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三日月の型抜き燈籠

 このブログは好奇心の趣くままに,私が「価値あり」「知っておいていい」「みんなにも知ってほしい」と思った話題を取り上げています。で,できるだけ「画像」も用意しようと思っています。内容によってはときどき画像なしもありますけれどもね。

110531_2 さて,今日の画像は,比叡山延暦寺の戒壇院にあった燈籠の写真です。この型抜きの窓には三日月(6日月?)もありました。確か北野天満宮でも同じような燈籠があった気がします。日本人にとって三日月は,何かと意味のあるものなのかも知れません。単なる円形なら,太陽なのか月なのか分かりませんからね。
 中野純著『図解「月夜」の楽しみかた24』(講談社+α文庫)を読んでから,いろんな場所で月の模様を探すようになりました。
 いろんなアンテナを持っていると,どんな所に行っても楽しみがあり,発見があります。おもしろいなあ。

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日時計

110530  能登半島の古刹・妙成寺の境内に,なぜか日時計がありました。
 看板には「西欧中世 日時計 スペイン製」と読めます。
 この時計はちゃんと正確でした。今は,午後3時頃です,
 それにしても,なんで妙成寺にこの日時計があるのでしょうかねえ。お寺の人に聞いてみれば良かったなあ。

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アボガドの花が咲いたよ

110529  仮説実験授業ミニ授業書≪タネと発芽≫をした時,いろいろな種を植えています。それらの種は「種屋の種」ではなく,果物を食べた後の種だったり,拾ってきた種だったりします。
 この4月,2006年から育てていきたアボガドにやっと花が咲きました。実(み)はできそうにありませんが,花が見られただけでも満足です。
 芽が出た頃のアボガドは,下の記事で読めます。

 2006年12月 http://suzutano.tea-nifty.com/blog/2006/12/post_ae53.html
 2007年 6月 http://suzutano.tea-nifty.com/blog/2007/06/post_66a9.html

 今度は実をつけさせてみたいものです。

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能登にある古刹…妙成寺

110528  五木寛之の百寺巡礼に取り上げられているお寺さんのうち,能登半島にあるお寺が2寺あります。一つは門前の阿岸本願寺。もう一つが今回紹介する羽咋の妙成寺です。
 5月の連休最終日に妙成寺で「五重塔まつり」が行われました。妙成寺には何度か行ったことはあるのですが,今回は,「まつり」ということなので,その雰囲気を味わうために行ってみました。午後の便で東京に帰る娘を連れて…です。
 まずは,お祭りだったので,けっこう人がいました(以前来た時は冬だったこともあり,私だけだった…)。拝観料は無料ということで,ありがたかったです。奴行列もあったようですが,私たちが行った時にはすでに終わっていました。
110528_02  でも幸いにも,「五重塔特別拝観祈願」をやっていて,14時ぎりぎりに入ることができました。祈願料も含めて1000円/人かかりましたが,普段は入れない塔の中を見れたのでよかったです。天井を空けて,その上の方も見せてくださいました。
 上の写真の右下にある茶色の像は日蓮の孫弟子である日像上人の像です。妙成寺の歴史は彼から始まります。
 で,ここにもさざれ石がありました(下の写真)。石灰質角礫岩でできています。今年2カ所目の「さざれ石」発見です。

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シマヘビ

110527  2日前,全校の皆さんにお願いしました。
「学校の池の周りで遊ぶのはいいけど,3つお願いをします。一つ目は,池に石や枝を投げ込まないで下さい。二つ目,生き物を大切にして下さい。つかまえてもいいけど…大切に育てて下さい。3つ目,あの池の回りにはヘビが2匹住んでいます。そろそろ出てくる頃ですので気をつけて下さい。」
 そして昨日。お昼休みに子どもたちがツツジの木の回りに群がっています。行ってみると,今にも飛びかかろうとする形でにらみをきかせるシマヘビが一匹乗っていました。おそるおそる近づいて写真を撮らせてもらいました。この写真はヘビまで1mくらいの場所から撮りました。ヘビってやっぱり怖い…。

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『浜辺のコレクション』

110526   浜口哲一・池田等著『浜辺のコレクション』(フレーベル館,2000)は,見ているだけで浜辺を歩きたくなる本です。そんで歩きながら浜辺に落ちているものを拾って袋に入れて,もう一度この本と見比べたくなってきます。
 うちの自宅から100mほど行くと,砂浜(海)があります。当然,子どものころは,その海も私の遊び場でした。いろいろなものが打ち上げられていることもありました。娘達も,波に洗われ削られたガラス片などを宝物のようにして集めている時期がありました。
 でも最近は浸食が激しくて,砂浜が狭くなってきたのが残念です。
 本書には,浜辺に流れ着くもの…貝殻からはじまって,乾いたヒトデやカニの身体の一部,さらにはいろんな木の実。そして漂着物としてのゴミまで…でもそのゴミもこうして一冊の「コレクション」にまとめられると,何となくきれいで取っておきたくなるような感じです。
 浜辺の漂着物を1年間調べるだけで立派な総合的な学習ができるかもしれないなあと思いました。ただし「同定」するのは難しいですがね。

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真っ白な禄剛崎灯台

110525_01  能登半島へ観光に来たら,是非,能登半島最先端にある禄剛崎灯台(狼煙の灯台ともいう)へも足を運んで下さい。
 標高約40mの場所にとてもきれいな灯台が立っています。朝日は海からあがり,夕日も海に沈みます。
 昭和36年夏,奥能登を訪れた山口誓子は
 ひぐらしが鳴く 奥能登のゆきどまり
という歌を残しております。
110525_02  この灯台は,明治16年(1883年),日本に技術指導に来ていたイギリス人により建設されたもので,当時は灯油で発光していたそうですが,昭和15年(1940年)からは電化されました。この光は沖合34㎞までとどくそうです。
 時々中を公開してくれることがあるのですが,私はまだ入ったことがありません。レンズはフレネルレンズが使われています。ん~,やっぱりその巨大フレネルを見てみたい!! 

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延命地蔵菩薩座像

110524  地元にもなかなか素晴らし仏像があります。
 須々神社の大鳥居の左側やや奥に「天台宗寒松山翠雲寺」と言うお寺があります。その入口の左側の堂宇に木造の延命地蔵菩薩さんがいます。
 『珠洲市の文化財』によると,
 左手に災難避けの宝珠,右手にはどんなところへでも足を運ぶことを意味する錫杖を持ち,親しみやすい僧侶姿であらわす。六地蔵では,この像容を地獄済度とし,特に,結跏趺坐する姿を延命地蔵型と呼ぶ。
とあります。制作時期は「室町後期・近世説」と幅があり,定まってはいないようです。
 なかなかきれいな仏像でした。勝手に戸を開けて覗いたんだけど…よかったのかな。

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コオイムシの赤ちゃん

Kooimusi  学校の池には,野生のメダカがいたり天然記念物のモリアオガエルがいたりすることは,このブログでも紹介してきました。
 今回,学校池の水草が増えすぎたので子どもたちと一緒に間引きしていたところ,コオイムシが見つかりました。そのうちオス1匹を捕獲することができたので水槽に入れておいたところ,先日,見事赤ちゃんを産んでいました。なんでオスから赤ちゃんが生まれるのか…。それはコオイムシの「子負虫」たる所以です。
110523  コオイムシのメスは,交尾を済ませるとオスの背中に卵を産みつけます。オスはけなげにもメスの産んだ卵を背負いながら卵を守るのです。コオイムシは空気中で生きる昆虫(カメムシの仲間)なので,当然,とべるのですが,この間のオスの背中には卵が乗っているのでとぶことはできません。その間にメスはとんでいって他のオスとさらに自分の子孫を残す…のかどうかは知りません。メスに聞いて下さい。
 生まれた子どもたちをデジカメで接写してみました。体長5~8ミリくらいしかないので,うまく撮れませんでした。でもかわいいでしょう。
 上の親の写真は,「つくば発 野遊び日記」から転載したものです。このサイトの記事を読んでみると,オスの背負っている卵は1匹のメスのものだとは限らないそうです。おそるべしコオイムシのメスたち!!

 「つくば発 野遊び日記」
 http://298noasobi.air-nifty.com/noasobi/2005/09/post_33cc.html

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須々神社の社叢

110522  5月の連休に帰郷した娘に車の運転の経験をさせるため(ペーパ-ドライバーとならないため)に,地元をぐるりと回ってきました。そこで,せっかくなのでいわゆる観光名所も回ろうかと…
 最初に行ったのが「須々神社」です。珠洲市にあるけど「須々」と書きます。
 ここの社叢は国の天然記念物に指定されている森です。大木もあります。
 ここには何度か娘達をつれて来たと思っているのですが,本人は「初めてだ」なんて言っていました。ま,親と一緒に神社へ行っても,そこがどこだなんてあまり考えないもんなあ。
 連休中でしたが,出会ったのは,県外ナンバーの夫婦,一組でした。淋しいなあ。

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サークルでした

 今日は月に1度のサークルの日。一番楽しみにしている日です。
 朝からレポートを書いていました。途中になったので持っていけなかったレポートもあります。いつものことですが…。
 話題は,

競歩,かけわり図,教育勅語,松坂屋,学習障害,原発問題,分子模型,なまえデザイン,気仙沼訪問(これは興味本位ではなくボランティアでもなくとっても近い親戚がいることで訪問した),燃焼の授業,鶴彬の川柳,風力発電,ジャンボ鍵盤…など,

本当にいろいろでした。
 たったの3時間くらいで,これだけの内容について(本当はもっとあるが…),ある程度まとまった話や感想を自由に出し合える会は,なかなかないでしょう。
 すぐに役立つ指導法を学ぶのも大切でしょう。でも教師としてのバックグランドも学べる場がサークルだと思っています。
 珠洲たのサークルを始めて23年。これがなかったら,今の私はたのしい教師生活を送っていなかっただろうなと思います。退職まであと10数年。なんとか楽しく勤めたいものです。
 ただ,最近の教育界は学力・学力と喧しいので,とりあえずその流れとどうつきあっていくのかも,自分の精神衛生上大切なことですね。私は「今の子どもたちは何を望んでいるのか」「お前が子どもたちに与えたいものは何なのか」を忘れないで行きたいです。それは巷に言われている「学力」じゃないし「活用力」でもないでしょう。

 子どもたちが,今,学校で求めているもの…あなたは何だと思いますか?
 子どもたちは,今,本当に「学力」を求めていますか? 「活用力」を求めていますか? これからの世界は「活用力」があればいいのですか? そもそも「活用力」ってなんですか? PISAで一喜一憂することは,A君にとって本当に大切ですか?
 自問自答すれば,流されることだけは食い止められそうです。

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文科省「放射能を正しく理解するために」を読んでみた

 今日の『北陸中日新聞』のこちら特報部のコーナーに「子ども被ばく基準で文科省冊子」「ストレス強調 問題隠し」という特集が組まれていました。原発事故以来,『北陸中日新聞』はとても精力的に原発問題を扱っており,その記事も多方面にわたるので興味深く読んでいます。
 で,私はこの文科省が出した冊子をネットで読んでみました。この冊子については,さまざまな反論が出て来ています。その反論の反論も出ています。
 まずは,文科省の「放射能を正しく理解するために」を読んでみてください。
 その上で,次のある精神科医の文章をお読みください。
 以下の文章は「転載フリー」ということなので,ここに転載しました。

…ここから転載…

大阪で精神科医をしています。
原発問題には以前から関心があり、今回の福島原発の事故も気が気ではなく、
事態の展開を見守っていました。
最近になり、精神科医としても黙っていられない状況となり、
以下のようなメールを友人の精神科医たちに送っています。

文科省が教育関係者に向けて「放射能を正しく理解するために」という文書を
4月20日に発表しています。
精神科領域に関係することが書いてあるとのことでしたので、
目を通してみたのですが、なんてことだと頭を抱えてしまいました。

「放射能を正しく理解するために」

前半は、あの「年間20mSVまでは安全」というとんでもない基準について
述べられていて、これだけでもかなり不愉快なのですが、我々精神科医に
直接関係してくるのは後半です。12ページの一番下に
「放射線の影響そのものよりも、『放射能を受けた』という不安を抱き続ける
心理的ストレスのほうが大きいと言われています」と書き、
13ページ以降にその説明として、心理的な強いストレスの受けたときの子供
の反応を解説し、「PTSD」について述べ、「放射能のことを必要以上に
心配しすぎてしまうとかえって心身の不調を起こします」と結論付けて、
「からだと心を守るために正しい知識で不安を解消!」と結んでいます。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)は過去の心的外傷が原因で発症しますから、
現在進行形の事態に対してPTSDを持ち出すことはそもそもおかしな話です。
また、あたかも「放射能を心配しすぎて」PTSDになるかのような説明は
間違っています。「心配しすぎて」PTSDになったりすることはありません。
PTSDはレイプ、虐待、戦争体験、交通事故などなど、生命が危険にさらされる
現実の出来事の後に生じる疾患です。
今、原発被害に関してPTSDを論じるのであれば、PTSDの予防ですから、
「安全な場所に避難すること」と「事実を伝えること」が必要です。
ところが文科省のこの文書は「年間20mSVでも安全という間違った情報」を与え、
「避難の必要はない」と言っていますから、PTSDの予防としても間違っています。
そもそも放射線の被曝による生命の危機を認めていません。
あまりのお粗末さにあきれてしまい、開いた口がふさがりません。
福島原発の事故の責任は国にあります。
この文章は加害者である国が、被害者の口を封じ、あたかも被害の責任が
被害者側にあるかのような論述を組み立てています。
これは、レイプでも幼児虐待でも加害者側がよくやるやり方です。
このやり方を繰り返されているうちに、被害者は被害を受けたという事実が
見えなくなり、自分を責め、PTSDであることすらわからなくなってしまいます。
PTSDという疾患概念は、被害者が自分の症状と過去の出来事との関連に
気づくためのものです。
それを被害者の口封じのために利用していることに腹立ちを感じます。
こんな内容の文書を信じる人はいないだろうと思っていたのですが、
先週末に福島出身の作業療法士さんと話をしたら、
「そんなことありませんよ。信じてしまいます。肩書のある偉い先生や、
政府の人が言ったら、一般の人はそうかなって信じてしまいますよ。
福島は混乱しています」と言っていました。事態は切迫していて、
黙っていたら加害者側に立つのと同じになってしまいます。
時間も気力も限られていますので、まずは伝わりそうな人に伝えています。
この文書の作成に協力している小児心身医学会とメールのやり取りをしている
のですが、なかなか動こうとしません。
トラウマティックストレス学会には原発事故の際の心のケアについてちゃんとした文章が載っていました。

原発事故による避難者/被災者のメンタルヘルス支援について

以上です。
福島の皆さんにこのことを知らせたいと思っています。
文科省に文書を撤回させることはできなくても、
知識を広めることで文書を無効化してしまえたらと思います。
転送等していただけたらありがたいです。
チェルノブイリの事故の後、心身の不調を訴える人々に対してソ連が
「放射能恐怖症」という精神科的な病名をつけて、
放射線被曝の後遺症を認めようとしなかったことがありました。
それと同じことが日本でも起こるのではないかと心配しています。
放射線被曝の被害を矮小化しようとする国の態度は正さなければなりませんし、
そのために精神医学が利用されることを防ぎたいと思っています。

…転載終わり…

 これを読んでどう思われましたか?
 本人の名前も名乗らないなんて…と思われる方もおいでるでしょう。私もそう思ったので,まずはこの記事の本名が分かるのかどうか調べました。するとちゃんと名乗っておいででした。
 この記事を転載した別の方のブログに書き込んでおられます。そのブログには,この文章への賛成・反対意見も出ていますので,あわせてお読みください。以下にリンクしておきます。

http://d.hatena.ne.jp/eisberg/20110515/1305439297

 さらに,「放射能を正しく理解するために(赤ペン入り)」というものもありますので,文科省の冊子を本当に正しく理解するためにも一度ご覧下さい。

 今回の事故は,これまで放射能についてあまり考えてこなかった方々にも,「放射能についてちゃんと知ること」を要求しています。今回のこの冊子をめぐる意見にもいろいろありますが,そういうのをしっかり読んで判断できる大人になりたいものです。
 決して大本営発表だけを信じて子どもたちに与える大人にはなりたくないものです。少なくとも,<その主張の根拠となっているもの>をしっかり捉える必要があります。

「本当のことの一部分を並べ立てることで,相手のイメージを誘導する」ことはいつの時代にあっても(洋の東西を問わず),時の為政者のやることだと思っていた方がいいようです。 

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消防自動車

110520  今日も,百寺巡礼の番外編。
 右の写真は,消防自動車です。ボディーのペイントをよく見ると「比叡山延暦寺」と書かれています。そう,この消防自動車は延暦寺に備え付けの消防車です。消火設備などがいろいろと完備されている文化財は数多いのでしょうが,こうして自前の消防車を持っているなんてあまりないのでは…と思います。いやいやもしかしたら,いろんな文化財の車庫にあるのかもしれませんね。見えないところに止まっているだけだったりして。
 私が今まで拝観してきたほとんどのお寺は,例外なく何度か火災に遭っていました。火災の原因はいろいろあり,落雷による火災もれば,不注意による火災もあります。でもとても残念なのが「戦いによる放火」です。
 今回は行けなかった大原・寂光院も平成になって火災に遭っています。 
 今後はこれ以上燃えて欲しくないなあ。

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大原・来迎院

 大原の最後に行ったのが来迎院というお寺さんです。小さな山門には「如来蔵所蔵絵画・春季特別公開」と書かれた看板が立っていました。副題には「比叡山の高僧と曼荼羅展」とも書かれています。
110519 興味を持って入っていったのですが,なぜが人の気配がありません。まだ3時頃なので,拝観時間が終わったわけではないでしょう。山門をくぐって,おそるおそる真っ直ぐに進んでいくと正面の木の枠の窓が開いて,係の人が出て来ました。御朱印帳と拝観料を渡して,本堂に向かいました。やはり,人はほとんど(実際には一人だけだった)いません。
 三千院から呂川に沿って東奥に300mほど入っただけの場所なのに,こんなに観光客の数が違うとは…。
110519_02  本堂や鐘楼も古びた感じでなかなか趣があります。
 本堂には,平安時代作と言われる薬師如来(真ん中)・釈迦如来(向かって左)・弥陀如来(右)の3尊の如来さんが鎮座していて,脇侍として不動明王(向かって左)・毘沙門天(右)が立っておられました。
 境内奥には良忍上人の御廟が立っています。石の扉になっていて,中には三重石塔が建っていました。ここもまた趣があって良かったです。

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ヤマブキの花

110518_01  百寺巡礼の番外編です。5月の京都は八重桜とシャクナゲとヤマブキの花が満開でした。
 右上の写真は,大原・三千院門跡の参道沿いにあった一重のヤマブキの花です。
 右下の写真は下鴨神社(賀茂御神神社)にあった八重ヤマブキの写真です。いずれもきれいですねえ。
110518_02 仮説実験授業の授業書《花と実》には,このヤマブキや桜の一重と八重の話が出て来ます。本物が咲いているときに授業をするのが一番です。本物を持ち込めますからね。でも, 授業の時期がずれると本物を見せられないので,こういう拡大に絶えられる写真をとっておくのは便利ですね。最近の教室にはデジタル対応のテレビが備え付けられているので,印刷しなくても大写しで映し出せて便利です。
 

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ボンテン分子模型

 仮説実験授業《もしも原子が見えたなら》が終わりました。この授業書は,「すべてのものは原子で出来ている」ということを伝えるものですが,子どもたちには大人気です。当然,先生たちにも大人気です。仮説実験授業研究会内のアンケートでも「昨年の使用授業書ナンバー1」に選ばれていました。
110517 私もほとんど毎年やって来ましたが,今年始めて挑戦したのが「ボンテン分子模型」です。
 これはボンテンという手芸用の小さな玉?を使って分子模型を作るものです。約5000万倍の分子模型ができます。
 今までは発泡スチロール球を使って授業書と同じ大きさのものを作っていたのですが,この方法だと,いくらすべてのスチロール球をカットしておいても,全員がつくるのに軽く2時間はかかります。前もって,1クラス分のスチロールをカットするのためには,もっと沢山の時間がかかります。
 今回のボンテン方式は,ここ数年,研究会仲間で開発されたものです。1時間で全員が作り終えることができ,しかもかわいいです。

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山菜づくし

110516  昨日の夜ごはんは,山菜づくしでした。
 午前中,地元の「○○知ろう会」の行事に参加した神さんが,ワラビやウド,カタハや椎茸などを持って帰ってきました。近所から頂いたタケノコも参加して,山菜の料理にかかりました。
 ウドの葉っぱそのものをテンプラしたのは初めてだったのですが,年老いた祖父母は「はじめてじゃ。おいしいおいしい」と言いながら食べていました。タケノコも新鮮だったのでテンプラにしました。
 これだから田舎はいいんだよなあ。

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戦前の『朝日年鑑』

110515   古本が好きです。アマゾンやブックオフの古本もよく利用しますが,いわゆる古書というか,昔からの古書店にあるような本を集めたり読んだりするのもけっこう好きです。
 右の本は昭和十八年の『朝日年鑑』(朝日新聞社發行)です。箱や表紙には「紀元二千六百三年」と書かれています。「紀元」なんて年号を堂々と使っているので,これだけで授業の導入ができます。
 『年鑑』には,それこそいろいろな資料が入っています。そのひとつひとつを読むわけではありませんが,パラパラ見ているだけでもおもしろいです。
 例えば,昭和十八年の略暦のあと,本書の最初に出てくるのが「大日本帝国皇室」という項目です。
天皇陛下…御名裕仁(ヒロヒト) 大正天皇第一皇子男子,明治三十四年四月二十九日御降誕,御名を裕仁(ヒロヒト),御稱號を迪宮(ミチノミヤ)と稱し奉る,…以下略…

110515_02  また,本に収録されている「広告」が当時の世相を反映していて,とてもおもしろいです。広告というものは目に訴えるように作られているので,これもまた授業のネタになります。
 例えば,「大日本帝国皇室」の前のページに出ていた広告(下の写真)からは,「テイチクレコード」「大東亜戦史」などという文字がすぐに目につくし,「重要録音」の欄に出ている人の名前を調べることで学習することもできます。そこにはカタカタ名前の人も出ているので,ここから三国同盟があったことにも繋げられるでしょう。
「後援・推薦・協賛」欄を見ると,日本帝国上げて応援していることも分かるし,この団体を調べることで当時の大政翼賛の様子を感じることもできます。
 で,こんなのを見ると,今度は「本当の声」も聞きたくなったりするんですよね。

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音無の滝

110514_otonasi  「音無の滝」へ行ってきました。京都大原三千院を左に見ながら坂を登って,15分くらい歩いて行くとその滝に出会えます。
「音無というくらいだから,音がしないのかな…」
「もしかしたら,水がなかったりして…」
などと言いながら登っていきました。途中,川(律川という川です)の流れの音が遠のいて,静かになったのですが…
 ちゃんと水の落ちる音がしました。
 「音無の滝」の説明(看板)を見て納得。

 聖応大師良忍上人は,来迎院(明日紹介します)を建立して天台声明(しょうみょう,仏教の儀式音楽)や融通念仏宗を興された高僧でした。その上人が,この滝に向かって声明の修行をしていると滝の音と声明の声が和して,ついには滝の音が聞こえなくなったという故事からこの名があります。

と書かれていました。
 坂も急でしたが,新緑が鮮やかでとても気持ちよかったです。ここまで足を伸ばす人は少なくて,私たちが向かったときは,大学の男子グループと3人ずれの大人だけでした。

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電気自動車専用充電コンセント

110514  百寺巡礼の番外編です。
 写真は,下鴨神社(賀茂御祖神社)の駐車場にあった電気自動車充電用のコンセントです。どんな風に使うのかは知りません。
 使用可能時間が,0:00~24:00だなんて,結局一日中じゃん。
 これから日本のあちこちのこういうコンセントができるのかねえ。

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宝泉院

110513 宝泉院は実光院と並んで,大原寺勝林院の僧院です。ここも「抹茶付き拝観料」でしたが,「抹茶はさきほど実光院で頂いてきました」と言ったら,その分の料金をひいてくださいました。ありがたいことです。
 お部屋からはとてもきれいなお庭が見渡せます。この庭は「額縁庭園」といって,部屋の柱と柱の空間を額に見立てて鑑賞するのがいいそうです。コマーシャルにも使われたことがあるとか。
 ちょうど坊さんが,この寺の説明をしていました。時々笑いのあるお話で…私たちは途中からでしたが…思わず耳を傾けてしまいました。で,私は,最後には,ずうずうしくも(というか受けを狙って…),
「ところでご職業は何ですか?」
とお聞きしたところ,
「いちおう坊主をやっております。吉本ではありません」
という言葉が返ってきました。粋だねえ。

110513_02 この客殿の廊下の天井は「血天井」と呼ばれているそうです。確かにそう言われてみると,血痕の残った部分が見受けられました。受付で頂いたパンフレットによると…。
 慶長五年関ヶ原合戦前,徳川の忠臣・鳥居元忠以下数百名が豊臣の大軍と戦い伏見城中で自刃した。その武将達の霊をなぐさめ,供養のために,自刃した場所のものを天井にして祀ったものである。
と,書かれていました。なんとも気持ちの悪い天井でした。で,例の彼は,
「よくこんな天井の下で,何も気付かずに,お茶が飲めますね」
だって。
 それにしても,おもしろいお坊さんでした。御朱印も彼に書いて頂きました。

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なまえデザイン

110512  3年生の図工で「なまえデザイン」をしてみました。
 進め方は次の通り。
・画用紙に自分の名前のひらがなをつなげて大きく書く
・その線を黒マジックなどで太く書く(私はクレヨンも使いました)
・線で囲まれた部分に絵の具で色を塗る
・絵の具が十分乾いたら,絵の具の上に「繰り返し模様」を描く
・もう一度,名前の部分のひらがな文字を黒く太く書く
 これだけです。
 写真は,3年生の作品です(私の見本作品もあります。中央にある文字の薄いヤツです)。自分の名前がかくし絵のようになるので,掲示するのも楽しみです。
 詳しくは『たのしい授業・2011年3月号』をご覧下さい。

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勝林院の「御朱印」

110511  今回もまた勝林院ネタで。
 手作り看板と「イケメン阿弥陀様」でユニークな勝林院の御朱印には「大原問答」と書かれていました。
 受付で頂いたリーフレット「勝林院略記」によると,この「大原問答」というのは,「法然上人が顕真法師の請に応じて大原勝林院で浄土の宗義を論談せられたことを云う」のだそうです。
 勝林院のイケメン阿弥陀を紹介してくれているサイトを見つけましたので,リンクしておきます。撮影の許可をもらって,イケメンの写真が豊富に出ています。

美男の阿弥陀様 勝林院
 http://kyoto-albumwalking2.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_9f52.html

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勝林院の掲示板

110510_01  昨日紹介した勝林院の掲示板の一例です。
 たとえば,こんなんです。
 柱の下に右のようなものがあって,そこには折りたたみの椅子まで置いてあります。この看板の指示通り椅子に座って見上げると,立派な彫刻を見ることができました。
 帰るとき,受付で預けてあった「御朱印帳」をもらいましたが,そのとき
110510_02 「いろんな場所にあった掲示板がとてもユニークで楽しく拝観することができました。ありがとうございました」
とお礼を述べました。
 こんなお寺に出会えるから,お寺巡りは楽しいよなあ。
 小さいけれど,もう一度行ってみたくなるお寺さんでした。

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魚山大原寺・勝林院

110509_01  大原の3つ目のお寺は勝林院です。
 勝林院の解説書?には次のようなものが書かれています。
  天台宗 大原魚山流 声明道場 
  法然上人 大原問答 旧跡
  円光大師二十五霊場第二十一番札所
 受付?に行くと,係の方が右の看板を指して,「よく読んでください」と言っていました。思わず微笑みながら境内に入る110509_02と,さらにいろいろな場所に手作り看板があります。なんともユニークでした。
 勝林院のご本尊は阿弥陀如来です。脇侍には不動明王(向かって右)と毘沙門天(同左)がいました。阿弥陀様からは五色の綱がつながっていて,それに触れることで結縁を結べるという仕組みになっています。

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実光院

110508  三千院を出て右に曲がるとほどなく実光院というお寺さんがあります。
 このお寺は,もっと先にある勝林院(後日紹介予定)の僧院です。以前ならこんな小さなお寺には入らなかったのですが,今は「なんでもみてやろう」と思っているので,入ってみました。
 お抹茶付きの拝観料金を払い,中に入ると,小さいけれど110508_02きれいなお庭が見えました。上の写真は南側のお庭を見たところです。ちょうど休憩にもなってよかったです。
 西側のお庭の散策もできます。ここには,冬に咲く桜の木がありました。西側の庭園は奥に見える山々を借景に入れるために庭木を低く仕立ててあります。粋だねえ(下の写真)。
 三千院もそうだったけど,ちょうどシャクナゲの花がきれいでした。
 

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きょうおと~大原~三千院♪

 京都の大原へは,今まで2度訪れたことがありました。今回が三度目だけど,「こんなんだったっけ…」と思うくらい何も覚えていなかった。何せその2回目というのが25年も前だからなあ。人はこの期間を四半世紀と呼んでいる(^^ゞ
 この日の予定は,自宅に帰る前に大原により,山越えをして滋賀県に入ってから琵琶湖大橋を渡って高速に乗るという計画を立てました。

110507 ますは,三千院門跡へ。
 往生極楽院という堂宇の中の「阿弥陀三尊像」は私の大好きな仏像の一つです。凛と構えた阿弥陀様を中心にして,左右にいらっしゃる観世音菩薩や勢至菩薩はなんと少しひざを開いた正座をしていてしかも少し前屈みになっていらっしゃいます。今にも立ち上がろうとしているようにも見えます。
 私たちが入ると,お説教をしておられました。
「みなさんは,連休だから京都・大原でも行って三千院でも見てくるかと思って来られたと思いますが,今日は,少しちがった方向から考えてみましょう。みなさんは,この阿弥陀様に誘われてここにいるのだと考えるのです。今日,この阿弥陀様がみなさんをここにおよびした。そして極楽浄土の姿に出会わせたのです」
 なるほど,そう考えることで信心というのが生まれてくるのかも知れないな…と思いました。笑いありのとても楽しいお話でした。この方に「御朱印」を書いて頂きました。

110507_02  三千院には金色不動明王という仏像もあります(右は金色不動堂)。普通,不動明王といえば真っ赤に塗られて燃えていますが,ここの不動明王は確かに金色でした。平安時代作(智証大師作と伝えられている)だけあって,金色に光り輝いているわけでありませんが,それでも他との違いはよく分かります。今までは秘仏となっていたそうですが,ちゃんとお会いすることができました。

 2006年に「円融蔵(えんにゅうぞう)」と呼ばれる重要文化財収納施設ができました。そのなかには,他にもいろんな寺宝の展示がなされています。その天井には,極楽浄土院の船底天井を復元模写した絵があります。あの古い天井にはこんなすごい絵が描かれていたのかと驚くばかりです。

 最後にちょっと学習を。
 「門跡」というのは皇族や貴族が住職を務める寺院のことをいいます。またその寺の住職そのものを指すこともあるそうです(住職は通常,門主というけど)。
 三千院は,伝教大師最澄が草庵を結ばれたのに始まります。その後,皇子や皇族が住職を勤めた宮門跡です。

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浜岡原発,ついに停止命令!

 今日の夕方,「浜岡原発の4,5号炉を止めろ」という命令が管総理から出されました。「ついにその日が来たか」ととてもうれしく思います。
 珠洲原発計画が白紙撤回されたときも「遂にこの日が来たか」と思いましたが,今日もまた,そんな気分です。
 すべての原発を止めたいのはもちろんですが,「まずは浜岡原発を止めて欲しい」というのが大勢の人の意見です。これまで,何かとリーダー性が云々されてきた管政権ですが,もし,これが自民党政権だったらこういう英断を下せたでしょうか? おそらく利権のど真ん中にいるのですから無理だったでしょう。 
 このブログでも「浜岡原発をまず止めること」を何度も何度も訴えてきました。
 浜岡原発が廃炉になることが決まったわけではありませんが,私は,このまま廃炉になっていくのではないかと期待しています。
 今後30年間でマグニチュード8以上の地震の来る確立が90%近くあるという場所に立っている原発は,どんなに対策を取ったところで動かすことはできないでしょう。地震が来なければ来ないで,「いつかは来る」という確立はどんどん高くなるのですから。
 各国に先んじて原発に頼らないエネルギーの研究して,世界をリードする時代です。
 ここで日本国が政策転換ができるかどうかで,今後の日本の方向が決まりそうです。

 毎日jpの記事はこちら…http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110507k0000m010038000c.html

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三十三間堂=蓮華王院

110506  京都七条通の南側にある通称「三十三間堂」-本当の名前を「蓮華王院」といいますが-に行ってきました。やっぱり神社より仏像ですね。
 行ったことのない人も,この建物が京都にあってそこに沢山の千手観音がいることはご存じなのではないでしょうか。
 正面120mもある長い建物です。
 建物の中には千手観音が1001体(左右に500体ずつ。中央に330㎝の国宝・千手観音座像がいるので全部で1001体となる)も安置されていて,ものすごい迫力で迫ってきます。坐った千手観音さんはなかなかめずらしいです。たいていは立像ですからね。
 後白河法皇の勅願により平清盛が建立したのが1164年。その後火災にあって,現在の建物と800体あまりの千手観音さんは,1266年に再建されたものだそうです。

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下鴨神社・相生社

110505  下鴨神社境内にあった「相生社」です。
 若い二人が一緒に手を合わせていました。その後ろには,もう一組が待っています。
 縁結びの神様は,やはり若者に人気ですね。この横には,「連理の賢木(さかき)」と呼ばれているご神木があります。この木は,2本の木が途中から一本になっているのです。なかなか味わいのある姿をしていました。植物もなかなかやるな…と思いました。
 このようにして日本の沢山の神様が後世に残っていくのでしょう。
 それにしても,大きな神社にはかならずと言っていいほど,このように小さな社があって,学問やら恋愛やら商売繁盛やらを受け持ってくれているのですが,これこそ「多神教」たる所以なのでしょうかね。
 こういう神社に一心に手を合わせている人たちを見ていると,明治以来の「国家神道」が「日本の伝統文化」ではないことがよく分かります。神社というのは本来はもっともっと違う意味も含んでいたんでしょうね。
110505_02 下鴨神社に「教育に関する勅語」の用紙が「自由にお取り下さい」って感じで置かれていました(上賀茂だったかも…)。用紙の裏にはご丁寧にも「口語文訳」(国民道徳教会訳文)も印刷されています。この文章を読むと天皇なんて言葉はどこにも出てこない…だからこの神社を訪れた人たちは,この神社の存在が「国家神道」という思想にしっかりとつながっているなんて思っていないんだろうなあ。
 こんなことを気にしてしまうから,神社を訪れるときの私の違和感は,なかなかなくなりません。仕方ないのかなあ。

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下鴨神社

 上賀茂神社の次に向かったのは下鴨神社。京都では「かも」を「賀茂」と書いたり「鴨」と書いたりします。これって何ででしょうかね。
 さて下鴨神社という名前は通称で本当の名前は「賀茂御祖(かもみおや)神社」といいます。で,なんで下鴨っていわれているのかというと,ここはちょうど加茂川の下流にあるからです。
110504_01 京都にある有名な鴨川という川は,下鴨神社のところで,北西から流れてきた加茂川と北東から流れてきた高野川とが合流して鴨川として流れていきます。
 この神社にはとても見応えのある森があります。「糺(ただす)の森」と呼ばれています。正月四日には,蹴鞠はじめという行事が行われます。これはTVで放映されることも多いのでご存じの方もいるかと思います。
110504_02 鳥居を入ると,通路の左側に,右上の写真のような石に出会います。私は「これはさざれ石だな」と直感しました。説明用の看板にはそのとおり書いてありました。こういうところが天皇を奉る神社の神社たる所以ですね。
 下の写真は楼門の様子です。上賀茂神社のようにかっこいいです。
 この神社でもちょうど結婚式をしていました。

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『山田洋次映画を創る』

110504  山田洋次・冨田美香編著『山田洋次映画を創る』という本を読みました。先輩の教師に勧められて…です。この先輩女性教師は,とてもステキな方です。子どもにも同僚にも優しくてしっかりしていて,たぶん若い女性教師からは「ああ,こんな先生になりたいなあ」と思うようなオーラを持っています。その先生は今年度転勤してしまい,今は別の学校にいますが,転勤するという前の日に「これいい本だから読んでみて」といって貸してくれました。
 本書は,山田組(山田洋次監督を中心とする映画スタッフたち)と立命館大学の学生が一緒になって創った映画『京都太秦物語』の軌跡をまとめたものです。この記録がそのままとても素晴らしい教育書になっています。映画の創り方の本ではありません。「学ぶとはどういうことか」を感じ取れるという本です。
 立命館大学の学生がプロのスタッフと一緒に映画を創る中で学んだことは,スタッフの打ち上げ会のスピーチや学生の最後の作文に現れています。その学んだことの中身は,単に「映画作りのノウハウがわかった」ということに止まらずに,「人間との付き合い方」や「仕事に対する姿勢」などについても広がっています。
 小此木啓吾が「モラトリアム人間」といってから随分と時間が経ち,今の学生はモラトリアムであることが当たり前になった感がありましたが,今回のこの映画創りに参加した学生たちのほとんどは,今の大人の姿勢からしっかり学び,一歩成長した自分を感じています。
 今,寅さんシリーズのDVDが廉価で販売されていて私も購入しています。ワンパターンの物語の中なのに,さまざまな人間模様を描いて涙と笑いを与えてくれる「寅さんシリーズ」は,何度見てもいいですね。本を貸して下さった先輩教師も,このシリーズを購入しているそうです。
 

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上賀茂神社

 先の二条城と同様,これまた「百寺巡礼」という分類には入りませんが,一応,このブログではそのカテゴリーでいきたいと思います。
 宗教については,以前から<あまり関わりたくない世界>でした。それは自分自身が科学を勉強して科学的に考えるというためには宗教は邪魔だったことがあります。また,宗教からは,いつの時代も血なまぐさい出来事が起きていたからです。だから,ずっと,宗教とは意識して距離を置いてきました。
 しかし,最近は,家族の初もうでにもついていくし,こうして寺回りもしています。それは私が歳をとって信心深くなったというわけではなく,もっと違う問題意識が出てきたからです。
 それは「日本の文化遺産として残っている宗教施設を訪れることで,残そうとしてきた民衆の願いを知る」ことであり,また「時の権力者がどのような理由で施設を作ったのかを知る」ことでもあります。
110503_01  上賀茂神社には何度も足を運んだことがあります…というか,ま,身近な場所でした。
 でも当然ながら中には入ったことがありません。
 そんで今回は,なんと800円も払って特別に本殿の見える場所まで入ってきました。ちょうど「春季非公開文化財特別公開」をやっていたからです。いつもは入れない場所です。私たちは御祓いを受けてその場所に入りました。御祓いを受けるなんて地元のお祭り以外にありませんからね。
 その時,上賀茂神社のいわれも始めて聞きました。この神社は「賀茂別雷(かもわけいかづち)神社」というのが正式名称で,京都でもっとも古い神社です。ここには,本殿(祭神がいるところ)と全く同じ形をした権殿という建物もあります。この権殿は,本殿を修理したときとか,もしものことがあったときに祭神を避難させる場所だそうです。なんと準備のいいことでしょうかねえ。
110503_02_2  上の写真は,細殿とその前の立砂です。立砂は上賀茂神社の裏にある神山(こうやま)を模したものです。ちなみに京都産業大学はこの山の麓にあります。京産大の学園祭を「神山祭」と言っていたような…
 下の写真は,楼門です。とてもスマートでかっこのいい建物でした。
 寺回りをするようになってからも,どうも神社には抵抗がありました。それは神社が,戦前を思い出すというか,戦前の日本社会を賛美する姿勢が明確だからです。
 でも,こういった建物が世界文化遺産に登録されていくことを思うと,単に「戦前回帰の施設」なんていっていられないと思うのです。こういう施設が残り,しかもここで結婚式などが行われていることを思うとき,日本人の神社に対する考え方についてもう一度考え直すきっかけにもなります。この日も,1時間くらいで,3組の結婚式に出会いました。末永くお幸せに。
 

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世界遺産・二条城

110502  連休2日目。今日は京都にある世界遺産をめぐることにした。今までも京都の世界遺産にたくさん行ってきたが,ほとんどすべてがお寺だった。今回は,お寺から離れて訪れることにした。
 まずは二条城。ここにはたぶん2度ほど来たことがあるのだと思うけれども,随分前なので全く覚えてはいないことに気付いた。
 右は,唐門。檜皮葺で唐破風を備えたかっこいい門だ。
 朝一番に向かったけど,すでに9時頃だったのでたくさんの人だった。二条城はふすま絵とお庭がきれいでした。

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延暦寺・番外編

110501_02  また,途中に「筆塚」と書かれた碑を見つけました。伝教大師最澄にちなんで過去書道大会が開かれていたようです。そういえば,根本中堂の廊下に老若男女によるたくさんの書道が貼られていました。小さい子どもたちの作品は特にユニークなものがありました。「この筆塚は,これらに用いられた古い筆を納め,感謝の心をもって筆を供養する塚」だそうです。

110501_01  比叡山はまだ桜が咲き始めという感じでした。山ですからね。だから境内の至るところで,桜をじっくりと味わうこともできました。このお地蔵さんには「要の地蔵尊」と書かれていました。

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延暦寺・東塔

110501  こちらは,朱塗りの建物が鮮やかに見えます。延暦寺の東塔と阿弥陀堂です。
 昭和12年(1937年)の比叡山開創1050年を記念して建立されたそうです。内陣も極彩色でなかなかすごいです。阿弥陀像も金色に輝いていました。ただ,今まで見てきた仏像がくすんだものばかりだったので,場違いな気持ちもしました。創建当時はこんな感じだったんだろうという想像はできます。
 向こうの法華総持院東塔はさらに新しくて1980年に再興されました。御堂へは入れませんが,外から見るとご本尊の五智如来を見ることができます。
 ちなみに五智如来とは,大日如来(中央です),阿閦(あしゅく)如来,宝生如来,阿弥陀如来,不空成就如来という金剛界の如来たちです。
 この東塔からは琵琶湖が見えますよ。

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