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志賀原発から20㎞というと…

110331 福島原発の事故は決して他人事ではありません。
 珠洲原発計画は凍結になったものの,能登半島にはその中心あたりに,北陸電力唯一の原発・志賀原発(2つの炉)があります。
 もしもこの原発で福島と同じようなことが起き,20㎞圏内に避難勧告が出されたとするとどうなるのか…。
 グーグルの地図に同心円を描いてみました。

 20㎞(黄)でも30㎞(赤)でも,私の住んでいる奥能登に避難勧告が出されることはないようです。だから安心と言えるのでしょうか? 
 いやいやちょっと待ってください。私たちが金沢へ行くためのすべての道路は20㎞圏内に入っています。ましてや30㎞ともなると,もう私たちは奥能登に留まるしかありません。しかも,このあともしももっと広範囲に「避難せよ」と言われても,私のような奥能登の住人は,海に逃げるか,もっと危ない地帯を通ることを覚悟して金沢の方に逃げるかしかないのです。

 こんなところに原発を造っていること自体が,歴代自民党政府の「田舎切り捨て」政策のなにものでもないのですが,残念ながらその自民党を応援してきたのが,田舎の人たちなのですからねえ。

 とにかく,事故のないうちに志賀原発も廃炉にしていただかないといけません。
 今,志賀原発は止まっていますが,このまま止めても夏の電力が足りなくなることはないようです。必要のないものを造って,住民を危険にさらすのはもうやめましょう。ましてやプルトニュウム入りの燃料(MOX)を燃やすなんて,絶対に許せません。

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『原子力平和利用記念寫眞集』という本

110330 うちの本棚に『原子力平和利用寫眞集』という本が眠っていました。昭和33年に東京都新聞社から発行されています。3000円もするのですが,今だとどれくらいでしょうか? 昭和33年と言えば,私が生まれる前後ということになります。世界中が原子の力を平和に利用しようと研究に燃えている頃です。
 日本が国際原子力機関(今話題のIAEAのこと)に参加したのが1956年(昭和31年)で,茨城県東海村に日本で初めて動力試験炉ができたのが1968年(昭和38年)だから,ま,いけいけドンドンの頃でした。ついでにいうと,福島第一原発1号炉の着工が1967年と前後しています(運転開始は1971年)。
 本書は,基本的には「平和利用,推進がんばろう!」という内容ですが,ちゃんと問題点は問題点として指摘している部分も見受けられます。たとえば「原子灰の処理」では

捨て場所はどこか
 イギリスの化学処理工場では廃棄物を沖合二マイルの鉄管を通して海の急流に放出しているが,各国で原子力発電が進めば毎年何千トンもの廃棄物が造られ,すて場所に困る。さしずめ日本海溝やフィリピン海溝などの深海底に流動がないと確認されればステインレスドラムカンにつめた世界中の放射性物質が日本近海にポカポカ投げ込まれることになる。

なんて述べています。楽観的な感じも伝わってきますが,私は「そんなん困るよ」と言っているようにも聞こえます。武谷光男氏を「中間子理論の研究につくすかたわら原子力行政に批判を下す武谷光男博士」と紹介していますしね。
 本書に関しては,こんなブログがあるのを見つけました。http://blog.goo.ne.jp/ryuzou42/e/873ca6625fddc18e1bb31a99f3ede768
 私の記事と合わせて読んでみてください。

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「現場」の思想

 昨日紹介した小田実の『生きる術としての哲学-小田実最後の講義』(岩波書店)から,幾つか紹介します。
 小田は「現場の思想」と題する章で,「いま世界は混沌としていて」「だから「現場」だということです」と述べ,その「現場」をわれわれはしっかりと認識し,判断をしていかなければならいと述べています。そして「〈現場〉の判断の条件について」次の2点を挙げています。

「される側」から考える
 される側というのは,爆弾を落とされる側,避難させられる側,殺される側ということです。政治は「する側」で考えるのかも知れませんが,それでは判断を誤ります。イラク戦争だって,爆弾を落とされる側から考えれば,テロ撲滅を御旗にして戦争を起こすことが如何に間違っているのかが分かります。
 これについて,小田さんは興味深いことを言っています。
 日本人の特徴のひとつに,「される側」の人たちが進んで「する側」の立場で考える,という奇妙なことがあります。私が市民集会でしゃべると,必ず「小田さんの言うとおりにやったら日本国はつぶれます」と立ち上がる人がいる。「あなたは総理大臣か」と言ってやります。何でそのへんの煙草屋のおじさんが,総理大臣の身になって一生懸命考えるのか。なぜ「される側」の人間が,わざわざ「する側」に回るのか。こんな国は日本だけです。(33p)
 そうですね。ネットを見ていても,高所=する側からものを言うような人が多いです。「原発止めよう!」というと「止めたら困るだろう。別のエネルギーを考えろ!」なんて必ず言いますよね。私たちは指導者ではないのだから,とにかく生活を守ることを考えて意見を言っていけばいいのです。それは無責任でもなんでもないんだと思います。

 もう一つ大事なことは,「知的であること」です。
 「知的である」というのは,大きな広い円のなかでものを考えること,そして大きな時間的な広がりのなかで考えることです。そのために知識が必要になるわけです。(34p)

 そして最後は「ヒューマン・イマジネーション」です。知識には限界があるので,その知識を超えて「人間的想像力」を働かせて判断をしていくのです。

 以上の3つが小田さんの言う「現場の思想」「現場で判断するための視点」ということになります。

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小田 実

 最近,小田実さんの本を読みました。小田実と言えば,「ベ平連」の運動で有名です。私より少し前の世代の教師はみんな知っているでしょう。私も学生時代に『何でも見てやろう』とか『世直しの倫理と論理』なんて本を読んだことがあります。そして,いつだったか京都のホールで講演も聴きました。強力なインパクトのある人だったことを覚えています。
 で,なんで今ごろ…小田実か…です。
 実は,昨年末にBSで以前放映した番組の再放送をやっていたのですが,そのなかに小田実の生前の姿を写した番組が2本ありました。私はそれを見ていて,心をうたれました。映像には,末期ガンになりながらも病床からわたしたちにメッセージを送り届けている小田の姿がありました。
 その番組で,私は,「ドイツには<良心的兵役拒否>という制度があること」を初めて知りました。「日本は世界で武力を使わない<良心的軍事拒否国家>として歩むべきだ」という指摘に大いにうなづきました。日本の歩いて行く方向が見えたような気がしました。平和憲法を掲げて世界に貢献できると思いました。
 そこで一番最近の本を2冊読んでみました。

『中流の復興』(生活人新書,2007,236p,780円)
『生きる術としての哲学』(岩波書店,2007,264p,2500円)

 小田実がなくなったのは2007年7月30日です。『中流の復興』は6月,『…哲学』は10月に出版されています。まさに最後の著作です。
 『…哲学』の方は,慶應義塾大学の経済学部の授業の様子をまとめたものです。小田さんの最後の講義です。授業を行っていたのは2002年の秋期講座「現代思想」です。それは,ちょうど9.11(2001年9月11日)を経験し,まさにブッシュがアフガニスタンを攻撃し,さらにイラクも攻撃しようとしているときでした。大学の講義なので話題は多岐にわたります。初めて聞く人の名前も多く出てきます。でも編集者の飯田裕泰・高草木光一の両氏がとても詳しい編註をつけて下さっています。また巻末には「小田実著作目録」が紹介されていてとても便利です。

 日本国憲法に基づいて国際協力はいくらでもできるのに,いつも国連軍だとか,自衛隊の海外派兵とか,そんな発想しか出て来ない。何のためにあるのかという根本的なところを,いつも考える,それが一番大事な点だと私は思う。(『中流の復興』57pより)

 私たちは,時折,混沌としている現状に嫌気がさしてどうにでもなれ!と思うこともあります。戦争はもうなくならないのだろう…と諦めもします。でも、小田さんの声に耳を傾けているうちに「いや,まだ大丈夫だ。私たちがやることはある。日本もやれることがある」と勇気づけられます。
 30年ぶりに小田実の言説にどっぷりと触れて脳が刺激され始めました。

 

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里山里海写真展

110327 今日,ラポルト珠洲のギャラリーで「里山里海写真展」がありました。正式には「いきものマイスター写真展」というようです。
 私も以前,里山里海自然学校を補佐する地元の団体に参加していましたが,今の学校に異動してからはずいぶんとご無沙汰していました。今日,久しぶりに赤石さんにも会えてなつかしかったです。
 会場には珠洲のいきものや自然ばかりが写真におさめられていました。まるでプロが撮ったような写真もありました。それらの写真を見ているだけで,私たちの珠洲や能登が,これから自然と共存する最先端になっていかなければならないなあと思いました。
 絵はがきも10枚売っていたので2セット買ってきました。ちょっとしたお礼状などに使いたいと思います。写真はシャープゲンゴロウもどきとオオカワトンボのハガキです。著作権保護のため拡大はできません。

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原発を詠んだ歌

 今日の『北陸中日新聞』の「中日春秋」欄に,次のような歌が紹介されていました。

 やはらかきふるき日本の言葉もて原発かぞふ ひい,ふう,みい,よ(高野公彦)

 高野公彦さんは,1941年生まれの短歌人です。私は短歌に詳しくないし,興味もあまりありませんが,こういう歌を聞くと,「ただ四季折々を詠んだり,男女関係を詠んだりするだけが短歌じゃないんだな」と思います。
 そういえば私の身近な先輩に短歌を作る人(Sさん)がいます。そんで,その方は,珠洲原発反対運動にも最初から最後まで参加していました。参加しながらいろんな短歌を作って同人誌に投稿していました。『反連協の歩み』(珠洲原発反対連絡協議会編,2005)という記録集を開いてみると,Sさんの短歌も載っていました。

 ああつひに三電力の三社長珠洲に来て市長に原発凍結を告ぐ

 珠洲の自然破滅させると反原発に二十八年ひたすらなりき

 その人の人生を感じさせるものが短歌なんでしょうね。
 ちょっとだけ短歌を身近に感じてきました。

 

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知恩院の山門と楼上内部

110325_01 ご存じ,知恩院のおっきな山門です。国宝になっています。1621年徳川2代将軍秀忠の寄進で建立されました。高さ24m,横幅なんと50m。屋根瓦は7万枚。木造建築としては世界最大の門です。
 実は,この山門の中も「京の冬の旅」の一環として公開されていました。私はまだ入ったことがなかったので期待して行ったのです。

110325_02 この朝の拝観時間は10時からでした。私たちは9時50分頃から並んでいました(右下の写真は,山門を後ろから見たもの。左の小さな建物から中に入っていきます)。それで一番に中に入って,急な階段を上り(ホントに急でした),釈迦如来さんの御前にどんと坐って薄暗い灯りに目が慣れるのを待ちました。中の仏像や絵を解説してくれる人もいてくれてとても助かりました。
 その内部には,釈迦如来像と十六羅漢像,それに山門を建立した時の大工の棟梁五味金右衛門夫妻の木造などが祀られていました。天井や柱には,狩野派によって描かれた極彩色の飛龍や天女,人面鳥身の迦陵頻伽(かりょうびんが)などが鮮やかです。もうすごい世界でした。すごすぎでした。極楽の世界のようでした。
 ただ,柱などに人の名前が書かれていたのにはがっかり。最近じゃなくて,ずっと前のようにも思える落書きでしたが。
 今年は法然上人の800年大遠忌が行われます。この期間中も山門は公開されるようなので京都に行かれる際には是非ご覧下さい。

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1年の締めくくり

 今日は,年度の締めくくりの日でした。そして,また職員の異動発表の日でもありました。
 1年間楽しくつきあった子どもたちともお別れです…と思えるのはやはり担任している時でした。級外という立場になると,なかなかそういう気分になれません。やはり,教師としてちょっとさみしいなあと思います。
 その分,高校に入学する子どもたちが遊びに来てくれたりすると,とってもうれしいです。今日も中学校の制服を着て(中学で離任式があったらしい)学校に来ていたようですが,残念ながら職員会議をしていて会うことはできませんでした。残念!
 私は異動なし。明日から,来年度に向けての資料を作らなければなりません(というかもうすでに作りはじめているけど…)。それに送別会の準備もしなければ…。別の意味で忙しい毎日を過ごしそうです。でも,時間を見つけて沢柳政太郎の著作も読みあさってみようと思っています。

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サケの稚魚の放流

110323 学校で育てていたサケの稚魚を放流してきました。
 昨年末に,近くの「海と魚の科学館」の職員さんから学校に電話がありました。「ペットボトルで一人1個ずつ卵を入れてサケを育てるという体験をしてみないか」というのです。
 前の学校でもサケを育てて放流したことはありますが,それはすべて学校でやったことでした。今回は,ペットボトルに入れて家に持ち帰れるというのが楽しそうです。さっそく希望者を募って卵を分けてもらいました。
 生まれたばかりの稚魚のお腹には養分のたっぷり入った「さいのう」と呼ばれる袋があります。この袋が無くなるまでは餌も要らないし水かえも必要ないのです。さいのうがなくなった頃に学校に持ってきてもらい,学校にいたサケと一緒に昨日まで飼っていました。
 昨日の放流も5年生の希望者9名が参加。参加したくても習い事で…という子もいました。
 全部で約80匹を梶川の中流で放流しました。梶川は,あばれ祭りの時に御輿を投げ入れる川で有名です。
 石川での放流したサケの回帰率はおよそ0.3%くらいだそうです。1000匹に3匹。なかなか厳しいですね。
 なお,カメラマンは地元有線テレビの方です。そのうちニュースで放映されることでしょう。

 飼い出した頃の12月22日のブログの記事はhttp://suzutano.tea-nifty.com/blog/2010/12/post-4793.htmlです。

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大潮の時期だから

110322 久しぶりに能登の話題です。
 うちの近くに「恋路海岸」と呼ばれている観光地があります。数十年前の観光ブームの折りには,この土地の「恋路」という名前とその恋路に伝わる「悲恋物語」のお陰で,多くの観光客で賑わっていました。民宿もいっぱいでした。しかし今は,鉄道の線路もなくなり,訪れる人もめっきり少なくなっています。ただし,夏にはまだまだ人は多いようです。お祭りは7月の末にあります。

 その恋路海岸には弁天島と呼ばれる小さな祠のある小さな島があります。ふだん海水にかからずにここへ行くことはなかなかできません。写真の鳥居の辺りも海水に浸かっているからです。でも干潮の時には行くことができます。
 この間の日曜日,今までで一番と言うくらいに潮が引いていました。大潮の時期だからでしょう。観光客のみなさんも鳥居のところで記念写真を撮っていました。
 みなさん、能登に来たときには是非恋路海岸においで下さい。なにもないところだけど,それがかえって良かったりします。

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『知られざる原発被曝労働』

110321 岩波ブックレットに,藤田祐幸著『知られざる原発被曝労働』(1996年)があります。
 18歳から28歳まで原発で働き,定期的に被曝した結果亡くなった,嶋橋伸之さんの話です。彼はのちに労災認定を受けます。要するに「原発の中で働いたため亡くなった」という認定を受けたのです。原発労働者で労災認定を受けたのは、このときの嶋橋さんで日本では二人目でした(それまでもいたのですが,みんな口止めされていたのです。嶋橋さんのご両親にも3000万円という弔慰金が来ていたのです)。
 ここには,原発を動かすためには被曝することが避けられないということがわかります。そしてそれは微量であっても「確率的に」起きる可能性が高まるのです。
 嶋橋さんは,年間で5ミリシーベルト~10ミリシーベルトの放射線を受けており,累積被曝線量は約51ミリシーベルトでした。放射線作業従事者には年間50ミリシーベルトという規準があります。だから法律的には問題なかったはずなのです。

 今回,盛んに出てくる放射線量の数値は「1時間あたり」です。だから,単純に数値だけを見てはいけません。ただ,そこにずっととどまっているわけではありませんから,その点は大丈夫でしょう。

 今,本書をアマゾンで探してみたら,「現在お取り扱いできません」でした。 

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「直ちに健康への影響は生じない」

 テレビに出てくる原子力関係の研究者が「直ちに健康への影響はありません」と繰り返し述べています。
 実は,放射線による被曝線量限度という値には,二つの考え方があります。
 それは,確定的影響と確率的影響です。

 「確定的影響」というのは,ある一定の量(閾〈しきい〉値)を越える被曝をした場合に出る急性障害を指しています。
 「確率的影響」というのは,被曝後相当の時間がたってから発生する晩発性障害をさします。これには閾値という考え方はなく,概ね線量に比例して障害の現れる確立が高くなるとされています。
 これは原子力開発に賛成・反対という立場で違うわけではありません。国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に出ていることです。だからテレビに出てくるエライ人たちはみんな知っているハズなのです。

ICRPの勧告の内容については,「原子力百科事典」というサイトを紹介しておきましょう。

http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-04-01-05
HPはhttp://www.rist.or.jp/atomica/index.htmlです。

「すぐに健康への影響はない」というのは「確定的影響はない」と言っているにすぎず,放射線というのはレントゲンやCTも含め,浴びれば浴びるほど,確率的影響は高くなっていくのです。私たちは,「たとえ高くなってもガンなどの早期発見ができるかも」と思うからこそ、そのリスクを受けるのです。我々にとって何のベネフィットもない今回の放射線被曝において,「今の放射線量はレントゲン一回分より少ない」といっても説得力を持ちません。
 今後,日本人において晩発性障害の発生する確率は確実に高まっていくのです。これは仕方がないことなのです。でも,なるべくさけたいことです。

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バスケットボールでパスをする人

 まずは,次の映像をご覧下さい。
 エレベータの前で、白い服を着た人たちと黒い服を着た人たちがバスケットボールでパスをしています。
 ここでは,「白い服を着た人たち同士で何回パスをしているか」を数えてみてください。

 最初,タイトルとその説明が英語で入ります。

 どうでしたか。あなたは途中で出てきたゴリラに気付きましたか?
 この映像は「見えないゴリラ」として有名だそうです。
 今日の地元『北國新聞』の書評欄で,『錯覚の科学』という本が紹介されていました。その文章の中にこのビデオの紹介があったので見てみたのです。
 私は最初から「どこかにゴリラが出てくるんだろうなあ」と思って見ていたためにゴリラにはすぐに気付いてしまいました。あとで連れ合いにやってもらったのですが,前を向いたときにゴリラに気付いたそうです。
 これって,どれくらい気付かないものなのかなあ。
 見てみた方,ぜひ,どうだったのかを教えて下さい。

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想定外ではない原発事故だった

 原発事故の話題ばかり取り上げるのはちょっとこのブログには珍しいのですが,今回は許してください。
 さて,今日,書こうと思ってしまったのは,東電社長のこんな言葉を見つけたからです。

 東京電力の清水正孝社長は,1号機から3号機の事故が,国際評価で1979年にアメリカで起きたスリーマイル島事故と同じ「レベル5」とされたことについて,「自然の脅威によるものとはいえ,痛恨の極みです」とコメントを発表しています。(tv asahiより,下線は引用者)

 なんですかこの言葉は。「自然の脅威によるものとはいえ…」なんて,よく言えたものです。
 社長さん! あなた方がとてつもなく大量な札束をつかって田舎者をいじめてきた「絶対安全原発推進」の姿勢がもたらしたものがこの事故なのですよ。ここまできてもそれを「自然災害」のせいにするなんて信じられません。こんな人が社長なのです。こんな人だから社長なのでしょう。こんなの読まされるから怒りがわいて,他の話題に移れないのです。

 さらに,「アゴラ」というサイトで池田信夫という人は「原発事故というブラック・スワン」という記事で,この津波をきっかけとした今回の事故は「反対派も想定していなかった事態で,従来の論争の枠組みの外側のブラック・スワンです。」と述べていました。彼は,このコラムの最後に「今回の事故は,1000年に1度の最悪の条件でもレベル7の事故は起こらないことを証明したわけです」とも述べています。いやー,いろんな言論があるものです。日本はいいなあ。

 原発が津波による被害を受ける可能性については,珠洲にも何度も来て講演をしてくれた藤田祐幸さんがちゃんと言っていました。本にも出ていないかと調べてみたら,ちゃんと書いてあります。

 (3)津波が襲ってきたら
 地震による津波が原発を襲ったらどうなるだろう。日本の原発は,海水を冷却水に使っているので,どれも海沿いに建てられている。津波が押し寄せる前には,海水が沖合まで引いてしまうことはよく知られている。この引潮で冷却水の取水口が空中に露呈してしまうと,冷却水ポンプが空回りをして原子炉の冷却ができなくなり,炉心溶融事故に発展する可能性が高い。再び海水がもどってきても,いったん空回りを始めたポンプは再び海水を汲み上げることはできない。
 -中略-
 さらに,津波が押し寄せた場合,かりに頑強につくられている主な建造物が助かったとしても,非常用の補助発電機が冠水してしまえば,原子力発電所の全体が停電して,冷却水ポンプを回すこともできなくなり,炉心溶融につながることを覚悟しなければならない。
 藤田祐幸著『脱原発のエネルギー計画』(高文研,1996),25p~26p

 推進する人・反対する人いろいろいる中で,どのように情報を取り上げて自分の立場を決めていくのか。私は,昔の文献を読んで,現在の状況が,どちらの予想を支持しているのかをしっかり見ることが大切なのだと思います。
 今回の事故でも,政府や原子力保安院(これも推進団体であり,実質チェックを果たしていない)は,「事象」と言ってみたり,「大したことはない」「放射能は漏れていない…」といってみたりしていましたが,原子力資料情報室の人たちは「これは大変な事故につながる可能性がある」とはじめから言っていました。

 今日の夕方,ある民放を見ていたら,やっと原子力資料情報室の方の姿を拝見することができました。その番組で,どっかの2名の研究者のVTRで「今回の事故はチェルノブイリとは比べものにならない」「そこまで行かない」ということばかり強調する姿が出ていました。
 放射能は出ていない→放射線は微量だからすぐに人体に影響はない→規準を守って作業をしている→スリーマイルよりはマシである→チェルノブイリよりもましである
などと述べている原子力推進の研究者たち。こういう人たちにこれからの原理力産業を任せるわけにはいきませんね。

 日本の原発はこれ以上作られないでしょう。国民が許しません。それは今までウソをつかれていたことに気付いたからです。今後は、廃炉や廃棄物をどうするのかが重要な話題になっていくでしょう。とりあえず,福島第一原発はもう使えません。これをどのように冷やしつづけていくのか。ずっとポンプ車で冷やすつもりなのか? あのむき出しになった使用済み核燃料のプールはどうするのか。なにも決まっていないのです。

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『朝鮮日報』の記事

 福島原発の現状を打開しようとする労働者の姿について『朝鮮日報』が書いているものを見つけました。これもどれだけ取材したのかは分かりませんが,一読の価値はあります。

 一部を引用します。

 しかし、この死の現場に自ら飛び込んで行く人たちがいる。福島第一原発の冷却作業には、日本という国の運命が懸かっているからだ。今年9月に島根県の原発管理会社を定年退職する59歳の男性が、原子炉冷却作業に志願したことを、時事通信が報じた。この男性は「今、自分がどのような行動を取るかに、日本の運命が懸かっている」と考え、志願するに至ったという。18歳のときから原子力発電所で勤務してきたこの男性は「最初はためらったが、後悔するような人生は送りたくないと思い、決断した」と語る。妻は「市民の安全のために頑張って下さい」と言って夫を抱きしめた。
 爆発事故が起こった直後に現場から撤収していた東北エンタープライズ社の社員3人も、再び現場に引き返した。これは、沖縄タイムズが報じた。東北エンタープライズ社の名嘉幸照社長は「東京電力から支援の要請を受けているが、社員を余震や被ばくの恐れがある危険な現場に送るべきかどうか深く悩んだ。しかし3人のベテラン社員が “国民を守らなければならない”という使命感を持って、家族が止めるのも聞かず現場に向かった」と語った。

 私の予想通り,現場は大量被曝覚悟でやるしかないのです。

『朝鮮日報』HP
命がけで収拾にあたる人たち(上)
命がけで収拾にあたる人たち(下)
 他にも興味深い記事があります。是非,外からどう見られているのかも見てください。それこそ「大本営発表」だけではない世界が見えてくることでしょう。

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モニタリングデータの公表

 福島原発近くのモニタリングデータが公表されはじめました。放射能の拡散がどれくらいなのか,参考になると思います。20キロ圏内の記録はありませんが,これは危なくてそこに入れないのかも知れません。
 他にも,各都道府県のデータも見ることができます。それと比べると,福島原発あたりの現在の値がとてもやばいことに気付くでしょう。3月11日には,100倍とかでた!と騒いでいたのです。それがいまじゃ,少々のことに騒ぐべからず…という感じです。
 アメリカなどが80キロ圏内の自国民に避難を要請しましたが,それについても「保守的になるのは仕方がない」と安全を気取っているだけです。

○福島原発近郊…http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1303726.htm
○都道府県別…http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1303723.htm

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楽しいひととき

 地震や原発事故のニュースで暗い気分になりますが,今回はちょっとばかり明るい話をします。
 昨日は,石川県立高校の合格発表の日でした。私は次の日(ということは今日)行われる卒業式の準備をする日でした。
110317 午後2時30分頃,小学校に中3の男の子たちが数名連れ立ってきました。胸には受験票も入っていました。「無事,志望校に合格しましたよ」という報告です。うれしいです。すぐに卒業式の準備がはじまったので,窓越しで3分くらい話しただけでした。
 準備が終わって職員室にいると,またまた外から中3の顔が…。今までも時々来てくれた女の子二人と,卒業して初の登場くらいの男の子一人です。どうも女子2名が途中で会った男子を誘ったらしいです。「元担任の所に行くよ」ってね。
 みんな新しい携帯を持って,うれしそうです。私も赤外線でやり取りをしました。デジカメで写真も撮りました。
 でも,こうして小学校を卒業しても,高校の合格を報告しに来てくれる子がたくさんいるなんてうれしいじゃないですか。希望のある高校生たちに,幸あれ!
 なお写真はプライバシー保護のため,拡大しません。

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北陸中日新聞の「こちら特報部」

 3月16日の『北陸中日新聞』の「こちら特報部」という特集欄に原子力資料情報室の記者会見で話された様子が紹介されていました。やっと取り上げたか…という感じです。
 まるで大本営発表のようなことのみを信じているだけでは不幸になるのは国民なのは,先の大戦で経験済みのハズです。
 この文章を読んでいるみなさんは,ネットを扱える人です。ですから,自分からいろいろなところに情報を求めて,自身で判断し,行動して欲しいです。特に近くにいる人は速く非難した方がいいです。実際,県境を越えて非難している人もいます。
 海を越えた他の国でも,すでにいろんな対策がとられているのに,日本で「健康に害がないレベルなので…」と言われて信じるしかないなんて…ちょっと間違えば,大惨事なのに…。それをなぜ言わないのでしょうか?
 実際,少しずつ避難勧告の距離が伸びているのです。次に伸びないとどうしていえるのでしょう。最初からできるだけ遠くへ行くことが大切です。

 今日,職場である職員から「今後,この事故は,どうなると思いますか?」と聞かれました。
 私はこう答えました。
「もしこのまま収束しなければ,もっと大量の放射能を放出しながらも,たぶん,特攻隊を編成して,何分間隔かでホウ素や水などの注入をしたりするのではないですか?」
「それは,ある程度の犠牲を覚悟の上で<大爆発だけはなんとしても止める>ということになるでしょう」
と答えました。

 15日,厚生労働省が,作業員の被曝限度を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトへと,2.5倍もの甘い規準にしました。これって,「事態収拾のためにこれだけ浴びてくれ!!」と作業員にお願いしているようなものではありませんか。
 わたしは,これまでずっと原発に反対してきましたが,今回,一生懸命推進してきた人たち(特に労働者)が,こうして現場で暴走を止めようとしていることに本当に感謝しています。これを推進派への「天罰」だとは決して思っていません。あの知事とは違います。
 反対派も含めて,みんな「国策」の犠牲者なのです。
 これもまた戦争と形式を同じくしていることだと思います。

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東京にも来た「放射能」

 どうもニュースの伝え方が気になって仕方ありません。
 なんでこんなに「健康に被害がない」「レントゲン写真の方が危ない」などと言うことしかいえないのでしょうか。
 科学的な知識として確認したいのは,「放射能(放射性物質)から出るものが放射線」だということです。放射線量の○○シーベルトというのが,その強さをあらわします。一般人が,1年間に受けても大丈夫だとする(これも怪しいという説もあるが)規準量(許容量)が1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)です。1年間ですよ。
 さて,福島から東京まで飛んできたのは放射線ではありません。放射線を出す物質(放射能)が飛んできたのです。もちろん,その量は僅かなので,その放射能から受ける放射線は,胸のX線検診よりも少ないでしょう。それはテレビ解説者の言うとおりです。
 でも,問題はここにはないのです。
 忘れてはいけないのは,その放射性物質(放射能)を人間が吸い込むことで,人の身体は,ずっと放射線を身体の内部から受け続けることになります。テレビでは解説者などが「そんなところに1時間もいるわけではない」などと言っていますが,体内に取り込んだとたん,その放射能が減衰するまで,ずっと放射線を出し続けるのです。
 今,東京などで見つかっている放射能は,ヨウ素やセシウムです。これはらウランが核分裂する際にできる放射性物質です。
 ヨウ素131の半減期は,8日(生物的には180日)
 セシウム134の半減期は,2年(生物的には110日),セシウム137なら30年(生物学的には110日)です。
 ヨウ素の半減期が,物理的なものと生物的なものとで違いがあるのは,それだけ人体にとどまりつづける性質があるからです。

 身体についた放射能を除去するために洗い流している人たちが,すごい防護服と防毒マスクを被っていたのを見たと思います。調べられている方は,白い花粉用?のマスクをしているくらいでした。あのアンバランスを見ると,その理由がよく分かると思います。検査や除染をする人にとっては,避難者の身体についている放射能からでる放射線を浴びるのはある程度仕方がないとしても,その放射能そのものを吸い込まないようにしているのです。

 関東地方の皆さんは,せめてマスクをしっかりして出かけてください。
 内部被曝はとても危険な上,長時間,放射線を浴びることになりますから。

 「どうなる 民主ウォッチ」(http://ameblo.jp/sisi001/entry-10830882737.html)にはもっと詳しい記事が書かれています。

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最後の授業

 今日は,私が担当している6年生との最後の授業でした。前の時間である月曜日には,東北地方太平洋沖地震と4年前の能登半島地震を取り上げて,その規模の違いやプレートの話などを交えて説明しました。
 最後の今日は,ミニ授業プラン≪爆発≫をしました。コーンスターチとエチルアルコール,そして圧電素子を使ったこのプランは,1時間でできるし,子どもたちにも人気です。今までにも6年生との出会いや≪もしも原子が見えたなら≫をやった学年の最後の授業でやってきました。
 今年の6年生は,1学期に≪もしも原子が見えたなら≫≪燃焼≫を学習済みです。だから,
「小さな粒になると回りに酸素がいっぱいあるので激しく燃えるようになる」
というような,しっかりとした理由を言っている子が何人もいました。
 私は別に,水素爆発をした福島原発の話をしたいがためにやったわけではありません(その前から授業の予定はしていたのだから…)が,子どもたちは,燃えやすい気体が酸素と混じったところに火花が散ると危険であることを納得していました。

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最初から本気にしていないから「神話」なんでしょ

 今回の福島第一原発での相次ぐ炉心溶融に繋がりそうな事故と,建屋の水素爆発事故,そしてなりふり構わぬ海水の緊急注入などを見ていると,「いったいこの国は本当に技術立国だったのか」と首をかしげたくなります。
 新聞には「神話が崩壊」なんて言葉も出ていましたが,もともと「神話」というのは「信じている人が僅かにいる話」「本当だとは思っていないけど,ま,おもしろい話」というような時に使う言葉です。少なくとも現代においてはそうでしょう。天照大神がいたと思う人は殆ど皆無だし,ゼウスだっていません。だから「原発の安全神話」だってもともと作り話だったのですから,「神話は崩壊した」のではなく,「原発の安全性はやっぱり神話だった」で十分なのです。
 他の原発も早く止めないと大変なことになります。
 以前は,現実に動いている原発はある程度仕方がないとも少しは思っていましたが,ここまで「想定外」がつづくような日本の地面の上に,大量の原発があるのはあまりにも危険です。今すぐ原発をすべて止めて「計画停電」をしてでも,次の安全な世界をじっくり考えることも必要かも知れません。
 失って初めて分かることもあるのでしょう。残念ですが,これが我々人間の姿です。戦争しかり…。

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東寺の五重塔

110312 ふだん入ることのできない東寺の五重塔が「第45回京の冬の旅 非公開文化財特別公開」の一環として公開されていることを知った私たちは,さっそく東寺へと向かいました。
 東寺の五重塔は,国宝で55mあり,木造の塔としては日本一です。写真の屋根の上に見えるのは半月です。ちょうど上弦の月が出ていました。落雷などでこれまで4度焼失しています。今見ることができるのは1644年,家光の再建によるものだそうです。
 この中には,心柱を大日如来に見立て,その周り(東西南北)にそれぞれ金剛界四仏を安置しています。他にも幾つかの仏像が建っていました。柱や長押には極彩色の絵が描かれていて圧倒されました。
 そうそう,五重塔の前で大学生のバイトらしき男性が,今回の見学の視点を教えてくれました。時々雪のちらつく寒い日でしたが,うれしそうに話していて感心しました。写真も撮らせてもらったけど…ちょっと照れていました。

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福島第一原発の爆発について

 昨日紹介した原子力資料情報室の記者会見の様子はライブ映像だったので今は見ることができません。
 ここ(http://www.ustream.tv/recorded/13269017)から見てみてください。

 今は2号機も3号機も大変なことになりそうです。次の原子力資料情報室の記者会見は午後5時からだそうです。昨日と同じ,ここ(http://www.ustream.tv/channel/iwakamiyasumi9)で見られると思っています。

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原子力資料情報室の見解

 昨日の予想通り,福島原発が大変なことになっています。原子力発電所建設当時の安全装置は全く聞かなくなり,一か八かの対策をとろうとしているようです。これがうまくいけばいいのですが…。
 なかなか本音を言わない官房長官や保安員の会見にやきもきしている人は,原子力資料情報室の会見をご覧下さい。

生中継です。9時現在で約5万人が見ています。 → 
 

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雷鳥ラストランよりM8.8

 今日は,雷鳥のラストランの日なので,「家に帰ったらテレビを付けて地方ニュースを見よう」っと思っていました。それから,「イ・サン」の最終回マイナス3と2を見る…そういう予定でした。
 ところが,午後2時45分に発生した巨大地震で大津波が発生し,いったい何がどうなっているのか分からないまま夜に突入してしまいました。
 わたしは原発が心配です。
 退避命令が出たということは,炉心に何かいけないことがおきている証拠です。

 テレビでは「自分で判断しないで…」といっていますが,私なら,すぐに遠くに逃げます。
 大事に至らなければいいが…と思っています。明日の朝,どうなっているのでしょうか…。

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東寺の「立体曼荼羅」

110310 百寺巡礼ネタ。今日は「東寺」。東寺といえば京都駅からもその五重塔が見えるので,結構有名なお寺さんです(少なくとも妙心寺よりも知っているだろう)。でも,学生時代京都に住んでいたころには一度も足を運んだことがありませんでした。ま,仏像などに興味がなかったこともありますが…。今から思うともったいない時間を過ごしたものです。
 この日は,五重塔の中も特別拝観できるというので,今回の見学場所に選びました。
 でもまずは五重塔に入る前に「講堂」へ。室町時代にできた法堂です。弘法大師によって着工されました。現在の講堂は,1491年に再興された建物だそうです。
 講堂の中は,ご存じの(ご存じじゃない人にはごめんなさい)立体曼荼羅の仏像世界です。これどもか!といわんばかりに仏像が並んで立って(坐って)います。本当にすごいです。3月5日の記事で紹介した漫画家の真船さんが,これをみてノックアウトをくったというのがよく分かります。仏像に興味がなくても,この世界を味わってみる価値はあります。
 自分で写真を撮ることはできないので,外見だけでごめんなさい。
 詳しく知りたい人は下記のページを見てください。
 http://www.touji-ennichi.com/info/koudo_j.htm

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大心院(妙心寺の境内)

110309 写真は,京都妙心寺の中にある大心院というお寺さんで撮った写真です。なかなかいいでしょ。ここは通常拝観できます。宿坊にもなっているようです。気になる人は,「宿坊研究会」のサイトを見てください。こんな世界のこんな趣味もありなんですねえ。
 このお寺には「阿吽庭」という枯山水のお庭がありました。正しくは方丈東庭とよぶそうです。石で仏や菩薩を象徴していて「第2の本堂」だそうですが,凡人にはよく分かりませんでした。

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近江町市場へのエレベータ

 最近,自分の車を大きな駐車場に止めると,一体どこに止めたのか分かんなくなることがあります。家族で来ているときにはいいのですが,自分ひとりの時はとても焦ります。
 地下1階なのか2階だったのか…なんてことまで忘れちゃうとヒドイですからね。階を覚えていても場所を忘れることも多くて,ちょっとびびっています。
 それで,近くに「A-1」とか書いたカードがある場合はちゃんとそれを持って行くようにしていますし,駐車場に名前があったらそれも覚えるようにしています。
110308 先日,金沢の近江町市場へ行ったときに,2Fの駐車場に車を止めました。市場へ行くエレベータにはなんと「ウシ」の文字が…。近江町市場は結構入り組んでいるので,いろいろな店を回っている間に自分がどこにいたのか分かんなくなることがあります。とくに観光客にとってはなおさらでしょう。そこで迷子にならないようにエレべータに名前を付けたのだと思います。
 他にもバナナと書いたものがありました。タイと書いたものもあるようですが,私はまだお目にかかっていません。
 近江町市場へ行ったら,お買い物と同時にこのエレベータも探してみてください。

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薄っぺらい信号機

110307 以前のサークルで話題になっていた薄い形の信号機をやっとこの目で見ることができました。ちょうど金沢駅前の信号で止まったので,デジカメで撮りました。
 気をつけていると,金沢では,いろんなところにこの信号機を見ることができます。サークルで話題にしていたころは,「テスト中」みたいな感じだったのですが,本格的に利用するようになったんでしょうね。
110307_02 実は,まったく色が写っていない写真もあります(下のもの)。これってどうしてでしょうか。時々点滅しているのか,それとも色が変わるときに一瞬消えることがあるのか…不思議です。

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『雷鳥』号が出ている最後の時刻表

110306 今日も金沢駅へ行って来ました。娘を送りに…です。
 駅では,3月12日からの新しい運行表を無料で配布していましたので,1枚頂いてきました。この時刻表にはもう「雷鳥」の文字はありません。
 そこで,ついでに…というか,思い出したように,近くの柱に出ていた現在の時刻表を写真におさめました。これが雷鳥の出ている最後の時刻表となるわけです。そう思って見ていると,またまたさみしくなってきます。
 3月11日(金)が雷鳥のラストランです。忘れずにテレビを見よっと…。

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『仏像に恋して』

110305 仏像に魅せられた女性が書いたまんがの本です。作者は真船きょうこさん。1981年静岡県生まれ。処女作です。
 京都の美術大学時代に授業で見た「東寺」の仏像でショックを受けた真船さんが,そのあとどっぷりと仏像の世界にはまっていく様子がとても暖かいタッチの絵と文章で綴られていきます。
 一緒に見学している友だちや彼氏,母親などの話も仏像の物語を盛り上げてくれます。
 仏像にちょっとだけ興味があるけど難しそう…などと思っている方は,この本を読むとたぶん「仏像オタク」になるかも知れません。
 それにしても東寺の「立体曼荼羅」はすごいからなあ。

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妙心寺の法堂と雲龍図

110304 法堂は「はっとう」と呼びます。右の写真は京都・妙心寺の法堂です。法堂は,僧侶が講義などをする場所で,おもに禅宗の寺院で呼ばれる呼び方です。他の宗派では「講堂」とかいっています。

110304_unryu この建物の天井には大きな雲龍図が書かれています。この天井画の作者は狩野探幽です。妙心寺でいただける案内パンフレットは,二つ折り・三つ折りになっていません。で,裏面に大きくこの雲龍図が書かれているので,額に入れるとなかなか見栄えのする壁飾りになります(右下の写真)。
 妙心寺は,説明人付きで見学しました。他にも蒸し風呂形式の浴室も見せてもらえました。

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久しぶりに…「トイレの男女」

110303 これは京都の妙心寺(たぶん退蔵院だったと思う)のトイレの案内です。初めて見たプレートだったので,お客さんが誰もいないことを確認して撮影しました(^^ゞ。なかなか味わいのある看板でしょ。寺にあるとは思えない。
 私は昔から,なんか,こういう<どうでもいいもの>にも惹かれるのです。これを設置した人は,なにか考えがあってこのプレートを選んだのに違いないのです。一体どうしてこれを選んだのでしょうかねえ。聞いてみたいものです。

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『サムライ化学者,高峰博士』

110302 北國新聞社編集局編『サムライ化学者,高峰博士』(時鐘舎新書,2010,312p,1000円)を読みました。
 本書は,2010年に,北國新聞紙で連載されていたものをまとめたものです。当時も新聞を切り抜いて読んでいたのですが,さすがに長続きせず,途中でやめていました。今回,単行本(新書)になったので読んでみました。
 高峰博士というのは,高峰譲吉のことです。彼は石川県金沢市で育ちました。実は生まれはおとなりの富山県なのですが,1歳の時に金沢に引っ越してきたので,金沢でも地元出身有名人ということでいろいろと動きがあるわけです。近年,高峰譲吉に関する映画もでき,上映されています。新作ももうすぐできるとか。
 高峰譲吉はアドレナリンを発見したり,タカジアスターゼという酵素を発見したりしています。また,その発見したものなどをすぐに実業に移して商売していました。けっこう実業家でもあったようです。渋沢栄一とも関係が深いことも分かりました。
 本の内容については…ある男の子が出てきて,その子が両親や兄弟から,譲吉についていろんな話を聞く…という設定になっていて,高峰譲吉について全く知らない人にも読みやすくなっています。ただ,本のタイトルにもなっているように「譲吉を<サムライ>」と規定して話を進めていて,それってちょっとなあと思います。ま,カタカナのサムライなのでまだマシですが…。
 本書を読んだあとで,もう少し詳しい伝記を読めばいいと思います。伝記は何種類か出ていますので。

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大仏の手ができた

110301 昨日は最終クラブの日。もうそんな季節なんだ。
 今年初めてやってみた「ヒストリアクラブ」には,5年生・6年生,それぞれ4人ずつが来てくれた。クラブは4年生からあるんだけど,さすがに何をするのか分かんないクラブには希望者はいなかった。
 で,そのクラブの最後にやったのが「奈良の大仏」の実物大の手と顔を描いてみようという課題。が,しかし,顔の方は時間がなくて途中で終わってしまった。来年度の6年生のために下書きだけとっておくことにした。
 5年生が描いた右手は仕上がった。生憎,2人が休んでいたが,記念写真を撮った(写真は拡大しません)。

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