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謙虚な科学者はいるの?

110409  まずは,以下の文章を読んでみてください。
 テレビジョンの画面にとっかえひっかえ出て来て何やら権威にみちた顔でしゃべりまくる専門家たちには,そうした科学者(引用者註:謙虚に真正面から事態を考えてみる人たち)はひとりもいないように見えた。彼ら「権威」がしゃべっていたことをまとめ上げて言えば,要するに,「これほどの大地震が起こるとは思わなかった。だから,建物や道路もこわれた(だから,責任はない。悪く思わないでくれ)」。
 この文章は,阪神大震災をもろに受け被災者となった小田実が1996年に書き下ろした『被災の思想・難死の思想』(朝日新聞社)に書かれているものの一節です。今回の地震報道に際し,テレビで見られる状況とあまりにも似ています。しかし,これは15年前に書かれた文章です。
 小田実はもうこの世にいません。もしいたとすれば,今回のこの地震と津波と原発の騒ぎをどう見ていたのでしょうか。「5000人以上もの犠牲の上に学んだはずの<震災対策>とはなんだったのだ!」と落胆し,憤慨したのに違いありません。あの阪神大震災のあとも,日本の政界・財界・学界は,なにも変わっていないのです。

 便利なことに,政官財の人たちにとっては,いつも<想定外の出来事>が起きるのですから,それは誰の責任でもないのです。
 今回の津波は専門家でも予期できなかったことになるし,原発の事故は起きるはずがなかったのですから…。そう,起きるはずのないことが起きたことが自体がおかしいのです。そんなことは予想していないのですから,起こっても誰の責任でもないのです。だから,今回の原発の事故は,誰の責任でもないのです。
 東電が悪いんですか? いや違います。東電は国の安全基準に従って原発を建てていますから。じゃあ,国が悪いんですか? 否,原子力安全委員会は,さらに詳しい専門家である学者たちの意見に従って安全基準を設けていたのですから…じゃあ,その専門家たちが悪いんですか? 否,違います。専門家=自称科学者たちは,これまでの歴史を見て,「こんなことが起きるはずがない」と判断するしかなかったのですから…じゃあ,誰が悪いんですか? 
 それは「自然」です。
 人間の判断を惑わすような「自然からの情報」があったことが悪いのです。そして,すべては「天災」となるのです。なんということでしょう…。

 私たちは税金を払って,この日本国の運営をある方々にお任せしてきていますが,当の任された本人たちは,それほど我々の命を重要だとは思っていないようです。国家とはたぶんそんなものなのでしょう。ひとり一人の命が尊いものだと知っていれば,簡単に戦争は起きません。
 原発は東京湾岸には作りません。遠く離れた田舎に作ります。だって国の中枢は守らなければならないのです。田舎の命と都会の命には歴然とした差があるのです。これは大本営がシェルターに守られていて,前線では玉砕している姿と酷似しています。

 今回の津波を予測していた人がいます。原発震災も予測していた人がいます。なのに,それを十分に取り上げてこなかったマスコミがいます。マスコミも企業です。だから仕方ないのですが,そんなマスコミだけを鵜呑みにせずに,私たちひとり一人が情報を得て判断していかなければなりません。
 今回の原発震災は,誰のせいでもなく,国の進む道を示すことができなかった有権者である私たちの責任なのでしょう。
 でもこれって一億層懺悔…なんだよなあ。日本ってどうしてこうなるんだろう。

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コメント

 「パラシュートをつんでいない飛行機を運航させているような」とは言い得て妙ですね。
「万が一を考えなかった」のは「絶対安全です」と言ってしまったためです。
飛行機は「絶対安全」とは言いません。言わないけれどもみんな乗っています。それは,ある意味自己責任の面があるわけです。でも,いざ,飛行機事故があればすべて会社の責任ですね。
よく反応して下さるsalirさんの指摘は,いつも鋭くて刺激的です。
今回の事故から何を学ぶのか。私は一応教育者なので,何を子どもたちに伝えられるのか…も考えています。

投稿: 珠洲たの | 2011年4月11日 (月) 20:23

私は、今回の件は「人災」だと思っています。
震度6で倒れる原発を作り、それを認め直させなかった人・人たちがいます。
地震の後に、津波が来ることなんて小学生でもわかるのに、それも見て見ぬ振りをしてきた。

公務員・官僚の世界では、予算が施行された後、現場に務めている方が、切磋琢磨して削っても、「当初の見積もりが甘かったのではないか」と言われてしまう始末。
原発においても、技術者・現場に務めている方が「危険だから改めたい」と認可した国に求めても、「それはできない」「しても構わないが法を犯すことになる」と言ってしまう始末。

「安全」という言葉だけが走り、パラシュートをつんでいない飛行機を運航させているような。

原子力委員(=原子力推進)と原子力安全委員(=原子力批判)でバランスをとっているにもかかわらず、経済産業省は保安院(=原子力推進)を作ってしまう始末。結局は官僚の保身のうえに作られてしまった。
だって、原子力本体は何も運行上は問題を起こしていないんですもの。

科学的な根拠もないのに、同心円を描いたり、世界一の技術はたくさんあるのに、その技術に対応していこうとする人の心が伴わない…。

投稿: salir | 2011年4月11日 (月) 07:37

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