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伏見義民事跡

100330 同じ境内に「伏見義民事跡」というものもありました。碑文を読んでみました。概略を紹介します。
 江戸時代の伏見は,交通の要衝として栄え,政治・経済上重要な地であったため,幕府の直轄地として奉行所が置かれていました。安永8年(1779年)に奉行となった小堀政方(まさみち)は悪政を行いました。
 そこで,文殊九助,丸屋九兵衛,麹屋伝兵衛,伏見屋清左衛門,柴屋伊兵衛,板屋市右衛門,焼塩屋権兵衛の7名は虐げられた住民の苦難をみかねて,苦心惨憺の末,天下の禁を破って幕府に直訴します。
天明5年(1785年)に小堀政方は奉行を罷免されましたが,文殊九助ら7人は獄中で相ついで病死しました。

 この碑は明治20年(1887年)に建てられた物で,なんと碑文は,勝海舟の撰、題字は、三条実美の書だそうです。今でも,伏見義民顕彰会によって慰霊祭が毎年5月18日に行われているとか。

 小堀政方の簡単な紹介は,こちらで読めます。
 「珈琲ブレイク」…http://blog.zaq.ne.jp/rootakashi/article/1110/

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