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阿辻哲次著『戦後日本漢字史』

 今年は,10人の子どもたちと「ヒストリアクラブ」をやっています。火おこしやらチャンバラやらといった「歴史ネタ」をやっています。
111016 前回は,「昔の教科書を読もう」とかいって,昭和初期の教科書を読んでみました。そのなかには今じゃ使わなくなった漢字も出ています。子どもたちは文章の流れの中で判断して読んでいました。今の漢字は随分と省略されていることに気づいたようです。
 では,この略された漢字はいつ頃誰によって小学校に降りてきたのでしょうか? 學を学と変えると決めたのは誰であり,圓を円としたのはいつからなのか? そんなことを書いた本がないかなあと思っていたところ,年末の新聞の書評欄で見つけたので読んでみました。
 まず,日本語の漢字の多さについては,明治の頃からいろんな方面の学者達が問題にしていたようです。これから西洋に追いついていくためには,漢字を覚えることに時間を使っているようでは競争できない…というわけです。
 例えば,前島密は慶応2年,徳川慶喜に対して「漢字御廃止之儀」というものを出し,「国家の大本は国民の教育にして,其教育は士民を論せす国民に普(あまね)からしめ之を普からしめんには成る可く簡易なる文字文章を用ひさる可らす」と述べてかな文字による教育の普及を主張したりしています(本書31p)。
 また,福沢諭吉は,漢字の数を段々減らしてゆくゆくは廃止するべしと考えていたようです。

 私ははじめ「漢字を減らしたり制限したり簡単にしたりしたのは戦後からなのではないか」と思っていたのですが,そうではありませんでした。漢字制限論あるいは廃止論は明治初期から戦前にかけても盛んに議論が行われていたのです。
 それを正式に政府の機関としてやってみたのが大正10年に文部大臣監督の下に設置された「臨時国語調査会」という組織です。ここでは,「漢字1960字,その簡易字体154字」を収めた規格が作られました。その名を「常用漢字表」とよびます。

 これ以後,現在に至るまで,同様の審議会が同様の判断をしながら「漢字基準表」を作ってきました。それは教育の中ではしっかりと根ざしています。新聞紙上では,あるときは拘束されあるときはわりと自由にやってきたようです。
 使ってはいけない漢字があるからといって,漢字仮名混じりの熟語なんてみると気持ちが悪くなります。小学校でさえもそうなのに,大人が読む文章にまで出てきたりすると,ルビを振っておけばいいだけだろう!!といいたくもなります。ところが,日本には「ルビを振るべからず」という時期もあったというのですからビックリです。

 漢字の略し方についても,まったくいい加減です。最近,漢字ブームになっていて,字源なんかにも興味を持って授業をしている人がいます。が,簡略字はそれがわからなくなってしまっているのがたくさんあって,困ります。
 「臭」は,今は「自」と「大」と書きますが,昔は「自」と「犬」と書いていました。これは「戻」「突」「器」なども同じです。なぜ「犬」だったのか,それは文字通り「いぬ」と関係があるからです。これを「大」にしてしまうと,なぜ「臭」が「におう」なのかがわからなくなります。たった1画を省略するためにこんなことが起きているのです。

 これら以外にも,「なるほど漢字の画数を減らしてすむ問題ではないんだな」と思わせる事例がたくさん出てきて,漢字について愛着が出てきます。
 パソコンや携帯でレポートを書いたりメールを打ったりする現代の日本人は,昔よりもたくさんの漢字を使うようになったと思います。これからは,絶対書き取りができないと困るという漢字(小中学生レベル)と判別できればいい漢字(顰蹙,憂鬱,懺悔など)とを区別しながら,漢字の持っている豊富な情報を操られる大人になっていくべきではないでしょうか。

 お薦めの1冊です。 

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コメント

salirさん,いつも反応ありがとうございます。
上に述べた「常用漢字表」は,今使っているのとは違います。
salirさんがおっしゃっているように,戦後,当用漢字表」が作られました。そこには「1850字」の漢字が内閣告示されました。そして,1979年には「常用漢字表1926字」が答申されたのです。
昨年2010年,「新常用漢字表」は新たに加除して2163字となりました。
でも,私は,「教育漢字を制定」することまでは理解しますが,他の漢字は国民の使用にまかせればどうかと思います。最近はそんな感じになっているようにも思います。
作家なんて,平気で見たこともない漢字や言い回しを使っていますからね。

才について,そんな裏話があったとは知りませんでした。へ~ですね。

投稿: 珠洲たの管理人 | 2011年1月18日 (火) 20:46

いまは、やはり「当用漢字」の影響が色濃く残っていますね。
昭和21年の内閣の告示によって、不統一だった漢字が統一され、略字体が正式に認められました。
当用漢字は、常用漢字のような目安的な存在ではなく、制限的な意味合いが強かったので、影響は強いです。

「ヶ月」もその一つで、当用漢字下では、「ヶ」が認められず「か」もしくは「カ」と記していましたし、常用漢字でも含まれていないのでいまでも公用文では「〜か月」というのが一般です。


漢字の略し方は結構いい加減ですね。
その最たる者が「才」です。この字は本来、年齢に使うものではありませんでしたが、この使い方を全国区にしてくれたのは、何お隠そうNHKですからね。解像度が低かった当時のテレビは、画数を規制していて「歳」では目が詰まって読めないという理由から「才」を当てたのですが、これが一般化されちゃいましたからね。デジタル化し、高画質になった現代でも、民放ではバラエティを中心に使っています。NHKはとっくに廃しているにも関わらず…(笑)

投稿: salir | 2011年1月17日 (月) 21:37

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