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渡辺 敏

二本松市のサイトには「長野県近代教育の恩人」として紹介されています。渡辺敏は「はやし」と読むそうです。

 明治7年(1874)明治維新の最中、「自分の性格は政治家・実業家・武芸家としては適さず、学者として世に立つことが最も当を得」の立志により、教育者の道を歩むため東京師範学校に入学。卒業後、長野県安曇郡大町村仁科学校に赴任し、学校教育をはじめ夜学会開設、職業学校設立建議など、8年にわたり地域教育に尽くしました。

 明治17年に依願退職し帰郷、福島師範学校・若松中学校で教鞭をとりましたが、同20年再び長野県の熱意ある招請により、上水内郡長野学校長(現長野市)に着任。さらに新設された長野県高等女学校(現長野西高校)の初代校長に就任、以来大正5年に70歳で退職するまでの約30年にわたり長野県教育界でその手腕を発揮したのです。
 この間、補習夜学科や晩熟生学級の開設、子守教育所や盲人・唖人教育所の設立などにも尽力。その言動は無私無欲で合理主義に徹底し、全国の模範となった長野県の初等中等教育・障害教育・社会教育、いわゆる“信濃教育”の基盤の確立と発展に大きな功績を残しました。

渡辺 敏

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コメント

理科大好き人間さん,コメントありがとうございます。
今日,校内研修会で,PISAやTIMSSの話をしたのですが,その時に,「理科嫌いをつくるために教師をやっているようじゃ,いけないね。せめて,子どもたちの好奇心のじゃまはしたくない」というような話をしました。
理科大好き人間って言えるってとってもうらやましいことです。
私もそうですが‥。

投稿: 珠洲たの管理人 | 2006年2月13日 (月) 20:29

渡辺 敏とはてっきり“さとし”と呼ぶのだと思っていました。
ありがとうございます。どこだかわすれましたが、昔彼の博物館を訪問したことがあります。たしか蓼科だったような(少なくとも観光地)気がします。いちど訪問されることをおすすめします。
なお、ここではありませんが、鈴木梅太郎と間違って書かれていたところがあります。本文と件名が梅太郎と筆太郎と違っていたような気がします。別の用で調べたら載っていたので書き込みさせていただきました。柿と月の紹介ありがとうございました。このブログ楽しいですね。家でじっくり読ませていただきます。

投稿: 理科大好き人間 | 2006年2月13日 (月) 12:22

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