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パール博士像

101112 霊山護国神社には,右のような顕彰碑もありました。
 この人は,パール博士です。知っている人は知っているし,知らない人は知らない人です。
 大東亜戦争を賛美する人たち,東京裁判を批判する人たちにとっては,神様のような人です。彼は東京裁判(正式には極東軍事裁判)の11名の判事の一人で,インド出身ですが,「日本の被告全員無罪!」という主張をしたのです。ま,無罪と言うよりも「この裁判自体が成り立っていない」というような意見です。だから,「右よりの人たち」は彼を崇めているのです。同じような顕彰碑が,東京の靖国神社にも建ちました。

京都霊山護国神社のサイトはhttp://www.gokoku.or.jp/index.html

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コメント

もちろん、戦争は正義と正義のぶつかり合いです。
しかし、冷静になって「我に何が出来て、相手に何が出来るのか」を見ていけば、自ずと結果は見えてきます。
大東亜戦争もまた、「総力戦研究所」なるもので行われたシミュレーションとほぼ同様の結果になりました。
ところが、肥大化した軍にシビリアンすなわち政治家は抑えることができなかった、そして敗戦を迎えます。

それでは「第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し…」の正義とはいったい何なんでしょう。

今日のガラス細工のような平和の状態で、日本がシビリアンコントロールの下で戦争を起こすことはありえません。と、同時に戦後65年、極東の安定と平和を守ってきたのは、同盟を組んだアメリカです。
昨今の中国漁船衝突事件。仮に海保巡視船ではなくアメリカの船だったら、あの船長はああいう舵を切ったでしょうか。

投稿: salir | 2010年11月14日 (日) 02:21

戦争は正義と正義のぶつかり合いです。
ですから,どちらかの正義で裁けば,もう一方の正義を認めるわけにはいきません。
戦勝国は,戦勝国であるからこそ,一方的に裁いたのでしょう。パール判事が日本贔屓だったという話もあるようですが,この際,そんなことはどうでもいいです。
あの裁判が国際法に則っていたのかどうかを考えたとき,そもそも戦争というものを法律で「やってもいい」とか「やらない」とか決めるようなことなのかとも思います。「無差別攻撃はだめ」なんて…法律で裁くことが正義なのか?
何よりもヒューマニズムを大切にしたい私は,シビリアンコントロールの下での戦争にも反対します。
だから私も交戦権をまともに説明できません。
いつか,「戦争を認めている世界中の憲法はヒーマニズム違反だ」という判決がでることを期待しています。
現実的ではないけど,少なくとも日本は戦後これまでなんとか戦争をせずに来たのですから…。

投稿: 管理人 | 2010年11月13日 (土) 21:47

「昭和16年夏の敗戦」
私は大東亜戦争を賛美などしません。しかし、当時のいわゆる右翼のみならず左翼と呼ばれた人のほとんども現状打破の正当性を訴え大東亜戦争へと突入し、翼賛した事実も伝えていかなければなりません。左派の方の日記には「(開戦したことで)ああこれで解き放たれた」「便通があった」と書くものもあったと聞いています。官僚機構=軍は「正当性」を盾に肥大化し、政治までをもおしてしまったのですから。

パール博士の主張は正しくて、「戦勝国が敗戦国を裁くという構図」なわけですから、公正な審議・裁判ができるはずがありません。


「交戦権」すらまともに説明できない国会議員…故に、シビリアンコントロールが見えず九条信仰が消えない現状があり…。

投稿: salir | 2010年11月13日 (土) 18:48

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