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『放射能で首都圏消滅』

110402  今日紹介する本は,原発に関する本です。題名からしてなかなかすごいです。
 地震が起きてからすぐに注文したのですが,来たのが2週間後。緊急重版をしたようです。
 本書は,東海地震が起きて浜岡原発で深刻な事故が起きたときに,どのようにして己の身を守ればいいのかということが,とても具体的に書かれています。腰巻きには次のような言葉が書かれていました。

 地震で原発がクラッシュしたときの放射能汚染をレポートした,2006年の本です。残念なことに,今という時代が,この本に追いついてしまったのかも知れません。
 緊急重版です! ぜひ一冊,お手元において置かれますように。
 最低限の備えを,消費者の安全を守るために設立された「NPO法人・食品と暮らしの安全基金」が責任を持って記しております。

  京セラの稲盛和夫氏らが「浜岡原発震災を防ごう!」という署名を呼びかけているそうです。とにかく,危険な場所に立っている浜岡原発は今すぐに止めるべきです。そして,ちゃんと止まるより早く東海地震が起きたときのために,本書をしっかり読んで,準備をしておくことが大切です。次は,全く想定外ではありません。しっかり予言されています。

 本書のことを,「今の地震に便乗した本だ。けしからん!」とか言う人もいますが,現実から学ぶべきことをその機会に学ばないと,また同じ目にあいます。スリーマイル島の原発事故で全世界が原発開発を止めておけば,チェルノブイリもなかったし,今ごろ,世界は原発より便利なエネルギーを見つけたり省エネをもっと進めることもできていたのかもしれません。
 どんどん使え!と言わんばかりの発電量を増やす世の中は,とうてい長続きしないのですから…。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

貴重な意見ありがとうございます。

省エネがどれほど大変なことかはよくわかっています。
資源を使うことが持続可能な社会を作ってきたという指摘もなるほどと思います。

建物の気密性を高めた結果,エアコンが必要になり,部屋の外に熱を出したあげく,より外が暑くなり,またまたエアコンが必要になる。この悪循環。全くバカみたいです。
これは,人間の進歩なのでしょうか?

うちは田舎なので,夏もほとんどエアコンは必要ありません。2基ありますが…。

エントロピーの法則からすれば,一度発散してしまったエネルギーは次に集めるときにはより多くのエネルギーが必要になります。
水力発電はまだ「持続可能」の部類に入りそうです。発電して下流に行ってしまった水を上に上げてくれるのは太陽エネルギーですから。

でも水力発電施設にしても,太陽光パネルも火力発電も原発も、今のところ石油があるからできることです。石油が無くなった時点で,私たちは今の生活を放棄しなければなりません。

持続可能…というのは,人間が長く生きて生きたいってことですから,地球にとってみれば,ま,どうってことないですよね。地球は太陽が無くなるまで持続しますので。

「持続可能な社会」という言葉は,実は「企業が開発を続けていける社会」という意味ですよね。もちろんそれはある程度私たちが今の生活をエンジョイできる世界でもあるわけです。これまでは,その社会の実現のために原発を認めてきた人たちが多数派だったわけです。

社会を作っている一員として、現状を認めなければならないとすれば,社会は変わりません。
「そんなの不可能でしょ」と思われることを,社会の一員が言っていくことで、少しずつ世の中は変わるのかもしれません。

「原発止めたら電気はどうするのだ!」と言われて,「こうこうこうで電気は余っています」と説明したり「こんな代案があります」といってそ原発廃止の方向を示すというのも学者達や為政者にには必要ですが,私たちはもっと無責任に「原発止めろ」だけでいいと思うのです。
このあたりのことは小田実さんが「される側の論理」として,とても分かりやすく書いていました。

ところで原発を容認してきた自治体への批判がないのは,その自治体も地震の被害者だからでしょう。それこそ日本の心なんでしょう。
日本人は一億総懺悔が好きなので,あまり「責任はあなただ!」言うと「おまえも電気を使ってきたじゃないか」「これからは電気を使うな」と言われます。環境問題をいうのなら「車に乗るな」とかね。
まったく低級な議論ですが,わりとこれに似たことって雑誌にも書かれていたりするんですよねえ。

現代を楽しく贅沢に生きたければ,これからも原発を作ればいい。だって今回のような事故は滅多に起きないんだから。
でも技術は高度で複雑になればなるほど,一度壊れたときの危険が増すのも確かなこと。
今回の原発の事故のように,原発をいろんな装置で守れば守るほど,それらが一斉に働くなる可能性が高くなることも技術屋は指摘してきました。それに気づかないふりをして来たんですね。

今回の事故で,今後は緊急時には外からも水を送れるようなしくみにする…とか言っていましたが,それは,同時に,外からパイプをつなげる道を作るということになり,それはそれで,発電所のしくみがさらに複雑になる…もれる場所が増えることでもあります。

今後どうするのかは政府が決めることです。その政府を選ぶのは私たちですから,こうやって意見を交換しながら,いろいろと考えていきたいです。

まとまりのない意見を書いてしまいました。

投稿: 珠洲たの管理人 | 2011年4月 3日 (日) 22:11

資源を少しかじったのですが、資源の世界では、「消費を節約しようとすると資源の使用量がより増える」と言われています。
つまり、消費を抑えようという動きは資源を使わない社会にはならないということです。

私たち人間の生活が、これまでなぜ持続可能な社会であったかと言えば、それは「資源をどんどん使ってきたから」です。

これは、私たちの家を見れば、よくわかりますが、電気を使わなければならない仕組みになっているのです。サッシを入れて気密性を高め、外を見れば、コンクリートで固め“小川”等はない。
こういう生活をしている我々が、「節約しましょう」「電気を使わないようにしましょう」と言ったって出来ることは限られるし、無理が大きい。
近年は、新築の建物(寝室など)に換気扇の設置が義務づけられているザマです。昔のように風通しの良い家に済んでいたら、こんなことしなくてよかったにも関わらず。

自動車に乗る以上、どう足掻こうと化石燃料を使い製造し、運搬し、乗車することが必要になります。
自然エネルギーも空から降ってくるなら、なんの指摘もされませんが、これらも多くの化石燃料の力によるものです。
太陽光パネルは太陽光をつかって作ることができない。

いまの雰囲気では多くの原発の運転が容認されることはないでしょうが、救急医療を抱えている病院(=いざというときには電力を要する社会にいる私たち)が、自己発電を有しない(=安定供給の出来る発電方法を持っていない)ようなもので、“いざというとき”がなくなるか、なくなっても変わりに対応できるものを作ることをまず本来なら先に考えるべきだったのです。でない以上、社会が認める原発を否定はできない。

よく、インターネットをはじめメディアでは、東電が異常に叩かれます。しかし、それらを容認した自治体に対する批判がほとんどない。それどころか、率先して行動しないことに対する批判が起きない、この(むしろ被害者だと言ってしまう)空気感が私は不自然でなりません。
IAIEが日本や日本の自治体・機関より先に危険を公表しているにも関わらず、原発が危険だということとパンダが来日したことしか紹介しないメディア。
私からすれば、電力会社より優先して国民・市民を守らなければならない「市」や「県」の自治体が、守ってくれないことのほうが、よっぽど危険なものです。

チームマイナス6%もどれほど愚かなことか、少しずつ明らかになるでしょう。

投稿: salir | 2011年4月 2日 (土) 15:53

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