はそうかなって信じてしまいますよ。
福島は混乱しています」と言っていました。事態は切迫していて、
黙っていたら加害者側に立つのと同じになってしまいます。
時間も気力も限られていますので、まずは伝わりそうな人に伝えています。
この文書の作成に協力している小児心身医学会とメールのやり取りをしている
のですが、なかなか動こうとしません。
トラウマティックストレス学会には原発事故の際の心のケアについてちゃんとした文章が載っていました。

原発事故による避難者/被災者のメンタルヘルス支援について

以上です。
福島の皆さんにこのことを知らせたいと思っています。
文科省に文書を撤回させることはできなくても、
知識を広めることで文書を無効化してしまえたらと思います。
転送等していただけたらありがたいです。
チェルノブイリの事故の後、心身の不調を訴える人々に対してソ連が
「放射能恐怖症」という精神科的な病名をつけて、
放射線被曝の後遺症を認めようとしなかったことがありました。
それと同じことが日本でも起こるのではないかと心配しています。
放射線被曝の被害を矮小化しようとする国の態度は正さなければなりませんし、
そのために精神医学が利用されることを防ぎたいと思っています。

…転載終わり…

 これを読んでどう思われましたか?
 本人の名前も名乗らないなんて…と思われる方もおいでるでしょう。私もそう思ったので,まずはこの記事の本名が分かるのかどうか調べました。するとちゃんと名乗っておいででした。
 この記事を転載した別の方のブログに書き込んでおられます。そのブログには,この文章への賛成・反対意見も出ていますので,あわせてお読みください。以下にリンクしておきます。

http://d.hatena.ne.jp/eisberg/20110515/1305439297

 さらに,「放射能を正しく理解するために(赤ペン入り)」というものもありますので,文科省の冊子を本当に正しく理解するためにも一度ご覧下さい。

 今回の事故は,これまで放射能についてあまり考えてこなかった方々にも,「放射能についてちゃんと知ること」を要求しています。今回のこの冊子をめぐる意見にもいろいろありますが,そういうのをしっかり読んで判断できる大人になりたいものです。
 決して大本営発表だけを信じて子どもたちに与える大人にはなりたくないものです。少なくとも,<その主張の根拠となっているもの>をしっかり捉える必要があります。

「本当のことの一部分を並べ立てることで,相手のイメージを誘導する」ことはいつの時代にあっても(洋の東西を問わず),時の為政者のやることだと思っていた方がいいようです。 

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コメント

 今回も次から次へと「実は,…でした」という事実が出て来ますね(考えてみれば,これまではもっと時間が経ってからの「実は…」が多かったのですが…)。「データがなかったから言えませんでした…」みたいな感じで出て来ますよね。
 でも,最近の発表された「メルトダウン」にしろ,「地震ですでに配管はこわれていた」にしろ,あまりデータがない状態であっても原子力資料情報室などのメンバーはしっかり文章や会見で指摘していたことです。
 データがほとんどない中でさえ,その筋の専門家で指摘できることが,東電や保安員は,なぜ「もしかしたらそういうこともあるかも知れません」と言えないのでしょうか。それは「住民がパニックを起こすかもしれないから」ということ以上に,その場をなんとか繕いたいという自己保身意識ではないでしょうか。
 今のままじゃ,日本の原発には未来はありません。ここで私のいう「原発」には,それを進める人たちの「心や態度」までも含んでいます。もう田舎をいじめるのはやめましょう(お金で潤ったのは現代を生きる一部の人たちです)。
 都知事が「東京に原発を」と言ったら,知事選の投票率は上がるかも知れませんね。そのとき,今まで投票率がとても低い都会の人たちは,現状維持を認めてきたということに気付くでしょう。
 とりあえず,浜岡が止まったので,まず一安心です。

投稿: 珠洲たの管理人 | 2011年5月21日 (土) 20:44

そもそも、この国は2006年の原発指針策定の際、原発事故を起こしても責任を取らないことを決め、認めたのです。

「想定を越える災害が起きた場合」は、「大量の放射性物質が漏れ」、その結果「付近住民が著しく被ばくする」。それに対して、必至に抵抗された先生がいらっしゃるのですが…。


原発には、民主・自主・公表の3原則があります。
つまり、民主的な手続きをもとに、内外に干渉されず決定し、公表をすすめるというものです。
自民党の肩を持つ訳ではありませんが、この席はちゃんと公表するようになっていましたが、大手マスコミは一切入らず、報じもしませんでした。そして、柏崎刈羽・福島を迎える訳です。


年間20mSVまでへの引き上げは、まさに、3原則を無視していますし、ニッポンが原発汚染国であることを世界に発表したことなります(そんな国に渡航を希望する人はいないし、そんな汚染国でつくられた野菜を食べたくない・食べさせたくないというのは自然な行動です)。年1mSVなんて…とおっしゃる方もよくいらっしゃいますけれども、1mSVで諦めなきゃいけない部分もあるけれども、一度、規制を緩めると、明るい日本を子どもたちに明け渡すことができないから…。


いま、福島の子どもたちが浴びている放射能は、月24回以上のレントゲンを受けているのと同じ状況です。まさに、この国、そして大人たちは、将来を担う子どもたちを殺そうとしています。
地産地消が推し薦められ、給食にも汚染された野菜が使われている。除染のされない運動場を子どもたちが駆け回っている…。

こうした姿を見ていると、原発以上に人の脆さを痛感します。


より良くする技術があるのに、認めない。
放射線は四方八方に広がるのに、非難させない(安全だと言う)。
放射性物質が飛散しても、対策をさせない、除染を積極的にすすめようとしない。
汚染されている野菜を食べさせる。
子どもたちを、疎開させない。
マスコミは、平然と同心円を未だに使い半径20km圏を危険という非科学的な手法を使う。

もちろん、国や自治体、東電にも責任はあります。
しかし、私は、できることをしない国民も決して声高に被害者だだなんて言えた立場じゃないと思います。

ここ2か月、多くの情報に接し、「原発慎重推進」という立場から「原発慎重・反対」の立場に移行しました。
でも、それは、「原発」の問題よりも、運用したり、利用する「人の心」に問題があるからです。
柏崎刈羽のとき、放射能漏れとポンプが火災を起こしました。
いまでも、(原子炉は無事でも)付帯設備は震度3〜6で壊れると言われています。しかし、この設備が壊れたら、当然、原子炉にも影響があるわけです。

それを、数年前に体験しているのにもかかわらず…。
そう考えたとき、付帯設備の補強をしないことに反発が起きない世論って一体…と私は思うんです。

「反対」という建前ばかりで、収束の為に行動しない大人たちがいないこと…残念に思います。

投稿: salir | 2011年5月21日 (土) 13:46

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