益谷秀次と能登線
写真の碑には「益谷秀次先生顕彰碑・池田勇人書」と書かれています。旧のと鉄道「珠洲駅」前に今でもあります。この鉄道は,先にも述べたように,すでに廃線となっています。
益谷秀次について,知らない人が多くなってきたのではないかと思います。
益谷秀次は,宇出津の出身です。衆議院議長まで務めた国会議員です。
来歴を書いておきますと…
第2次吉田内閣の建設大臣,自由党総務会長(1948~)
第3次吉田内閣の建設大臣,自由党副総理(~1950)
第46代衆議院議長(1955~1958)
第2次岸内閣の副総理
池田内閣の自民党幹事長(1960~1961)
引退後は,後継者に瓦力(かわらつとむ)氏を指名。私が中学生の時に国会見学をしたときには,この瓦氏が姿を現しような気がします。
旧国鉄能登線は,この益谷氏の尽力があったからできたと思われています。
1952年 能登線が建設着工線に選定
1953年 着工
1959年 穴水-鵜川間 開通
1964年 蛸島まで延伸され,全線開通。
ま,こんな経路を踏んでいますから,益谷氏の力があったからと考えるのも無理はありません。でも,彼がいなくても鉄道は着いていたかも知れません。
全線開通の時,半島を上げて喜んだ鉄道も,2005年になくなってしまいました。約半世紀の命だったわけです。うちのお年寄りは開通から廃止まで見てきたことになります。
出身地の宇出津には,記念館もあります。
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